終章

 江戸の町の夜は、闇が濃い。塗りつぶしたような闇が己を取り巻き、足を竦ませる。

 秋太は、庭に出て空を見上げた。銀色の月が輝いている。虫の音が静かに鳴っていた。

 どれくらい時が流れたのだろう。今でも時々、あの時のことを思い出す。ただ夢中で、己の信ずるままに動き、相手に言葉を伝えていたあの頃が、今はただ懐かしい。

 それからも勢力競争は絶えることなくますます強まり、攘夷だの開国だのと、人々は浮き足立っている。戦が始まるかもしれない恐怖に怯える毎日だが、江戸の人々はしっかりと今を生きていた。

「秋太!」

 家の中から自分を呼ぶ声がして、秋太は笑顔で振り返って、返事をした。しかし、すぐに笑みをおさめ、屋根の上を見上げる。信じられぬものを見たような表情が、次の瞬間、笑顔に変わった。

 しかし、この闇の中だからこそ、この闇を照らす真の煌きを、捉えることができるのだ。

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野々村のら @madara0404

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