第8話 暴動
レッドアラート。
その時は、失意を引き摺ったままベッドに埋もれていた。埋もれてしまえば意識はすぐに夢の国へ旅立っていたようだった。曖昧な夢の旅路の途中で、唐突に聞き覚えのあるサイレンが鳴り響いた。意識を戻してみると、床で充電中だったスマホからのアラートだった。床に転がるスマホの画面は既に、白い光を目一杯に発している。
緊急招集だった。液晶の中では大きな文字で「CALL OF DUTY(=招集)」。
手に取ってロック解除すると警報音は消えた。いつもの平和なトップ画面に戻って、それ以降の連絡は通知によって引っ切りなしに流れて来ることになる。
「L-6地区で暴徒出現。当該地区の隊員は2種招集命令。該当者は出頭せよ。これは訓練ではない。」
こんな時に。。
壁際の時計を見ると午前2時になる所だった。眠りに就いてからまだ1時間ほどしか経っていない。しかし酔いはすでに覚めていた。すぐに着替えて最低限の装備をポーチの中に突っ込む。顔も洗わないまま、黒いタイツのような生地のフェイスマスクを被って顔を覆い、いつものエンフォーサーの姿に返り咲く。
「B-3ブロックにビークル×3が停車する。車両は02:20出発見込み。出頭不可の者は直ちに報告。」
最新の通知画面には集合地点と乗車車両の停車位置が示されていた。指示の内容を要すれば、ただ「集合せよ」と言っているだけだ。行き先はまだ示されていない。発災エリアが単にL-6地区という情報だけでは、範囲が広すぎる。ただ、そこは先週勤務したセントラルターミナルを含む区画だった。
ライフルを背中に担いで、ヘッドマイクは手に持ったまま玄関を飛び出した。真冬の夜の冷気を押し切って、マンションの階段を駆け降りる。下に見えている道の脇に、車両数台分ほどの黒くて大きな影が見える。全面黒塗りのトラックのような車両だった。間違いなくK SECの装甲車だ。煌々と光るブレーキランプの赤い点が、静寂なストリートの中心に浮かんでいる。
無風の冷気を切り裂くように全力疾走で車両へ向かった。鉄の箱のような装甲車は、後ろの大きなハッチが開いたままになっており、車内でシートに座り込んでいる他の隊員の姿が見えた。僕はそのまま無言で兵員室に乗り込んだ。
「お疲れ様です!」
「うす。」
室内で座ると、ちょうど視線が合った同僚と会釈を交わした。こんな時間にお呼びが掛かるのは誰でもいい気分ではないだろうから。
狭い収容室内を見渡して人数を数えてみる。7人だ。
「あと3人だよ。」
正面の同僚は、僕が見渡している様子を察して言い放った。
「了解。」
彼は見た感じ、少し老けていてその言い草といい歳は結構離れているように感じられた。彼は目線を下げたかと思うとズボンのポケットを漁ってタバコを取り出した。14タールのクロマルだった。火を点けると深呼吸のように吸い込んで、吐き出す量も多かった。ため息にも見える副流煙は、無風の夜中にしばらく溶け込まず、車内で滞留していた。
ブブロンッ、、ッガラガラガラ
エンジンが掛かった。腕時計を見るともう2時17分、出発まで後3分しかない。その時ハッチの方に誰かが顔を出してきた。ドライバーだ。人数の確認だった。僕があと3人と答えると、彼は素気なく「じゃあOK。」と言った。
発進の合図をしてドライバーは戻っていった。3人は欠席ということか。とにかく出発できるようにと、壁際のハッチ操作パネルに指を押し込んだ。油圧の重たいハッチがゆっくりと上がってきて、狭苦しい兵員室に蓋をした。
一瞬体勢を崩しかねない揺れに襲われて、クルマは前に進み始めていた。
「一体どこにいくんですかね。」
正面の彼に話を振ろうとした時、部屋の奥にある液晶パネルの画面が点いた。ここでブリーフィングということなのか。最初はノイズだった画面が静かになり、あるポリゴンを捉えたような映像が浮かんできた。よく見るとそれは施設の3Dマップだった。その施設は僕がよく知っている施設の全体を捉えたマップだと気づくのに時間はかからなかった。それは巨大な地下コンパウンド、セントラルターミナルだったから。
周りの同僚達は皆、無言で液晶に見入っていた。僕は血の気が引くのを感じていた。そして「発災地点」を意味する赤い矢印が点滅しだした。それは最も下にあるエリアを指していた。間違いない。地下ドッグだ。
「マジかよ。」
ある同僚が言い放った。誰もが思ったに違いない。こんな場所でヤられるなんて、いつもいざこざは郊外で起きるのが普通だった。こんな中心地の最深部が荒らされた驚きは大きいだろう。しかし僕にとっては、そこは先週の現場なのだ。一度はクリアリングしたはずの場所に敵が現れている事に恐怖とやるせなさを感じていた。
「ここは誰も警戒してなかったんですかね。」
「よく分かんねえけど、おれたちは常駐してないだろ。」
「じゃあ非常勤ですかね。」
「だろうね。全く、警戒なんてしてないじゃないか。」
同僚達の愚痴まがいな会話で耳が痛くなった。ここの担当は僕だったのだ。しかしどこに敵の兆候があったというのだ。僕は確かに施設を警戒した。考え事をしている間に敵は動いていたのだろうか。そもそも、あまりにも開けた空間で死角など無かったはずだ。。
巨大なトンネルの先には漆黒の闇が広がっているだけだった。トンネルは平坦で隠れる場所などないはずなのに。もしやあの暗闇の中で、敵は息を殺してこちらを覗いていたのか。K SECや他の人員がウロウロしている様子をじっと監視していたのだろうか。あの暗闇の先に何かが居たのかもしれないと想像すると身震いした。
「B-3は地上にて周辺警戒。ターミナル入り口で検問担当と合流せよ。」
その時、画面にはそんな命令が表示された。僕の過失で破茶滅茶になった現場には直接出向く事はないらしい。
「イェーイ!」
「やったね。」
同僚達は歓喜していた。めんどくさい現場に出向かなくていいからだ。僕は動揺を抑えながら、見たくない現実に直面しなくていいという気楽さと同時に落胆を味わっていた。気持ち悪い感覚だ。バツが悪い。いっそ現場まで行ってしまえ。全てを曝け出す思いで、荒らされたあの空間と、今頃始末されているであろう敵を目に焼き付けても良いかもしれない。
歓喜に沸く同僚たちの中、誰にも言えるはずのない思いを丸め込んでいた。気づけば車両は速度を落としていた。部屋の小窓を覗くと、狭い防弾ガラス越しにセントラルターミナルが底の方まで見えていた。夜の奈落は眩しいスポットライトに照らされ、その底まで曝け出していた。
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