003
「お前にとって、俺はどういう存在だ?」
「はぁ? 何だよ、その意図不明にして意味皆無、そして理解不可能な問いは。どこの陶酔的な恋人たちだっての。冗談も休み休み言え、オレは二十四時間全面的に忙しい人種なんだよ」
「……じゃあ、何でその忙しいはずのお前がここにいる? さっさと自分の巣に帰れ」
「あー、それは御免蒙る。で、何だって? オレにとってお前がどういう存在か? 少なくとも恋人じゃあねーな」
「やめろ。吐き気がする」
「ははっ。じゃあなんだ、友達とか?」
「一ミリも思ってないくせして。ふざけるのも大概にしろ」
「あぁ、一ミクロも思ってねぇよ。そうだな……。敵かな。じゃなかったら……いいや、じゃなくても、やっぱり敵だ」
*
中央タワーと呼ばれているビルの奥、そこに小さな部屋があった。タワーの役割のように〈聖都市〉の管理をしているわけでもなく、何かしら重要な機械があるわけでもない。その部屋にあるのは少女趣味の大きなベッドに少しばかりの家具に玩具。まるで子供部屋である。そして実際、その部屋に住んでいるのは一人の少女なのだった。
少女はベッドに座って、ぼんやりと窓の向こうの景色を眺めている。猫のような漆黒の瞳は虚ろで、何も見ていないようだ。腰まである長い髪は、子供らしく二つに結ばれていて、年はおそらく十歳前後。けれど、その割には表情というものがなかった。
その時、扉が開く音がして、一人の青年が部屋に顔を出した。優しげな笑みを浮かべ、無反応な彼女の隣に座る。少女と同じ、猫のような漆黒の瞳。並んでみると、一目で二人が兄妹だとすぐわかる。
「……きゃははっ」
突然、少女は笑い出した。ただ無邪気に、おかしくてたまらないというように。
「どうしたの、澪」
笑みを顔に浮かべたまま、最原小浪は尋ねた。
この少女、最原澪がいきなり笑い出すことは、度々ある。無表情と面白くてたまらないというような笑い、それ以外の表情は、兄である小浪でさえも見たことはない。
「だって、だってね、おかしいんだよ、お兄ちゃん」
最原澪は、笑う。
狂ったように――笑う。
「もうすぐね、澪たちの世界が、終わっちゃうの」
「へぇ、そうなんだ」
彼は当たり前のことのように頷いた。お面のように顔にはりついているその笑みは、その際一瞬もぶれることはない。その光景は、見ようによっては恐ろしかった。その上、今彼女が言ったことが真実であると、彼は少しも疑っていないのだ。
昔から、この少女の言ったことはそう遠くない未来に起こった。自分の考えていることをいとも簡単に当てられるのもしょっちゅうだ。サイキック。狂った世界に生まれた狂った異能者。人は彼女をこう呼び恐れる。
最原澪、最原小浪。最原兄妹。常軌を逸する異形――最初にそう言ったのは、王河翼だったか。いや、彼らの父親だったかもしれない。
澪はひとしきり笑い終えると、本当に楽しそうに兄に向かって尋ねた。
「ねぇ、お兄ちゃん、悲しい? 世界が終わっちゃうの、悲しい?」
「そりゃ、悲しいよ。悲しくないわけないだろ」
もう一度、きゃはは、と澪は笑った。
「嘘つき」
「…………」
「そんなこと思ってないくせに。お兄ちゃんは、澪の知ってる限り、一番冷酷な人だからねー。だって、お兄ちゃん、澪の傍にいて平気でしょ? お父さんでさえも澪を避けてるのに、お兄ちゃん、澪の隣にいてくれるじゃない。それは、お兄ちゃんが何についても無関心だっていうことなんだよね。だから澪に何を言われても何も感じないんだよ。ふふっ、お兄ちゃん。普通の人はね、自分の内面が全て――衒いも韜晦もなく本当に全て相手に筒抜けで、けれど自分は相手のことは何もわからないっていう状況に、長く耐えることはできないんだよ」
澪は、どこまでも無邪気に笑った。
「無関心、無関心。へへ、怖いよね。他人ならまだしも、自分にも関心がないって」
その間、やはり小浪は一度もその笑顔を崩すことはなかった。それが、今彼女の言った言葉が真実であると告げている。
「何だっけ、〈遊戯者(プレイヤー)〉? お兄ちゃんってこう呼ばれてるんでしょ。お父さんの仕事を最近手伝ってるみたいだけど、とても遊んでいるとしか思えないって」
「んー。僕はいまいちよくわかんないけどね」
「あのね、お兄ちゃん、頭がすごくいいんだよ。どういう風にやれば自分の利益になるか、知り尽くしている。けれど、そのためには手段を選ばない……。きゃははっ。その上全部知ってるの。みんなの狙いから、こうすれば後にどういうことが起きるかとか。そして結局、全てはお兄ちゃんの意のままに動く。まるで世界は〈遊戯者〉の遊技場。自分たちはさながら意思を求められない盤上の駒。きゃははっ。そりゃ、お兄ちゃん嫌われても文句はないよ」
「ただの噂だよ。僕はそんな大層な人じゃない」
きゃははっと笑う澪に対して、小浪はにこにこと笑う。
「あー、でも一人、いたな。お兄ちゃんほどじゃないにしても、何にも関心がない人が。でも、あれは自分にそれを強いているって、それだけのことなんだけどねー。きゃははっ、普通はできないはずなんだけどね、そんなこと。あの精神の強さは異常としか言いようがないよ」
「あぁ……漸のことかな? 来賀井漸。〈聖都市〉の住人でありながら〈滅びゆく町〉に移り住んだ、ОGA49の数少ない知り合い」
「覚えてるんだ、お兄ちゃん」
「そりゃあ。初音ちゃんの幼馴染みだからね。彼が〈滅びゆく町〉に移り住んだせいで、しょっちゅう初音ちゃんはこのタワーを抜け出てたし。何度口裏を合わせてあげたかわからないよ。もっとも、彼女の父親にはバレてたみたいで、黙認されてたけどね」
「よっくんは面白くなさそうだったけどねー、初ちゃんが漸くんに会いに行くの。きゃははっ。何だかんだと理由をつけてついていってたっけ? ねぇねぇ、あの三人の関係に名前をつけるとしたら、何になるのかな」
「うーん。簡単に言っちゃえば、三角関係かな」
「そうそう。よっくんは初ちゃんが好きでー。初ちゃんは漸くんが好きでー。漸くんは二人の気持ちに気づいていながら完全無視っていう酷い人。危ないよねー、ああいう関係って。案の定、すぐに崩れたけど。まーでも持った方か。初ちゃんはまだ眠ってるんだっけ?」
「うん……。二年前のあの事件から、二人の交流は途切れて、今に到る。初音ちゃん……結局、事故だったのかな、自殺だったのかな」
「きゃははっ。そんなのどうでもいいって思ってるくせに。お兄ちゃんは本当に昔から変わらないよねー」
澪はくすくすと笑って、付け加えるように言った。
「でもねぇ、終わらそうとしてるのは彼らなんだよ」
「……え?」
小浪はその言葉には少しばかり動揺し、妹の方を見た。澪は兄をニヤニヤと笑いながら覗き込む。測るように。試すように。一体今、狂気のサイキックは兄の目に何を見ているのか。
やがて最原澪は、兄にがばっと抱きついた。
「大好きだよ、お兄ちゃん」
小浪は困ったように首を捻りながらも、そんな妹の頭を撫で、苦笑した。
「知ってるよ、そんなこと」
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