第1話 世界の始まり 

 2038年、日本で世界初となるフルダイブ型VR端末『V Converter』が発売された。発売当初、価格は高くまだまだ技術も発展途上であったことからあまり普及はしなかった。しかし、近年メタバースに社会が大きく関心を寄せ始めていたこともあり、そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。その後、10年ほどの時間をかけて改良、小型化を進め、V Converterは世の人に親しまれていった。

 そして2048年、とあるゲームの発売によって世界は再び驚きに包まれることとなった。


 そのゲームの名前は『ALBERO COSMICO』


 宇宙の樹の名を冠するこのゲームだが、このゲームの謳い文句が『完全なる異世界の実現』

 世の中に存在するファンタジーの要素を全て詰め込んだようなこのゲームは年齢、性別、国にかかわらず瞬く間に広がっていった。

 世界樹ユグドラシルを中心とするさまざまな都市からスタートするこのゲームに人々は次々とダイブし、異世界での生活を満喫することとなる。



 ─2050年3月29日─


 いやー、引っ越しの作業大変だったぁ


 俺、向坂さきさかあきらは今年の春から大学生活を迎える際の、引っ越し作業をさっき終わらせたばかりだった。

 片付いた部屋を扉の前から見渡す。


 友達も、用事あるからって先帰っちまったし、そこから一人で作業するってやっぱきついな、大学入って一人暮らしになるからと思って意気込んでたけど……これじゃあ実家の自分の部屋とそんな変わんないや。


 7畳の自室には黒いカーペットが敷かれ、その上に新しく買い直したベットが置かれている。壁際に置かれた本棚には、受験で封印していたライトノベル、漫画、画集が並べられ、あとはまだ何も置かれていないデスクがあるくらいである。しかしデスクの横、引き出しの上に一際目を引く箱が置いてある。俺はその箱の前まで歩いていった。

 

 ホワイトが基調となった箱に、赤いラインが無数に走っているこの箱。高校生が買うには少し高かったV Converterだが、受験が終わる3月の初め、新型が小型化に加えリーズナブルな価格で発売されたのである。


 ついに、ついにこの日がやってきた。受験も終わって慌ただしい生活から解放された今、合格祝いに親に頼み込んで買ってもらったが、嬉し過ぎて今にも叫びたいくらいだ。この端末をを買ったら絶対にやるべきゲームというのが、今この世には存在する。『ALBERO COSMICO』、それが近年話題のゲームの名前だ。俺は丁寧に箱を開けて、諸々のセッティングを終わらせていく。


 あとは、被るだけだ……。ちょっと緊張するな。待ちに待った異世界だ。慌ただしい生活から抜け出して俺はあの世界で冒険がしたいんだ!


 「ゲーム、スタート!」


 この瞬間、俺の視界は眩い光に包まれたのだった。


 <Welcome To ALBERO COSMICO>


 そんな文字が目の前に表示され、俺は何もない真っ白な世界に立っていることに気がついた。


 ここは……


「やあやあ、どうもどうもいらっしゃい」


 唐突に後ろから声をかけられ、俺は首がちぎれるかのような勢いで振り向いた。


「おっと、危ないなぁ。そんなに驚かなくてもいいじゃないか。」

 そこには、真っ白い艶やかな毛並みの猫に翼が生えたなんとも不可思議な生物が浮かんでいた。手?前足?で顔を拭っている。


「だれ?」


「改めまして、ようこそアルベロ・コスミコへ。僕はチュートリアルを担当する、管理AI・Code0031 呼称ニケだ!よろしくね。いやーさっきの君の驚いた顔はよかったよ。記憶メモリに保存しておきたかったくらいだ」


「いやいや、驚かしたのはそっちだろ。初対面でそれはひどいんじゃないか?」


「ごめんごめん。けど毎回ここにきた人にやると、みんな揃って驚くからやめられないんだ。君もわかるだろう?」


 どういう学習をしたらこんなAIが出来上がるんだよ全く、運営は何がしたいんだ。


「あ〜、はいはい、チュートリアルやるんだろ?さっさと始めてくれ」


「なんだよ釣れないなー、もうちょっと話してくれてもいいじゃないか。仕方ない、君この世界がどういう世界かは、知っているかい?」


「いや、あんまり知らないな……。完全な異世界が実現された、としか」


「OK、わかった。じゃあまずこの世界の仕組みから軽く説明していくね」


 目の前に半透明の地図が浮かび上がった。


「この世界は、この世界樹ユグドラシルを中心として広がっているのさ。君はそんな世界の種族別の街からスタートすることになるよ。どの街からも見えるものすごくおっきな樹だから、驚くと思うな!」


 そうか、ALBERO COSMICOってイタリア語で宇宙の樹、世界樹って意味だっけ。なんでイタリア語なんだ?いや、相場語呂がいいとか、かっこいいとかんな理由だろう。


「この世界における可能性は無限大!剣で戦うもよし、魔法を使うもよし、逆にファンタジーじゃなくてロボットで!って子もいるね。とにかく、今までのように一つのテーマがあるわけじゃない。完璧な異世界だ!説明し過ぎても面白くないだろうから、この後の情報はぜひ、自分で集めてよ」


「とか言って、本当は説明がめんどいだけじゃないのか?」


「ギクッ……。じゃ……じゃあ早速キャラメイクをしてもらおうか!」


 あからさまに話逸らしやがった。

 仕方ない、キャラメイクしていくか。


「種族は、ヒューマン、ドワーフ、エルフ、獣人族から選べるよ!一度始めちゃうと変更できないから、気をつけてねぇ。まぁ茶々っと済ませちゃってよ」


「種族特性は何かあるのか?」


「んー、大方一般に知られてる種族特性と大差ないと思うよ。ヒューマンはオールラウンドになんでもできる、ドワーフは鍛治、機械生産、エルフは精霊と関わる精霊術特化、獣人族は並外れた身体能力って感じかな?」


 なるほど、俺の知っているものと大差がないな。どの種族も捨てがたいけど……。


「よし、ヒューマンにするよ」


「お! 珍しいね。この世界に来た人は大抵ヒューマン以外の種族になりたがるんだけど、それが君の進む道なんだ。いいじゃないか、ヒューマンは現実との乖離が少なく育成の仕方によってどんなものにもなれる。さっきも言ったけど可能性は無限大だ! 頑張ってくれ!」


「ああ頑張るよ」


「次は外見だね! 選択する項目がたくさんあるから大変だろうけど、納得がいくまでデザインを考えてよ!」


 目の前に現れたウィンドウを見て驚愕した。軽く50項目弱あるんじゃないだろうか。これは大変だな。





「で……き……た……」


 俺の見た目は、黒髪で成人男性平均身長とまったく同じ身長の現実世界のどこにでもいるような平凡な容姿から、銀髪のさっぱりした、180cm弱の金色の目をした青年へと変貌した。


「結構時間がかかったね! かっこよくなったじゃないか! じゃあ、ヒューマンの国へ送るね!名前を聞いてなかったね! 新たに異世界に旅立つヒューマンよ、君の名前はなんだい?」


「俺の名前は、ルフレだ」


「そうか、いい名だ。君のここでの生活が楽しくなることを願っているよ」


 直後、俺の足元に転移魔法陣がが発生し、再び体が光に包まれるのだった。

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