8-1.認めてしまえば腑に落ちる
昼間のようにこうこうと大広間を照らし出すシャンデリアのきらめき。楽団の奏でる華やかな旋律。軽やかなステップで踊る人々。彼らが身にまとうドレスや礼服にはひとつとして同じものはなく、控えめなものから下品になってしまう一歩手前のものまで彩りもさまざまだ。とるに足らない噂話から国家の行く末まで混沌とした話題がざわめきとなって会場を満たし、ドレス同様おのおのが工夫をこらして身にまとう香りも混じりあって漂う。
すでに慣れてしまったとはいえ、何度来てもこういった場が心地いいとは思えない。
ノーザレイは自分へ向けられる熱を帯びた視線に気づかないふりをして、自分をここへ呼び出した相手を探す。目的の相手は、どうしてだか大広間を見下ろす回廊に腕組みをして立っていた。
なんであんなところに、とは思ったものの、階段を上って回廊の先にある姿へ呼びかける。
「ベルガルテ閣下」
今日は黒髪を複雑な形に結い上げて髪飾りをつけ、装飾の少ない臙脂のドレスに身を包んだ彼女は、ちょっと片眉を上げてこちらへ顔を向けた。ノーザレイの姿を認め、琥珀色の目がきらりと輝く。
「会場には父も兄もいるんだ。全員『ベルガルテ閣下』だぞ」
確かにメリアの兄は中将、メリアの父は大将だ。
「ベルガルテ少将閣下。本日はお招きありがとうございます」
「思ってもいないだろ、そんなこと」
言い直したノーザレイに、メリアはにやにやと笑う。
「まあ、顔を出したくなかったのは私もいっしょだからな、私の退屈をまぎらわすための呼び出しに応じてくれて感謝する」
「………」
上官から送られてきた招待状を黙殺するわけにはいかないし、あいにく任務もなければ家の予定も入らなかった。来るしか選択肢がなかったのだ。
ノーザレイの実家であるアーケルミア伯爵家と並ぶ軍門貴族であるベルガルテ侯爵家。そのベルガルテ家の先の当主――メリアの祖父の誕生を祝うパーティの会場には、国内外の貴族や軍人がひしめいている。ノーザレイの父と兄たちも招待されていたので、広い会場のどこかにいるはずだ。
メリアの祖父とももちろん面識はあるので、本日の主役である彼を取り囲む人々が少し引いた頃を見計らって挨拶をしてあとは帰ってしまおう、と思っていたのだが、メリアの口ぶりから考えるに簡単には解放してもらえそうにない。
そっと押し殺したため息をこぼしたところで、メリアがちょいちょいと手招きをしたので彼女の隣に並ぶ。彼女と同じように見下ろせば、大広間がよく見えた。
「今回はいろいろと大変だったな」
視線をこちらに向けることなく切り出した上官にならって、ノーザレイも前を向いたまま答えた。
「いえ。任務は完遂できましたし、問題もすべて解決しました」
すべて、と自分で口にしながらも、引っかかるところがないわけではない。
今回の作戦で殲滅したハームは、「三本の竜の腕」によって飼われていた。呼び出したのか、捕獲したのかは定かではないが、今回捕えた構成員の中に魔法使いはいなかったし、何より――おぞましいことに――あのハームの群れには定期的に大量の人肉が与えられていた。それも、おそらくハームの好物である魔力を含む肉――魔法使いの死体が。ノーマがあの時燃え上がる拠点の中で見つけたのは、「餌」になる予定の新鮮な死体の山だった。潤沢な栄養素に、群れはすくすくと巨大化したことだろう。
「三本の竜の腕」が急成長中の組織とはいえ、彼らだけであれだけの死体を――鮮度を保った状態で定期的に――確保するのはむずかしいはずだ。今回のハームの入手経路も含め、背後関係を洗い出さねばならない。
それに、ロアを呪った呪術師についても、気にかかるところは残った。
あの日――アルミュカから事の真相を聞き出し、ロアの呪いを解いた後、ノーザレイは家の使用人にアルミュカの依頼を受けた呪術師(アルミュカの言葉を借りるならば「腕がいい」貴族の「お茶会でひそかな話題」の呪術師)を探させた。アーケルミア家の使用人は優秀だ。ただの人探しならばそれほどかからずに素性をつまびらかにし、居所を突き止めるはずだった。
しかし、結果はかんばしくなかった。確かに貴族のご婦人方の間で話題になっていた呪術師は存在していたし、彼――そう男性の姿だったことだけは確認できた――に依頼した人物も何人か補足することはできた。ただ、誰も彼の名前を知らなかったし、当時使っていた連絡手段は使えなくなっていた。唯一わかっている姿――若々しい、見目の良い銀髪の青年だったという――だって、変身魔法の使い手であれば本物ではない可能性だってある。
ロアを呪った呪術師は煙のように消えてしまったのだ。
ハームの件も、呪術師の件も、きな臭いものを感じないわけではないのだが、現時点で打てる手もなければ新たな問題も起こっていない。
当面は頭の隅に置いておきつつ、静観するしかない。
「しっかし、ねずみ隊長とか言い張ってよく周囲が納得したな」
「少佐の人徳かと」
すずしい顔で言い切ったが、正直なところ、何人かはなんとなく何が起こったのかわかっていて口をつぐんでいたはずだ。ソランやライラアイズ、ログノスあたりは明らかに気づいていたし、ジュリエラもうすうす感づいていたように見えた。ミティシャの場合はロアが「白だ」と言えば漆黒だろうと「白ですね!」と盲目的に追従するので、そもそも疑う以前の問題だが。
どちらにせよ、そういったもろもろを含めてロアの人徳である。
さすが――と目を細めたノーザレイだったが。
「で、おまえたち、恋仲になるつもりはあるのか? ちょっと私の予定がくるっているんだが」
「は?」
これまでの話の流れを思い切り無視し、突拍子もない言葉がメリアの口から飛び出してきたものだから、つい反射で低い声が出た。えほん、と咳払いをして、改めて問いかける。
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