第2話 PMCの日常
今は冬だ。しかし坑内は季節に関係なく寒い。都市郊外の地下坑道は、等間隔に撒かれたオレンジの非常灯のみで視界を助けられ、変わらない通路が果てしなく続く。まさに人口の洞窟だった。そこにテロリストが棲みついてると言う話を聞いても、何の驚きもなかった。むしろ居ない方が不自然に思えた。
目の前で倒れているのはテロリスト一名。
この地下坑道で鉢合わせたところ約20メートルの間合で戦闘になり、お互いが遮蔽物に隠れて撃ち合ったが、彼の方は銃を握っている方の肩がはみ出ていた。そこへ目掛けて1発撃ち込むと、恐らく命中して怯んだ相手は不意に上体をさらけ出した。そこでタップ撃ち3発。
彼が倒れたところで、こちらは一気にチャージをかけた。今思えば、周囲のトラップなどを警戒して少しずつ前進するべきだった。これは反省だ。目標の目前まで接近したところで状況を観察する。敵は身体をくの字にして動かなくなっている。おそらく確殺だ。身を包む黒いコートからはまだ出血を確認できないが、間違いなく右肩に1発と胸部に2発は命中している筈だ。
いま僕は人間を倒した。敵とかテロリストという切り口を持ったが為に今、人が倒れた。こうもあっさり死に追いやれるものなのか。僕は身体に染み付いた戦い方を条件反射的に実践しただけだった。おかげで心身への負担は回避できたのだろう。
普段のシューティングレンジで射撃訓練をする中では、耳をつんざく発砲音も発火したガンパウダーの匂いも、それらが実際に人を殺めるという実感には繋がらなかった。単なるルーチンワークでしかなかったのだ。
しかし、いざ接敵して撃ち殺してみればもうあっさり。現実はこうも容易く更新されてしまう。今日という日は過ぎていく。
テロリストは自身の身体に何かトラップを仕込んでいる可能性があるので戦闘後ただちに触れてはならず、特定の訓練を受けた隊員が後々対処するようになっていた。だからこのまま気にせず進めばいい。
死体の先にあるのは重い非常扉だった。銃を上に向けて構えたままドアにすり寄る。銃身に添える左手を重い扉のノブへそっと伸ばす。ノブをひねると同時に、ドアを勢いよく押し開け、未知の空間に鋭い銃口を向ける。
クリアリングを1人でこなすのはやや不安だ。実戦だとやはり不安になるのか。「実戦さながらの訓練。訓練通りの実戦」という教育時代に教官が放った言葉を思い出して自身に言い聞かせる。部屋の扉を一気に全開放して、右端左端、そして真上を確認しながら銃口を走らせる。ここからだと異常はなさそうだ。ゆっくりとすり足で部屋に入っていく。
その時、腰にフラッシュバンを1つだけ持っていたがここでは使うことを躊躇った。この先にも部屋は無数にある。なぜかその時はそんな確信を持っていたのだ。
その部屋には誰もいなかった。黒いコートは単独犯だったのだろうか。僕はその瞬間、クリアリングが終わったと判断して耳元の無線をプッシュして司令を呼び出した。
ーーー2日後の社員食堂ーーー
本社に帰還してからは、状況整理のためのレポート地獄に追われた。当事者が自分しかいなかった事もあり、仕事の負担を分散するという選択肢はなかった。さらには圧迫面接型の状況確認が終わり、なんとか食事で気分をリカバリーしたいところだった。
「んで、夕べレポートが纏まらなくて徹夜だったんよ。」
「恐ろしいな。TB-2こえ〜。ギャラのためとは言え、よく行けるよ。郊外の地下坑道なんて溜まり場でしかねえだろうに。」
「稼げるのはいいことだし経験も重要じゃんか。ここで同じ巡回任務をローテしてても、脳ミソが死んでいきそうだからな。」
「いやいやすげえよ。おれも出てみたいとは思うんだがな。お前の話を聞いたら絶対やめとこうと思ったわ。」
「どうぞリスク管理の参考にしておくれ。」
そう言うと彼は呆れた様子で、
「お前も着実に組織の人間になってきたってことだよな。普通なら耐えられないようなことも、ギャラのために平然とやっちまうんだもんな。」
あんたに染まったと言われちまったか。
「へへ、朝飯前。
でもあんな無愛想なエリートの仲間にはなりたくねえよ。」
「いやいや。おれからすりゃあもう立派な傭兵さんだよ、お前も。」
「へへ。」
僕から言わせれば、ここの退屈なポストから絶対に動きたがらないあんたも結構染まってきてると思うがな。ここの生活だけだと刺激がなさすぎる。
同僚の彼に騒がれようともてはやされようと、心の奥底では何も響かない自分がいた。彼はただネタに反応して、自分に降りかかるリスクの心配だけをしているように思えてしまう。同僚の身を案じるでもなく、ここに留まること以外にはあまり興味がなさそうだ。僕が一昨日経験した実戦の話も、本社における彼の現ポストを肯定する格好の安心材料にされたに過ぎないようだ。
それでもお互いに皮肉めいた会話が好きでどこか気の合う部分がある彼とは、K SEC内部で話せる貴重な相手だった。
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