第7話 路地裏のバー

今日は半年ぶりの仲間とバーに来た。


「よくこんな店知ってたよな。すごく居心地がいいよ。」


僕は、彼がこんな穴場を知っていたことに驚いていた。

かつては配属が同じだったが今では散り散りになって、この街のどこかで同じ防爆スーツを着ている。久々に呑みに誘われたかと思うと、呼ばれた場所は僕が勤める本社に隣接するブロックに隠れた小さなバーだった。


「ここはお前のオフィスの隣じゃないのかよ。

お前酒好きだから絶対ここで飲んでると思ったのに。」


酒好きと言われるほど酒好きではない。カウンセラーの女に軽く突っつかれる程度だ。


「いやあ。飲み場探しなら繁華街まで出ちゃうんだよ。灯台下暗しだね。」


「ふし穴。」


「ここはほんとに落ち着く。」


「はは。いつもありがとうございます。」


その時、正面でグラスを磨いていたマスターがおだやかに微笑んできた。スマイルは温厚そのものだった。それを機に話題を違う方向にシフトしてみる。


「なんにも変わってなさそうで良かったよ。」


「変わんねえさ。給料だって変わんねえしな。」


「まあね。」


「でもお前は降下猟兵じゃん、いま?すげえよな。そうそう行けるもんじゃねえぜ。」


「みんな行きたがらないだけで、行こうと思えば誰でも行けるよ。あと綺麗な夜景が観れるのも特典だよ。」


「ハハッ、流石だわ。俺は今の生活のことで精一杯さ。」


「そんなに大変なのか。」


「ああ。彼女が妊娠してな、いまは今後のことで頭がいっぱいさ。」


「マジかよ。急すぎるぜ。とりあえずめでたいね。無事生まれてくるといいね。」


「ほんとだよ。」


その哀愁を放つような話し方に、どこか世間で見かけるような面影を感じた。彼もまた変わったということか。


「男の子かな?女の子かな?」


子供ができるって、どんな感じだろうか。


「女の子!」


「ほんとに?もうわかんの?」


「いやわかんねえ。ただ女の子ならいいなって。」


「いいね。生まれてきてほしい。」


「生まれたら最初に写真送ってやるよ。」


「生まれたては、しわくちゃでサルみたいだろうね。」


「なにを!」


それから、笑いながら半年の経過を語り合った。しかし相手には生活の変化が多い中で、僕には伝えたくなるほどの人間模様の変化はなかった。内心で渦巻く葛藤はあっても、それをすぐに言葉にするのは難しい。日々のルーティン自体は変わってないのだから。かといって、こいつとありきたりな社内トークをするつもりは毛頭ない。酒を交える場で少しずつ話を深めて行きたい。


「てかさ、こないだまた確保したんでしょ?」


彼はこないだのアルコインビルの件を振ってきた。


「ああ、確保っていうか射殺ね。」


「すげえじゃん。やり手だよな。市民にも広まってるぜ。」


それはあの一件以来、周りからよく言われる事だった。ろくに話もしない相手から呼び止められ、僕が得たであろうメリットを並べて囃し立ててくる。でも僕は何も言ってないのだ。


「実際やってみると、なんとも言えないね。」


「まあそうだよな。名声や報酬のことばっかりが目立つけど、当事者としてはやっぱ色々あるよな。」


やっぱりこいつは理解がある。だから今日は同世代の同業者として仕事の話を深めたいのだった。


「そのさ、ずばりテロリストについてどう思ってる。」


今最も気になっていることだった。


「どうって?」


予想通りのレスポンスだった。


「彼らをその、人としてどう思ってるかってことだよ。」


「奴らの存在ってことか?」


「まあそういう感じ。」


「分からないよ。まあ概ね、異質の存在だと思ってるかな。犯罪よりさらに一線を超えた奴ら。生きる術を失って、最終的に自暴自棄な行為に出た人間たちってな。」


「まあそれはそうなんだけど。

じゃあ切り口を変えてみるよ。僕たちは治安維持を仕事にして、市民に命を捧げてる。それは事実だ。そしてその結果として、人を殺してる。これをどう思う?」


「どうってのは。」


「うーん。平易な言葉で伝えるのが難しい。俺たちは仕事をこなしてるわけだが、もっとこう、、なんで殺してるかっていう本質に俺は触れたいんだ。」


「それはマネージャークラスになれば触れられるんじゃないか?この組織の運用に興味があるんなら。」


彼は淡々としていた。だが僕は感情を隠しきれない。


「それは仕事の内容の話だろ?

そうじゃなくて、もっと本質的なことを聞きたい。」


「本質?」


彼はきょとんとしている。


「ああ。例えば、面識もない不審者を命令通りに殺して、それでこの街を守った英雄としていつも称えられるよな?それはいいんだが、なんかピンとこなくないか?」


それは、自分の足りない表現力で必死に表した心境だった。それに対して彼は淡々と答える。


「それはそもそもエンフォーサーになりたがる人間自体が少ないからだろう。身体面の厳しさもあるが、そもそもお前がやってる降下猟兵なんて危険そのものなんだしな。」


「だからそうじゃないんだよ!」


僕は思わず声を上げていた。


「エンフォーサーとしての僕じゃないんだ。人として人を殺めて人に讃えられる毎日を送ってる。その生活に人として違和感を感じるのは、おかしいことじゃないよな?それを確かめたかったんだ。」


「まあな。私的な感情が入ることはあるさ。だが銃を持つ仕事である以上はそういう重みもあるのさ。」


だめだ。。これ以上話すのは無意味に思えた。

自分の仕事とこの街との間の繋がりについて考えること自体に、意味はないというのか。

幹部にならないなら考える資格すらないのか。少なくとも下っ端として生きている今だって、何者かに命を捧げていることに変わりはないだろうに。。


「時々さ、」


僕は今の話題を放置したまま、さらに内心を曝け出そうとしていた。


「ああ。」


「殺した相手を思い出すんだ。」


「、、、」


彼は黙り込んだ。


「殺した瞬間は実感がなくて、後々思い出すこともある。そもそも僕は選んでこの世界に入った。他の仕事の選択肢も沢山ある中でだ。もし僕がもっと違う選択の連続を生きてたら、あいつらみたいな運命もあり得たと本気で思ってる。だから、恐ろしいというかなんとも言えない不安に襲われるんだ。『あれは自分だった』んじゃないかって。」


「レイ。」


僕は呼びかけを無視して話を続けた。


「所詮は他人だとか、それが仕事だからだとか言いたくなるのはわかる。でもそういう行為を、普通のことだと割り切れない自分がいるのは事実なんだ。」


今度は彼が割り込んだ。


「奴らに感情移入する必要はないさ。

誰かに寄り添ってほしくなる気持ちはわかる。みんな1人だからな。でもな、自分の機嫌は自分で取れよ。そんなことじゃあ降下猟兵は務まらないぞ。」


「。。。」


それは誰目線の言葉だよ、、

そう言おうとしたが言葉にならなかった。

彼は不快感さえ示していた。

あまりにも突飛な反撃を受けて僕は沈んでしまった。僕が甘えたがっていると思ったのか。そうなのか。話が深まらないどころか、未熟だと非難された僕は言葉を失った。そしてこれ以上の弱みを知られることを恐れた僕は、


「いやあ、冷や汗冷や汗。」


と、全てを自分のせいにして話をまとめることに終始した。


「俺たちだって、いつ撃たれてもおかしくないんだ。射殺は正当防衛の結果でもある。」


その日の酔いはもはや、辛うじて鎮痛剤として機能する程度だった。同期の放った言葉が脳裏に焼き付いて、生きるフィールドの違いを思い知らされて、その日は晩酌を終えたのだった。


僕は、傷の舐め合いをしたいわけでも幹部になりたいわけでも、敵への憐憫の情を禁じ得ないわけでもない。ただ、僕は日々なにをしているのかを一緒に確かめたかっただけなんだ。

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