岩山のオランダロ2
からーん
からーん
からーん
高く澄んだ青空にかわいた金属の鐘の音が幾重にも山びこをひきおこす。
ザッと乾いた草を蹴り飛ばしオランダロは集落へと駆ける。
折檻されている色なしの少女が幼い頃の知り合いに酷く似ていたのだ。小銀一枚で買いとったことに後悔はない。子守り役ぐらいにはなるだろう。老人達のニヤつきがうとましく、オランダロにはやはりこの集落に息苦しさしか感じられなかった。
報告を終えたオランダロの前に契約書と証文が差し出された。
奴隷契約の引き継ぎと支払い金額が明記された書類だ。
まだ幼い少女を老人達はすでに奴隷だと言うらしい。
「なに、奴隷の子は奴隷よ。しかたあるまい。娘っ子なぞいくらでもわく。小銅ほどの価値もあるまいに物好きだなぁ」
オランダロは反論することもなく黙々と書類を確認し、署名する。
そのまま、金貨一枚で母親ごと買取る商談へと移行する。オランダロには病いに臥せる妻がいる。看病役が欲しいのだと。
「名目なぞいらぬだろうに」と老人たちの嘲笑を受けながら事務処理をこなし、色なしの性奴隷を抱える乳飲み子ごと受け入れた。
「幼女性愛者扱いされたぁあああ。糞爺ども魔物に喰い散らかされちまえ!」
色なしの母子三人を連れ帰ったメディエラの私有地たる地下都市でオランダロは天井に吠える。母子三人はただオランダロを見守るだけだ。主人たる男になにを言えるでもなかった。
そこに速足でやってきた老女メディエラがオランダロの頭をひっぱたき吠え声は静かになる。
上の娘はフッティーナ、乳飲み子はエララン。その母親はオランダロが幼い頃、子守りねえやをしてくれていたラティエラであった。
「ひさしぃねぇラティエラ。イマイネがアンタのこと心配していたよ」
メディエラはものも言えず目を白黒させるラティエラを見、オランダロを見る。
「アンタ、説明していないね?」
メディエラは素早くオランダロの耳を抓りながら引っ張る。オランダロは避けることなく差し出しながら「痛い」と大袈裟に騒ぐのだ。
「あー、とりあえず、フッティーナにはうちの娘の遊び相手をな。ラティエラには俺の嫁が臥せっているから先々は妹と一緒にメディ婆を手伝うか家事をして欲しい。俺は迷宮の狩りと鐘撞きがあって手がまわらないんだ」
笑って「あと娘との時間は外せない」というオランダロを軽くはたいたメディエラは顔色が明らかに悪いラティエラをじっと見聞する。
「まずは、体調の確認と休息からだよ。倒れちまいそうな女に看病されるのも家事されるのもアタシも孫嫁もごめんこうむるよ。オランダロ、アンタはとっとと稼いで三人をちゃんと奴隷から解放してやんな」
「え?」
オランダロの言葉で業務を確認し、その後のメディエラの言葉でラティエラは混乱する。
奴隷契約で縛られた人は人頭税を払わずに済む。ただし、どれほど稼いでもその稼ぎは持ち主の物となり、主人の温情でいくばくかの報酬が与えられる。それがラティエラの知る奴隷という物だ。与えられるいくばくかの報酬とは病いを患ったおりに薬を与えられるとか、奴隷として生まれる子を産まないことを許可してもらう。などが多い。
ラティエラには腹に性奴隷としての呪印が施され子を成すことすら主人となった廓の男達に決められていたのだ。そんな中で産まない選択肢は早期なら術式で即実行されるものではあるが許されるかどうかは別なのである。
「おう、しばらく裏に潜って呪解草を探してみるさ。あと金蔓系ドロップ品だなぁ。教会に奴隷誓約解呪を依頼するにもお布施がいるからな。すぐ、とはいかないが待ってろよ」
そんなふうに三人の女がメディエラの私有地に居住を認められた。彼女らはメディエラの私有地から出ることはなく、いつも勘繰られるオランダロだけがその不満を面白おかしく子供達に愚痴ってはメディエラに「まだものを知らない子供達に偏見植えつけてんじゃないよ」と耳をつねられるのだ。
そんな生活は唐突に終わる。
三人の女たちの奴隷契約を正式に教会で解呪し、数年分の人頭税を前もって支払い、彼女たちは物から人になった。
ラティエラはいつしか迷宮『石膏瓦解(裏)』の第一階層をオランダロの妹と共に彷徨うようになり、ギフトを得たり魔物のドロップ品を資材としてメディエラの弟子をしたりするようになっていた。
『裏』はその日、やたらと静かだった。
朝の鐘撞きは山びこが返らなかった。
受付嬢がいつも通り不安そうにオランダロを見ていた。
ただ、その日違うことがあった。
薄暗い受付で受付嬢が雑談を振ってきたのだ。
「最近、迷宮に潜る人が少ないんです。疫病が、あの、軽いらしいんですが疫病が流行っていて」
周囲をうかがいながら囁くように受付嬢が伝えてくる。
「薬師ギルドの連中は疫病抑えてないのか?」
ぽつんと返して、オランダロは舌打ちをする。潜る冒険者は基本奴隷ではなく、奴隷一歩手前の借金持ちたちだ。ぎりぎり人頭税を払って理不尽な借金の利息を払い、三日に一度の配給飯を口にしながら三日に二日は食費を捻り出せる生活を送っている連中だ。
小銅一枚で女は買えても大銅か小銀はかかる薬は買えないのだろう。とオランダロは考える。債権者である爺どもが配給させてもいないという事が想像がたやすかった。
「最近、井戸の水も細くて」
受付嬢の言葉に舌打ちが重なる。
「水球の恵みだ。ふたつある。納品依頼はあるか?」
「……あります。報酬は水球の恵みひとつ銀二枚です。ありがとうございます」
おそらく借金持ち冒険者たちの待遇は変わらない。問題のでていない老人たちが生活改善されていくだけだろう。
「あの、長老会が、おかあさんたちを迷宮におくると決めたんです。迷宮って恐ろしい所ですよね?」
「は!?」
受付嬢の言葉にオランダロは流石に声をあらげた。
怯えた受付嬢がなお怯え半恐慌状態で「申し訳ありません」と謝罪を繰り返す。
「ああ、お嬢さんに怒ったんじゃねぇよ。んな案実行されるとしてもいつからだよ」
「数日前から、です」
つい真顔になったオランダロは「そうか」とだけ残してギルドを後にする。
いつも通り、迷宮に潜るために。
「鐘撞様にご武運を」
受付嬢の声が届いたのかオランダロは軽く片手をあげた。
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