第15話 発着場ノーティカ
再び眠りに就いたようだ。目覚めれば暗闇、夕方も過ぎて微かに赤い空が窓の外に見える。床のスマホの画面が光っている事に気付き、手を伸ばしてロックを解除した。
「クラブいかん?」
それは、あの子持ちの友人からの連絡だった。この一文だけで伝わってくる陽気なテンション。僕がバーで凹んでたあの時間も、彼にとっては取るに足らないやりとりに過ぎないのだろうか。それなら良いのだが。。
「今日夜勤。」
今日が夜勤じゃなければいいのに。今夜は寒い夜景の中で、クラブを見守る形になるだろう。
「おけ。たま誘う。」
「どこ行くん?」
「ZII!」
あそこか。。ダウンタウンの中心で有名なナイトクラブだ。これまた高層ビルの上階にあり、こいつと教育中に知り合って以来、週末は2人で通い詰めた時期もあった。たった半年前の事だが、もう昔の出来事に思えた。楽しかったな。こいつと配属先で別れてからはめっきり行かなくなっていた。
「久々だね。」
「ゲストもらったんよ。安く入れる!」
「いいな。楽しんでくれ。女の子とキスしてたら報告するわ。」
「見逃してくれよ!」
僕は空飛ぶ鯨にまたがって街を見下ろすだけだ。ZIIクラブには屋上のテラスフロアもあるから、上空を通りかかればクラブ全体を一望できるだろう。
こいつとやり取りしていると、さっきまで見ていた心地よい夢もすっかり忘れていた。心地よかった余韻だけが身体に残っている。
さっさと支度をして部屋を出る。飛行船乗り場はモノレールで5駅のところにあるのだ。今日は特に寒いからホームに突っ立って電車を待ちたくない。そう思いながらホームに着くと、モノレールはすでにドアを開いて待機していた。ダイヤ調整のための一時停車だった。
車内はガラガラで、僕は1番先頭の椅子に座った。目の前のフロントガラス越しに、目的地はすでに見えていた。一直線上に続くレールの先。飛行船乗り場と言っても、それは一見するとただの高層ビルだ。ただし特異なのは、ビルの上階に飛行船がくっ付いていること。ダウンタウンでも一際高いそのメガストラクチャーは、突出した最上階を飛行警戒船の発着場にしているのだ。数機の飛行船が、その先端をビルの屋上に伸びる給油塔に接続している。まるで太い海藻の茎に喰らい付く小魚のようだ。流されないように必死で噛みついている。
モノレールは無機質で均一なコンクリートの道をひた走る。そして5駅目の手前で、列車はビルの中を突き抜ける。線路がビルを貫通しているのだ。
「ステーション・ノーチカ、ノーチカです。お降りの方は、、」
ノーティカと呼ばれるこのビルは、ビルの中腹に駅を抱えている。そこからエレベーターで屋上まで直行できる。
駅を出るとそこはショッピングモールの惣菜コーナーだ。その真ん中を突き抜けた先にエレベータが見える。流石にここでは青白のストライプが目立つのか、家族連れの子供にまじまじと見られたり、たまに手を振ってきたりする。簡単な笑顔で対応するが、咄嗟のスマイル作りは得意じゃない。
エレベーターには、先に乗っている人が2人いた。カップルだろうか、寄り添ってガラス張りのエレベータの壁越しに街の景色を眺めている。次第に見下ろす形になる夜景を僕も眺めていた。2人とも着ているのはトレンチコートだ。ベージュと薄い青。女性が着る薄青いコートの締まった腰に、隣の男が手を回している。この街のテンプレとも言えそうな、イメージ通りのデート姿。彼らも目的の階は同じで、屋上で同時に降りた。2人は展望室に向かうのかもしれない。僕がもしここで誰かと並ぶなら、、
カウンセラーの彼女をふと思い浮かべていた。
展望台へ向かう綺麗なタイル張りの道から外れて、職員用扉を越えた先のキャットウォークを進んでいく。湯気の舞うボイラー設備を超えた先には、地味で広々とした屋上が広がっており、飛行船に積む資材などが散乱している。
資材置き場の脇には、あのジェットパックが設置されたコーナーがある。15kgはあるパックに付いた取っ手を掴み床に寝かせると、僕は仰向けでパックの上に寝そべる形で、背中とパックを密着させる。ハーネスの様にベルトを全身に通わせて、最後はタイトに締め付ける。右腕に巻きつけた操作ユニットを起動して、異常の有無をクルーに報告する。全ての流れが済むと、僕は立ち上がって担当の船長と軽く会釈を交わしてから飛行船のゴンドラに乗り移った。
またゴンドラに座って足を揺らしている。出発まで15分。すでにイヤホンは耳に詰めてある。ラジオでも聞こうか。と、その時唐突にスマホのバイブが鳴りだした。こんな時に電話だ。
「もしもし?」
「あ、レイさん〜?私ですよ。しおりです。」
しおり、しおり、、ああ、あいつの彼女じゃないか。どこかで聞き覚えのある可憐な声は、スピーカー越しでも大体判る。
「あ!しおりちゃん!?久しぶりだね!」
「お久しぶりです〜。急にお電話しちゃってごめんなさい〜」
「いえいえ〜」
「いまちょっとお電話大丈夫ですか?」
仕事中です、とは言いたくない。これは多分彼氏の愚痴じゃないのか。深夜ラジオよりいいものが来たかもしれない。
「大丈夫だよ。暇だし。」
「やった!ありがとうございます〜。いや、シュウの事なんですけど。」
「うん。」
「あいつここ最近連絡が全然なかったんですよ!で昨日やっと連絡が繋がったと思ったら、『訓練中で出れなかった』って一言だけ言ってきて。」
「うんうん。」
「訓練ってそんな長いの?って聞いたら、そうだって言うだけなんですよ。連絡取れなくなるなら言ってくれたらいいのに。」
「なんでだろうね。多分スマホを訓練施設に持って行き忘れたんじゃないかな。それか電波が通じない場所なのか。シュウは謝ってくれた?」
「『ごめん』って一言だけ文で送ってきました。でも何で前から言ってくれなかったのって聞いてもちゃんと答えてくれなくて、、」
「うんうん。」
「ありえないですよね〜」
「うん、ありえない。」
多分電波が届かない事を忘れてたんだろう。もしかしたら地下坑道かもしれない。なんにせよ、怒り心頭な彼女を差し置いて、彼氏は今日屋上でパーティピーポーしてる筈なんだ。通話しながら、ついニヤけてしまう。
「今度シュウと会った時は僕からも言っとくね。」
深掘りすれば愚痴は無限に出てきそうだった。こうやって友達の事を知っていくのも楽しい。すでに発進の放送が流れたが、スマホ越しの彼女には聞こえていなかったようだ。前進を始めた飛行船はダウンタウンの横断を始めていた。やがて下の方に見えてくるであろうクラブのテラスを、僕はいつもより心待ちにしていた。
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