7-6.つまりは、どういうこと?
もちろん彼女自身言っていたとおり、ロアとノーザレイは彼女が嫉妬するような関係ではない。確かにロアもノーザレイにとってもっとも付き合いの深い他人は自分だろう、とは思うものの、それは同じ部隊に長らく所属してきたという物理的距離と時間的経過のなせる業であって、特別な「何か」があってのことではない。それでも、ノーザレイがロアの知らないところでロアの話をしている、と聞くとくすぐったい気分にはなるのだが。
「無意味な嫉妬」――ノーザレイはそう言ったし、ロアも同感だ。なぜなら、ノーザレイにとっては今現在ロアもアルミュカも同じ「恋愛対象外」だし、もしそこに変化が生じてどちらか一方が恋愛対象になることがあるとしたら、選ばれる可能性が高いのは圧倒的にアルミュカの方だからだ。
アルミュカはかわいらしくて、一途で、気品もある。
ノーザレイの隣に伴侶として立つのは、やはりアルミュカのような子がふさわしい。
他のご令嬢に嫉妬するのならばともかく、大きくて、ノーザレイと同じ程度に強くて、「かわいい」とは無縁なロアに嫉妬するなど無意味で無駄だ。
そう他人の身としては思うのだが、恋する乙女にとって、ロアとノーザレイの距離はたとえ友人であっても許しがたい、「ゆゆしき」ものだったらしい。
なんだか申し訳ないなぁ、と髭の先を下げている間にも、従兄妹同士の会話は進んでいく。
「ロアを排除したところで、君が私の『いちばん』になれるわけじゃないでしょう」
繰り返し容赦のない現実を突きつけるノーザレイに、アルミュカは目じりに涙をためたまま、はかなげな笑みを浮かべた。
「それも承知しております。でも、繰り返していけば、いつかお兄さまのおそばには誰もいなくなるでしょう?」
美しい――否、清らかと言っていい笑顔に、ロアはぎくりと身を強ばらせた。
ぞっと、得体のしれない何かに背をなでられた気がした。
「気の長い話ですね」
ノーザレイはため息まじりにそれだけ言って受け流したが、ロアは全身を硬直させたまま目の前の美しい少女を見つめた。
あいかわらずアルミュカは華奢で、可憐な、庇護欲をそそる令嬢に見える。ロアがその気になれば、簡単に命を摘み取ってしまえる――だからこそ、守らねばならない存在。
それなのに、今、ロアは彼女がおそろしかった。
ずるり、と。それまで見えていなかった彼女の内面が目の前にさらされた気がしたのだ。
清らかで、純粋な――おぞましいもの。
たおやかな細腕がふりかざす暴力的な感情。
「愛している」と口にしながら、相手を孤立させたいと望む――そんな「愛」をロアは知らない。
ロアにとって「愛している」は「大切にする」ことだ。大切に、傷つかないように、相手の幸福を祈り、自分のできることをする。
相手の幸福よりも自分の欲望を優先させる感情は、ロアにとって「愛」ではない。
独善的で、苛烈で――己すら焼き尽くしかねない身の内の炎。
テーブルの上で立ち尽くすロアを一瞥して、アルミュカは心底いまいましそうに顔をしかめた。
「殺すまでもないと思いましたのに――そうしておけばよかったですわ」
彼女にとって想定外だったのは、苦手なはずのねずみに変化したロアをノーザレイが受け入れたことだろう。
ねずみ姿のロアをノーザレイは切り捨てる。そう確信していたからこそ、彼女はロアにかける呪いを「変化」にした。
それなのに、ノーザレイの隣には今もロアが居るのだ。計算違いもいいところだろう。
「もしそんなことになっていたら、私は――」
ロアに向けられたアルミュカの視線をさえぎるように動いたノーザレイの表情は見えない。しかし、静かな部屋に響く声は凍てつくように冷え切っている。
「決して自分を許さないだろうし、アルミュカ、君のことも死ぬよりひどい目に合わせていたでしょう」
具体的に何をする、とは言わなかったものの、ノーザレイがすると言ったならするのだろう。そんなことにならなくてよかった、と心の底から思う。ロア自身のためにも、アルミュカのためにも、ノーザレイのためにも、だ。
「……ほら、やっぱりお兄さまにとって『それ』は特別なのでしょう」
顔をこわばらせ、それでもアルミュカはつん、と唇を尖らせてぼやいた。
「……君に魔法の素養はありませんから、依頼したのは君であっても呪いをかけたのは別の人物ですね?」
アルミュカの問いには答えず、ノーザレイは冷ややかな声で話を進めた。この場の主導権は自分にある、と示すように。
「えぇ。お茶会でひそかな話題になっていた呪術師を使いましたの。腕がいい、と評判でしたから」
魔法使い、というのは魔法をよく使う者たちの総称だが、彼らは生業ごとに名前を変える。軍属の魔法士、個人に仕える魔法官、魔法研究をする魔法博士、そして在野で得意とする魔法を不特定多数の人々に提供する魔法売り――呪術師は魔法売りの中でも呪いに長けた者の呼び名だ。
人を呪うことは刑罰対象であるため――軍事作戦上呪いが使用される際にも特別な手続きと認可が必要となっている――おおっぴらに「呪術師」を名乗る者はいないし(呪いに精通しているロアの姉・リナも表立って呪いを使うことはない)、呪術師のほとんどが「おまじない」程度の呪いしか扱えない中、ロアをねずみへ変化させることに成功するだけの実力を持つ呪術師を引き当てるとはアルミュカは悪運強い。
「呪いの解除方法は聞いていますか? それとも、本人にしか解けない類の呪いなんですか?」
先ほどから全身を強ばらせて話の成り行きを見守ることしかできずにいたロアだったが、目下のところのいちばんの関心事が話題に上がったため身を乗り出した。
アルミュカは意味深な一瞥をロアに送ってから、「ありますけれど」と告げた。どうしてだか、わずかに唇の端が上向いている。
まるでたのしいことがこの後に待っている、と言わんばかりに。
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