4

除雪車の働く音で目が覚めた。

カーテンの隙間から見える空はまだまだ暗い。

乾燥した空気で喉がガサついていた。

ソファに腰かけ、頭を抱えた。

少し熱もあるようで頭痛がし、重たく感じた。


夢の中で見た国後の背中がまぶたの裏に張り付いていた。

夢らしく色々と脚色されてはいたが、何年も前にあの光景を私は見ている。

ただあの時は立ちすくむ彼女に声をかけることが出来なかった。


「そういえば手紙をもらった」


ふいに漏らした乾いた声が喉をひっかき、咳き込みながら台所へ駆け込んだ。

シンクに水を流しながら大きくえずいた。

蛇口から勢いよく出る水で一度口をゆすぎ馴染ませた後、近くにあったグラスに水を満たした。

その水をゆっくりと取り込んでいきやっと一息ついた。


「どこにやった」


次いで声に出した言葉は変に喉に絡むことなく外に出すことができた。


国後との最後の記憶は彼女の卒業式だ。

その時に私の研究室にも顔を出し、手紙を渡してくれたのだった。


『時間のある時に良ければ読んで下さい』


晴れ着を纏った彼女は耳の縁を赤くしながらさわやかな笑顔と共に真っ白な封筒を差し出した。

記憶の中の私も笑顔で祝いの言葉を伝えながら受け取ったのを覚えている。

ただ、そのあとはどうした?

おそらく家に持ち帰ったはずだ。

あのまま研究室に置いたままにしていたのであれば、もう行方は分からない。


「とりあえず部屋に……」


小声でつぶやきながら廊下へと出ると、足早に階段を上った。

真っ暗な自室はずいぶん冷え込んでおり熱を持った瞳に空気が沁みた。

ずきずきする頭を無視しながら乱雑に放ったままになっている様々な書類の束を片っ端からひっくり返した。


「どこだ。……まだ前だ。もっとずっと昔の方に」


紙の山をかき分け、日に焼けて茶色く、字の薄くなったものが混じる最深部ともいえる場所までたどり着いたころにはカーテンの隙間から太陽の光が差し込んできていた。

鼻水で鼻が詰まり、体調もすこぶる悪い。

何度えずいたか分からなくなった頃、涙の溜まる眼の端に薄く黄ばんだ真っ新の便箋が引っ掛かった。


「これだ」


古いものを散々ひっくり返したせいで舞ったほこりが朝日に照らされ、セピア色の光が一筋伸びた先に手紙は落ちていた。

光に溶け込んだ縁へ震える手を伸ばす。

柔らかな日差しの中に浮かぶ自分の手にはしみとしわが刻みこまれており、なんといっても乾燥して見えた。

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