第11話 首から上の世界

「今日なぜ呼ばれたか分かるか?」


個人資料を手に一息ついた科長は、初っ端から緊張が走る質問を投げてきた。思い当たる節はある。僕の中で、先日の地下ドッグ暴動の件で感じていた負い目が真っ先に結びついた。


「いえ、私には考えが及びません。」


I have no idea.


「素直だな。ここに来るまで、なぜ呼ばれたのか何も考えず、かな?」


これは探っている。打ち明けて欲しいのか?


「、、正直に申しますと、先日のB-6地区でのテロに関して、何か聴取等なされるのかと考えておりました。」


「ああ、あの暴動か。どうしてだ?君とあの暴動が何か関係あるのかな?」


言い草からして、もう遠い過去の事件といったニュアンスだった。


「えー、つまり。。」


「ふむ、暴動の話が出るとは想定外だね。なぜあの事案で探られると思ったんだ?ん?。。。あ、もしかして!実は君が主犯なのかい?」


そう言われ必死に手を振って否定する僕を見て、彼は高らかな笑い声を上げた。僕も引きつられて、場にひとつ和みが生まれた。


「あの事案が起きる1週間前に私は定点監視警備についていました。なので、状況証拠等を探しておられるのかも知れないと。。」


弁明の途中で彼は遮った。


「ハハハッ、そんなことはしないよ。1週間前じゃあ証拠材料にはならないし、そもそも定点監視にそこまで求めない。君が気にすることは何もないさ。」


「ええ、恐れ入ります。気にしすぎかとは思っていたのですが。」


「そうだな。そこまでの心配は無用だ。君が問われる職務責任はないし、むしろ君は本当によくやってくれていると私は思うよ。」


「ありがとうございます。恐縮です。」


「ああ、気にするなよ。なんなら先日も働いてくれたじゃないか。アルコインビルの件で・・・」


そこからは、窃盗犯を撃ち殺した件に満遍なく触れてきた。事件当時に求められた即応性や降下猟兵の戦略的価値などの抽象的な観点から、僕があの時起こしたアクションについて評価してきた。僕は当時の記憶を再生しながらなるべく正確に射殺と報告までの流れを言葉にした。


「だから君の判断は概ね正しかったと言える。僅か10分足らずの逃走劇の中で目標を仕留めたんだからな。」


「ええ、しかし巡回のタイミングが重なった事も大きな要因だと思います。私は通達を受けた時、目標の丁度真上に居ましたから。」


「うむ、だが即応性を発揮した事に変わりはないだろう。あの事件も本来はビル内の警備隊が対処すべきで、上空をクルクル旋回する降下兵はあくまでも補助という位置付けだからな。君は本来の役割の120%を引き出したと言ってもいい。」


「いえ、とんでもありません。」


こう返すしかなかった。

潜在的なお調子者の僕は、褒められすぎると堕ちる未来を想像してしまう。


「君はもっと自信を持った方がいい。」


「はい。」


そこで科長は資料に目を移した。ペラペラとファイリングされた紙をめくりながら、ある一枚のところで手を留めて紙面を眺めている。


「ところで。」


「。。はい。」


「実は今日話したい事はもう一つあってね、そちらに移りたいんだが。」


「。。。」


「うむ、緊張する必要はないから簡単な質問に答えてほしいんだ。プライベートに踏み込むつもりはないし、質問の目的は追って説明するから安心して欲しい。」


「了解しました。」


僕は再び唾を呑んだ。


「勤務に関して君の考えを聞きたい。まず君はテロリストと直接接触を経験している。それはエンフォーサーの誰もが経験するような事じゃない。ある意味で特殊な経験と言える。」


「はい。」


「それは分かるだろう。だからこそ確認したいんだ。君のテロリストに関する認識を。君はここに来て半年になるようだが、実際の事案対処を何度も経験している。そこで率直に聞きたいわけだが、君はテロリストについてどう思ってる?」


どうというのは。。少し整理しないといけない。しかも何から答えればいい。科長は続ける。


「テロリストと接して変化した認識でも構わない。建前や結論など気にしなくていいから、話してくれないか?」


「、、、テロリストについて、思うことは色々とあります。ただ、、」


「ただ?急な問いに戸惑うのは分かる。だが尋問とは思わず、伝えられそうな事を言葉にしてくれないか?君の認識を把握することが今回呼ばせてもらったひとつの理由なんだ。」


「言葉にして」か。。。

それを聞いて少し気持ちが解れている自分がいた。この人は、、科長は、人の言葉を受け取ってくれる相手なのかも知れないと。


「ええ、私が彼らについて思う事は色々とあります。疑問もあります。。ただ、、『特殊な経験』故か周囲の同僚と話が合わなくなったと感じるところがあります。そんなギャップでもよろしければお話し申し上げることはできます。」


なんとか話したい方向性を絞ったつもりだ。


「ああもちろん。話してくれ。」


科長は爽やかに言った。


「私にはテロリストという存在が分かりません。彼らが何のために行動して、なぜこの街で我々の脅威として振る舞うのか。私は接触こそした事はありますが、彼らのルーツや行動原理を理解しているわけではありません。」


「ふむ、ルーツか。」


科長はそこに感心したようだ。


「ええ、私はただ指令通り彼らに対処するのみで、彼らは私の目の前に現れては消えていく存在です。そこが私の中で引っ掛かると感じる事はあります。」


「ほう。」


「誤解を招くかもしれませんが、私は彼らに少し関心があります。今の職務では彼ら『そのもの』について知る事はできません。しかし、敢えてこの街に出現する彼らテロリストもまた人間であり、もっと大きなスケールで、、、何というか社会構造的な背景や彼らをテロに向かわせる考えを知りたいと思う事があります。」


「なるほど。まあ君の兵卒としての役割では、奴らのプレゼンス以上の情報は得られないようになっているからな。」


「はい。ですからこの街の脅威をもっと深く知る事で、もっと合理的な治安維持にも繋がるのではないかと考えています。」


と、良心を付け加えた。本当は純粋な興味が主なのだが。ここまで来ればもう、最近の鬱憤を話してもいいのかもしれない。


「ですが、私が特に気になる点があります。」


最近のストレスに舵を切った。


「それはこう言ったテーマを理解し合える人が周りにいない事です。テロリストについて市民の間では論じる事がもはやタブーなのは知っていますが、K SECの社員同士でもこの様な話をする事はありません。」


「なるほど。」


「それが私には不可解に思えてしまう事があります。厳正な勤務をこなす社員達を批判するつもりはありませんが、私の中では単なる異物として留めておけないテロリストの存在を、少し話題にしてみただけで何か色眼鏡で見られてしまう。」


そうだ。そうなんだ。


「その認識のギャップを、今抱えていると言えば抱えています。私が半年の勤務の中で感じる違和感はそこにあります。」


「なるほど、理解したぞ。話してくれてありがとう。」


「いえ。ですがこれはテロリストへの考えというより社員関係の問題かもしれませんが。。」


「いや構わない。私が求めたのは『認識』だ。それでも構わないさ。」


「はい。。」


科長は返答を整理すると言った様子で、座面にずっしりともたれ掛かって壁の方を眺めていた。こんな答えでいいのだろうか。ただ愚痴をぶちまけただけとも言えないか。


「合格だ。」


科長が目を瞑ったまま囁いた。


「え?」


「黙っていてすまなかったが、これは適性試験だったんだ。総合情報科要員としてのな。」


彼は何を言っているんだ。


「要員、、ですか?」


「そうだ。新設される情報収集行動部隊のメンバーを今集めていてね、そのための適性試験を特定の社員に対して抜き打ちで行っているんだ。」


一気に血の気が引いていく。


「部隊ではテロリストの情報を得るために働いてもらう。君の好奇心はきっと満たされるだろう。そして何より、この街の治安に役立てる事ができる。」


「。。。」


彼は淡々と説明を始めた。


「ここは情報畑だが欠けている要素があってね、『脚』がないんだ。ディスプレイの向こうでカタカタと脳ミソを使うのは得意なんだが、いざ現場で行動するとなると自由な手足がない。エンフォーサーに委託するにも内容は限定されてしまう。そこで我々は戦闘員を呼び込む事にした。ただし条件付きで。集めると言うならそこら辺の雑兵ではなく、我々とリンクできる奴を抜く。」


科長の言葉の変化に身が固まる。


「その点において、認識や関心を重視したんだ。知能は言わずもがなだが。」


「そうだったのですね。。」


「ああ。だから君には取り敢えずこの新部署に異動する権利を与えたい。あくまでも権利だ。義務ではない。」


「。。。」


「急に言われてもさっぱりだろうが、我々と共に働いてくれないか。」


「。。すぐにお答えするのむずかしいかと。。回答の期限等はございますか?」


「勿論だ。ここで究極の選択を迫ったりはしない。新部署開設は再来月の頭だが、それまでにメールで返事をくれればいい。或いはそれ以降でも構わないが、、まあそこは任せるよ。」


これはどう考えても究極の選択だ。あと1ヶ月以内には異動を準備しろと言っているのと同じだ。


「科長、、質問宜しいでしょうか。」


「ああ、遠慮するな。」


「なぜ私なのでしょうか?私は総合情報科と仕事で関わった事もありませんし。」


「いい質問だ。面接をかける審査基準はひとつ。」


そう言って彼は手元の紙をひらひらとアピールした。


「適性フォームだ。定期的な検査で知能、業務の汎用性、健康状態、さらにカウンセリングで記録された情報も参考にしている。」


カウンセリング。。。

あの時の彼女との会話もモニターされてるのか。そう思うと、この勧誘を素直に受け止められない思いが湧いた。こんな風にログが使われているとは思わなかった。


「データ上はそんなに適性が良いのでしょうか?」


「ああ。だがそれだけじゃない。君の場合は、現場での活躍も私の目に留まった。」


「それは恐縮であります。。」


「どうかな?急遽の異動にはなってしまうが、年度の変わり目には丁度重なるぞ。」


「ありがとうございます。少し検討に時間を頂きたいと思います。」


「ああ、勿論だ。我々はいつでも歓迎する!」


そこで、この話には区切りがついた。今後1ヶ月はこの事で頭が一杯になりそうだ。


「君の考えは、きっと新しい部署では大いに反映できると思う。」


「そんな、、こんな愚痴みたいな話しか出来ませんでしたが。」


「そんな事はない。君の話した事には芯がある。建設的な意見だよ。」


「とんでもありません。」


僕の苦し紛れの謙遜に、もはや構わない様子で彼は話し始めた。


「私も同意するところはある。例えば社員についてだが。。」


「ええ、」


「私が要約するに、君は多くの社員達が仕事の流れにのみ関心を持ちその核心に迫ろうとはしないと言ったね。」


「多くの社員と言いますか、私の周りにはいないと思っています。」


「うんうん。そこは遠慮しなくていい。私の知る限り出会った事がない。特にエンフォーサーはね。」


「そうですか。。」


「君の周りだけではない。個々の組織全体として無関心なんだ。全員がそうさ。」


どこか攻撃性にも近い圧が増していた。


「君も気づいているんじゃないか?」


「組織全体で、という事ですか?」


「ああ。では勿体ぶらずに聞こう。。ここの連中を今まで見てきて、コイツらバカだなと思わなかったか?」


「へ?」


すんなりと聞き入れるにはインパクトが大きすぎた。これは笑うところなのだろうか。だが、こちらを凝視しながら訴える科長の顔はシリアスだった。


「いえ、、そんな事は。」


「正直でいいんだ!思った事があるだろう?」


「、、、いえ、、私は。」


「そうか、、」


科長は表情を緩めた。

少しぶっ込んで問い詰めたが、思ったリアクションが得られなかったという様子だ。


「ここの連中というのは、現場の要員達のことでしょうか?」


彼は落ち着いた口調で続けた。


「そう、ここのポストに吸い付く愚鈍な兵士達だ。君の本音を聞きたいところだったが、まあいい。」


「。。。」


「アイツらはな、首から下がメインでそこから上はオマケで付いてるんだ。自分では何も考えはしない。新たな部署では多くのエンフォーサーを雇うつもりだ。教育期間もある。もしかしたらまたエンフォーサー課程と同じような生活を過ごす事になるかもしれない。」


「はい。」


「そんな時は挨拶だけ忘れなければいい。動物達は何が拍子で機嫌を損ねるか分からないからな。新入り間もない頃はとにかく目が合えば敬礼。忘れそうで不安ならそこら辺のバックパックにでも挨拶しておけよ。」


また彼につられて和みの笑いが起きた。しかし和めない。


「こちらとしてもサポートはする。そっちのマネージャーとはいつでも話は通せるから迷惑は気にしなくていい。」


「はい。恐れ入ります。」


「どうだ?情報行動隊は?」


「検討致します。」


動揺を隠してあっさりと答えた。すると科長は諦めがついたようで、


「そうか。分かった。では今日はここまでにしよう。」


そう言って、彼は背後で立っていた秘書の女に合図を送った。


「本日はありがとうございました。失礼いたします。」


僕はまずこの場を去る事を優先したかった。席を立ち、科長に背中を向けて秘書が開けた木造ドアの方へ向かう途中。。


「正直言って、、」


今度はなんだ。。


「私の見地から言わせて貰えば、君の組織内での働きは『平凡』だ。それは私の手元にある適性データと乖離している。君にはもっとずっと活躍できるだけの潜在能力がある。それを私は見てみたい。そして君も。。」


僕は何も言えず、そっと科長の方へ首を向けるだけだった。


「平凡で構わないならそれでいい。だがそうでなければ、、そこは君の選択だ。」


「はい。」


秘書はエレベーター前まで引率してくれた。あの空間を抜け出しても、もはや一生抜けられないような何かに憑かれている。興奮が収まらない。チャンスを与えられた喜び、科長本人の口から言い渡された賞賛、自分の内面に干渉されたような不信感、そして、他の社員に対して歪な形で芽生え始めた優越感。。。


頭がスピンしてしまう。とにかく今日はまっすぐ帰って、あったかいシャワーを浴びよう。下降するエレベーターはガラス張りで都市の景色が一望できた。いつの間にか雲は消え、血のような夕焼けがメガストラクチャーの平坦な壁を真っ赤に染めた。

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