8-2.認めてしまえば腑に落ちる

「おまえたち、とは私と、誰を想定しての問いかけでしょうか、閣下」

「この話の流れなら、おまえとロアの話に決まっている」

 そんな話の流れはなかったはずだし、ますますわけがわからない。自然と眉間にしわが寄る。

「唐突に何を。おっしゃっていることの意味がわかりかねます」

 正直な気持ちを告げたのだが、メリアは片眉を上げ、ゆっくりと身体ごとこちらへ向きなおった。

「おまえも知っている通り、恋人や夫婦は同じ隊には置かないことになっているからな。『飛竜』が落ち着くころにはお前を隊から異動させることになると思ってたんだが。そんなにアーケルミアの名前を気にしないロアの側は居心地がいいのか? 五年そばに置いておいても動きがないからな、めんどくさいからどうするつもりなのか直接聞いておこうかと思って」

 うんざりと言わんばかりの顔で見つめられ、ノーザレイは眉間のしわを深めた。

「少佐と私は、そういった関係ではありません。……友人、ではありますが――」

 友人とも何かが違う気がしたのだが、脳内のロアが「友だち!」と笑顔で言い切ったので「友人」と名乗るくらいはいいだろう。

「――これから先も、私たちが恋仲になることはないと思います。私は歌劇の女性のように少佐にふるまってほしいと思ったこともありませんし、自分でも歌劇のように少佐に愛をささやきたいと思ったことはありませんので」

 何度か母に連れられて行った歌劇の恋物語を思い出す。母はいつだって「貴方のお父さまと出会った頃を思い出してどきどきするわ」と言うけれど、ノーザレイは劇を見てどきどきすることもなければ、共感したこともない。

 そもそもロアはヒロインのように弱くないし、自分ひとりで運命を切り拓いていける。ノーザレイはそんなロアが好きだし、「守ってあげたい」というよりも、いつまでも見ていたい、という感覚が強い。

 何より――。

 あぁ、うるわしの君、どうか私の手をとって。愛していると言ってください!

 いとしい方! 貴方のことを考えるだけで、わたくしの胸は張り裂けてしまいそうなのです。どうか、どうか、わたくしの手を握ったら、もう二度と離さないで。

 自分たちはきっとそんな言葉を交わし合うことはない。

「ふぅん?」

 メリアは意味深にそう鼻で笑うと、軽く肩をすくめた。

「まあ、恋仲じゃないって言うならそれはそれでいいさ。お前がこのままがいいというのなら、それもいい。だが、名前や形がどうあれ、おまえ自身の気持ちを――いや、願望を見誤るなよ」

 琥珀色の目が真剣みを帯び、ゆるりと翳る。

「認めてほしくて、対等でありたくて、ロアの視線を自分に向けておきたくて、誰にも隣を譲りたくないんだろ?」

 彼女は何を言いたいのだろう、と耳を傾けていたノーザレイだったが、ぼんやりと階下――大広間へ向けていた視線が、何かに吸い寄せられるように自然と入り口へ向かった。ちょうど新たに会場へ入ってきた若い女性が、気まずそうに周囲を見回している。

 その姿を認めたとたん、会場のざわめきも、空間に満ちて甘ったるく全身にまとわりつく香水の香りも、メリアの声も、何もかもが意識の外へと追いやられる。

 ノーザレイの意識のすべては、まっすぐ彼女へ向かう。

 ロア=ウェロック。

 戦場でなくとも、彼女はじゅうぶん人目を引く。

 身にまとうドレスの色は黒。だが、ただの黒い生地ではなく、七色に輝く糸が織り込まれており、動くたびにちらちらと赤や青、黄色や緑や紫といった色が控えめに瞬く。

 デザインは露出こそ少ないものの、スタンドカラーから続く上半身の生地は手首や腰までをタイトに覆い、彼女のほっそりとした肢体を浮かび上がらせる。腰から下のスカート部分は細かいプリーツを入れた生地が細い腰から足元まで山の裾野のようになだらかに大きく広がり、彼女が動くたびに軽やかに揺れた。肩口とスカートにはスリットが入り、そこからのぞく下地の孔雀緑や、袖口と前胸部に並んだ紅玉の飾りボタンの鮮紅が黒に映える。

 イヤリング、胸元のブローチ、ドレスと同じ色の靴の甲の飾りは繊細な金細工に嵌め込まれた青玉。髪飾りは同じく金細工に縁取られたブラックオパール――色味をドレスと合わせてある――で、あまり特徴のない薄茶色の髪だからこそ色味が引き立つ。髪を編み上げたことであらわになった細いうなじは半分ほどスタンドカラーに隠されているが、わずかにのぞく部分はなまめかしく白い。

 一見すると地味だがたいそう華やかなドレスだったし、この場にいる人間が見ればドレスも宝飾品も一級品だということがすぐにわかる。

 そして、それを着こなす彼女がただものではないということも、軍人ならばすぐに見てとっただろう。

 視線こそうろうろしていたが、すっと背筋を伸ばした姿は若木のようにしなやかで、ドレスと同じ生地で仕立てられた手袋に覆われた手が持つのはレースの扇子だが、それが剣であったとしても違和感のない隙のない身のこなしだ。

 かかとの高い靴を履いていてもよろめくことなく、さっそうと歩くだけですれ違う人々の目を惹きつける。

「――――で、どこにいても彼女の姿が自然と目に入って、もしかしたら、触れたくなったり、な?」

 まるでたった今起こったことを見透かしていたように、ノーザレイの視線を追ったメリアが続けた。

「どうしてロアがここにいるんです」

「ん? 聞いてなかったのか? もちろん私が招待したからだ。おまえだけじゃ大した退屈しのぎにもならん」

 今さっきまで真剣だった目が、にんまりと弧を描く。

「新しくドレスを仕立てて着てこいと命じたらおまえに相談すると言っていたから、てっきりここに来ることも話しているかと思っていたんだが」

 確かに少し前、休暇中の彼女が珍しく魔法で「すこし相談したいことがある」と通信を送ってきた。待ち合わせの場所へ向かうとすごく渋い顔をして待っていたので何ごとかと身構えたのだが、彼女は苦々しい口調で用件を告げた。

「どうしてもドレスが一着入用になったんだ……」

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