部室にはただ1人だけ

 俺は足早に、体育館の裏にある部室棟へと向かった。夕日が空を赤く染めているのを見ると、あの日を思い出した。


 部室棟は鉄骨の2階建てになっており、ところどころサビが目立つ。入り口付近の壁に打ち込まれている古びた地図をみると、サイキック部は一階一番奥の部屋らしい。


 他の部屋よりも古く見える扉。ドアノブは異常に冷たく感じたが、自分の体が熱いからかもしれない。


 なぜだか重く感じる扉の先には、人影があった。夕陽に照らされ逆光になっている人影は、俺に気付き振り返ったが、顔がよく見えない。だけど俺は勘づいていた。男子にしては少し長めのスカイブルーの髪。間違いない……。


「はじめまして」

「は、はじめまして……」


 扉が開いたことに気づいたのか、彼から挨拶をしてくれた。中性的な顔立ちに似合う、優しい声だった。そんな彼の柔らかい笑みに釣られて笑うと、彼は持っていたボールに目をやる。


 俺が思った通り、彼は河川敷で見たあの人だった。ただ以前見かけた時とは雰囲気が異なるような気がした。風が吹けば消えてしまいそうな、そんな儚い存在に見えた。


 そんなことを考えているとも知らずに、彼は俺の目の前に立った。中性的な顔立ちではあるが、筋肉があり身長も俺と同じぐらいはありそうだ。


 彼は整った顔を崩さず、俺が握りしめている入部届を細長い指で指した。


「これ、もらってもいい?」

「は、はい」


 俺の汗が少しにじんだ入部届。

 彼はクスっと笑うと、俺から取り上げた特に情報のないそれを、まじまじと見つめる。



「君はサイキックが好き?」



 少し長い髪を耳にかけながら微笑む彼。直球すぎるその言葉と、まっすぐに向けられた目線に多少の驚きを覚えるも、彼の質問に答える。


「好きというのか分かりませんが、俺はサイキックに魅せられているんだと思います。やったこともないから好きとかじゃなくて、本当にただの憧れで……。でも、憧れで終わらせたくないんです」


 吸い込まれそうな青い目は、俺の言葉をまっすぐに聞き、受け入れてくれた気がした。


「ちなみに僕は、好きだよ。でも、もう辞めようって思ってたのにな。君がそんな必死な顔するから迷っちゃうじゃん」


 急に冷静になったのか、自分の額から汗が垂れるのを今更感じた。俺はそんな必死な顔をしていたのか。


「すすみません……」

「ううん、謝らないで。今のは僕がカッコ悪かったね。諦める理由、辞める理由をずっと探してた。でもそれじゃダメだね。自分で決断しないと」


 思わず声が出そうになった。名前も知らないこの人に憧れてやってきたこの高校。この人のいない部活で、しかも廃部寸前のこの部活で、俺は何ができるだろうか。

 サイキックをしたこともないし、知識もネットで調べた程度。能力もない。絶望的だと思った。

 彼は深く深呼吸し「ん~」と伸びをする。


「あ、あの……」


 辞めないでください、そう声に出して止めようと思ったが、俺の口元に彼の人差し指が添えられていた。


「きっと君がここに来たってことは、神様がまだ辞め時じゃないって言ってるんだと思うんだ。うん、僕はまだ辞めないよ、サイキック」

「え、ほ、本当ですか……?!」

「うん。約束するよ。でも結局、神様が~とか言っちゃったし、なんかかっこ悪いところばかり見せちゃってるね」


 そう言ってやはり彼は笑うのだった。でも少し、あの時の充実したような顔に戻っている気がして嬉しかった。


「じゃ、一緒に1からサイキックを始めようか。真宮真言まみやまこと

「は、はい……!」


 入部届を見ながら、彼は俺の名前を呼んでくれた。その事実だけでも、この高校に来てよかったと思えた。


「早速で悪いんだけど、真言は今この部が廃部寸前ってことは知ってるよね?」

「魔法研の顧問から聞きました」

「あ、聞いてたんだ。なら話は早いね。入部届はとりあえず、まっちゃんに渡しといてくれればいいよ。あの人、魔法研と兼任してるから」

「分かりました!」


 あの人はまっちゃんと呼ばれているのか。


「廃部になるまでのタイムリミットは一か月。ちなみに一か月後までに、部員を7人集められなかったら廃部って言われてるんだ」


 彼は自分の指を1としたり、7としたり忙しそうに動かす。


「とりあえず、まずは1人ゲットだね」


 彼は俺が書いたお世辞にも綺麗とは言えない入部届を、ヒラヒラと見せてきた。


「僕ら2人を合わせても、あと5人足りない。5人を探しつつ、2人で特訓したり、サイキックについて真言に教えるよ」

「はい、よろしくお願いします! そういえば、あの、お名前は何と言うんですか……」

「そうか、言ってなかったね。僕は瑠璃川律翔るりかわりっと。よろしくね」


 彼は、片腕で抱えていたボールを俺に差し出しながら、微笑んだ。

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