第9話 選べ-1

アキバは、休憩室に足を踏み入れた。

休憩室はかなり充実していた。入り口からすぐ左の部屋には、トイレとバスタブ付きの風呂がある。目の前に見える部屋の中央にはテーブルとソファ、そしてそれに向かい合う形でテレビもあった。部屋の隅に目をやると、シングルベッドが備え付けてあるのが見えた。ベッドとは対象の位置の角には冷蔵庫があり、開けてみると、中には、一式の食品が備わっている。なんならビールやワインまである。

自由に飲み食いしていい、ってことか。.....まるでホテルに来たみたいだ。

「おお、なんかすげぇな…..」

アキバが部屋の充実度に驚いていると、彼女が話しかけてきた。

「そういえば、自己紹介まだしていなかったわね。私の名前は、アリス。よろしく」

そういえば、俺はこいつの名前すら知らなかったのか。あまりにも必死すぎて気にしていなかった。

「で?あなたの名前は?」

「あ、ああ、そうだった。俺の名前はアキバ。よろしく。」

「アキバ、ね…わかったわ。」

「そういえば、アリスって名前、外国人っぽいな。」

アリスは茶色の短髪で、黒い瞳をしている。顔もそこそこ整っているが、ヨーロッパ系、というよりはアジア系の女性って感じだ。だからアリス、という名前と顔とでは少しギャップを感じた。

「別に、今どき珍しくもないでしょ?今の時代『アリス』ぐらいだったらどこでもいるわ。……ま、私の場合は偽名だけど。」

「そうなのか……って、偽名?」

アキバは聞きなれない『偽名』という言葉を聞いて、少し動揺した。

「ええ。私は立場上、本名知られるとマズいのよ。」

「立場上?」

一体どういうことだ?

アキバは首を傾げた。

「ま、それも含めて後で説明するわ。とりあえず、少し休みましょう。疲れてるし、ここはしばらくの間はバレないから安全よ。ゆっくりくつろいでいて。」

というと、彼女はスタスタと入口の方へ歩いていく。

「おい、どこ行くんだ?」

「風呂入るのよ、風呂。……あ、覗いたらコロス。」

ジッ、と殺意のこもった目を向けながら、アリスは浴室の扉を閉めた。

……おっかねぇ。くそっ、仕方ない、覗こうと思ってたけど、やめておくか。……というより、今は疲れすぎて、そんな余裕もない……。今は休むことが先決だな…。

アキバはシングルベッドにドサッ、と勢いよく飛び乗ると、布団を肩まで掛け、ゆっくりと目をスッ……と閉じた。




「……きろ、起きろっ!起きろって!」

……なんか、体がユサユサされているような……。ま、気のせいか。

「気のせいじゃない!私が揺さぶってんの!ほら、さっさと起きろ!オイ!」

「んぇ?……あと少し……8時間くらい寝させて……。」

アキバはかすかな声を口から紡ぎだすと、また意識をフライアウェイさせた。

「あっ、このっ!……っ!」

アリスは一向に起きないアキバに痺れを切らし、

「……オラァッ!」

という掛け声と同時にアキバの掛け布団をブワッと勢いよくひっぺがした。

「のわぁぁ……。」

情けない、気力のない悲鳴をアキバは上げた。アリスは、そんなアキバの頭を両手でガシッ、と掴み、自分の眼の前に持って来ると、唇を耳たぶにくっつくかくっつかないかのスレスレまで近づけた。アリスは一度、フーッと温かく柔らかい吐息を耳に優しく吹きかけた。そして、息をスゥーーッと深ぁく吸うと、とおっっても優しく、こう囁いた。

「起きろゴラァッ!いつまで寝てるつもりじゃあ!」

耳から入ったその声は、アキバの頭の中を勢いよく貫通し、反対側の耳の鼓膜まで突き破る勢いで駆け抜けていった。

「んぎゃああああっ!わ、わかったって、わかったから、起きるって!」

「ったく、さっさとしろぃ……。」

こうしてアキバは、気持ちの良い天国から戻らざるを得なくなった。



「………んで、これから何するんだ?」

「話をするのよ。」

「だから何の?」

アキバとアリスは、テーブルを挟んで両側に座っていた。アリスはソファにどっしりと構え、一方アキバは少し不貞腐れた顔で頬杖をつき、テーブルの前であぐらをかいている。

アキバはアリスに強制的に起こされたあと、話がある、と言われ、とりあえず座らされていたのだった。

「これからの方針について、よ。」

「方針だと?」

彼女は話し続ける。

「そう、でもその前に私達の現状を説明してあげる。」

「そうっすか…。」

呑気な声、というより緊張感の抜けきった声を上げるアキバにため息をつきながら、アリスは話し始めた。



「....いい、今って結構、大変な状況なの。」

「そうなの?」

「ええ。」

大変な状況って…。さっき言ってたホールの暴動のことか?20人くらいのプレイヤーが少し暴れたぐらいで大袈裟な。

と、あからさまに舐めた態度をとっていると、それを見透かされたかのように、「バカだなお前」と言いたげな顔の冷ややかな目でアリスは俺を見下してくる。

「まあいいわ……。じゃあまず、ホールで暴れてた連中についてね。」

「アイツらがどうかしたのか?」

「言っておくけど、アイツらはただの民間人じゃない。政府直下の対デスゲームの特別機関『DED』よ。」

「で、デッド?なんだそれ?」

聞きなれない単語だな。

アキバは頭に『?』マークを浮かべる。

「で、誰だよソイツら。」

……そんなことも知らないの?と言いたげな冷たい目でこちらをみている気がするが、目をフイッとそらしてやり過ごした。

アリスはめんどくさそうな目で口をゆっくり開いた。

「……3年前、結構大きなデスゲームの運営が摘発されたでしょ?」

「ああ。」

その事件なら覚えている。


以前、一般人を誘拐し、デスゲームに強制参加させてその様子を裏社会で配信することで莫大な収益を得ていた巨大組織があった。その組織の影響で日本だけでなく世界各国において、人種から性別、年齢もバラバラなあらゆる人々が大勢行方不明になっていたそうだ。世界中でそのことが大きな問題となり、各国の警察や国際機関による水面下での捜査が行われるも、その組織も徹底的に情報を隠蔽していたらしく、なかなか尻尾を掴めず行方不明者は増えていく一方だったらしい。

しかし、そんなある日、その組織の中央陣営の構成員が軒並み逮捕された、というニュースが突如朝の報道番組や新聞で大々的に報道された。全国ニュースでも2週間ぐらい熱心に報道していたから、今でも記憶の片隅に残っている。

…そういえばその時、一人の大物政治家の娘がその組織に誘拐されて、危うくデスゲームに巻き込まれるところだったらしく、その政治家が『デスゲーム撲滅』をテレビで仕切りに叫んでいたいたような……。

「それを受けて、大物政治家である『ハザマダ』がデスゲームによる犯罪を根絶しよう、と躍起になってデスゲーム犯罪への対策の必要性を各方面の有力者に訴えかけたのよ。」

アリスは続けて言う。

「そしてその結果、世界で協力してデスゲームの運営を根絶やしにするための特殊部隊を設立することになった。」

「……それが『DED』か。」

「そ。あいつらはデスゲーム運営根絶のための特殊部隊。任務を遂行するためなら如何なる犠牲も問わず、ただ無慈悲にデスゲーム運営を蹂躙する。」

なるほど、単なる一般人じゃなかったのか……。

アキバにも、少しずつ事の重大性が分かりかけていた。

「DEDは、世界各国のエリート中のエリートをかき集めてできた、少数精鋭の部隊で構成されているわ。それに、各々が最新鋭の防具や銃火器を所持していて、ひとりひとりが文字通り一騎当千級の戦力を保有していると言っても過言ではない。そして噂だけど、中には世界中からかき集めた超能力者や、人体改造を施されて普通の人間を大きく凌駕するパワーを持った改造人間もいるらしいわ。表社会では公言されていないけど、すでに奴らは設立からわずか数年でデスゲーム運営やその他犯罪組織をを大小含めて10箇所以上も壊滅させている、という実績もある。そんなこんなで、裏社会では『DEDに目をつけられたら、その組織は絶対に潰される』と言われ、恐怖されているわ。」

ああ、あの銃が全く効いていなかったあの大男たちは改造人間とか、そう言う類のものだったのか……。

アリスのこの話だけだとイマイチ信じられなかったかもしれないが、実際にこの目で見た以上疑いの余地はない、な。

「なるほど……。そんな奴らに責められたとあっちゃあ、確かにやばい事態だな。」

「ようやくわかってきたようね。で、問題はソイツらにここを制圧されちゃった、ってことよ。」

「…………ふぇ?」

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