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電気の消えた居間へと入ると乱雑に上着を脱ぎ、ベルトを外した。

照明はなくても薄いカーテン越しに差し込む街灯の明かりだけで十分に感じた。

水道の凍結防止のために稼働している暖房のおかげで、とっくに妻が就寝した今でも部屋は暖かかった。

心地のいい酔いが去った今、残っているのはただただ苦しいまでの虚無感だった。

生唾を飲み、キッチンへと足を運ぶ。

水道からグラスへ水をくみ、一息にあおった。

きっちりと磨きこまれた蛇口にうつる自分の顔は青白く、ずっとこんな顔色をしていたのかもしれないという事実に思い至った。


「国後が亡くなった」


シンクへ吐き出した声は思いの外静かに響いた。

ブウンと唸る冷蔵庫の音がやけに大きく聞こえる。

右手に握ったままだったグラスを洗い物用のたらいの中につけた。

水に沈んだガラスは周囲に紛れ、溶けたかのように姿を隠した。

身体の中で記憶が膨れ上がり、内臓を圧迫する。

何とも表現できない呻き声が身体から漏れ、思わずその場にしゃがみこんだ。

今自分を襲っている感情が何なのかまったく分からない。

何がここまで思考をかき乱すのか。


「特に接点があったわけじゃないのに」


顔を両手で覆い、洗う時と同じ動作で強くゆっくりと擦った。

彼女が卒業してから公私ともに顔を合わせる機会はなかった。

だから、彼女と共有した時間というのは本当に限られたものだった。


「国後が死んだ」


涙は出なかった。

代わりにため息をついて、立ち上がり窓辺に置いてあるソファへと向かった。

合皮の張られた馴染みのあるこのソファに寝転がり身をゆだねる。

風邪をひくことになると分かっていても二階にある自室まで上がる気力が湧かなかった。

背もたれのある方へ身体ごと頭を傾け目を閉じた。

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