7-2.つまりは、どういうこと?

 黒森を抜けてカーレリア国内に戻ってからの隊列は、どうしても自然と緊張がゆるむ。

 王都の軍本部に帰還してロアが上官であるメリアに作戦終了の報告をするまでは任務中とはいえ、カーレリア国内は安定しており不測の事態はほぼ起こりえないし、拘束した「三本の竜の腕」の構成員には大した戦闘力もなく、今もおとなしく簀巻きにされて運ばれている。

 もともと拠点にしていた――たちの悪い風邪を引いたロアが療養中という設定のテントが残っている――場所まで戻れば、そこからは騎獣の引く車でゆっくり走っても王都まで六日もあればつく。

 今回はハームの出現という予想外の出来事があったとはいえ、隊員に死者はもちろん大きなけがを負う者もなく、それには心底安堵しているのだが――。

 ラズシーの頭の上から、ちらちらと後方に控えるノーザレイをうかがい見ていたら、ひょっこり脇から顔を出したノーマにからかわれた。

「ねずみ隊長、副隊長の生肌覗き見するなんて、やーらしー」

『ち、違うよ! そんなんじゃないから!』

 ノーザレイを見ていたことのみならず、彼の肩――ロアをハームからかばったときに破けた部分を見ていたことを見抜かれ、あわてふためく。

「あらぁ、少佐はそういうことにご興味ないのかと思ってましたけど、うふふ、そうですよね、少佐だって大人の女性ですもの」

 やはりどこからともなく現れた――もっと隊列の後方にいたはずなのだが――ライラアイズがほほえましいものを見る目でこちらを見下ろしてくる。

『いや、だから――』

「はああぁ? どこまで色ボケてるわけ、あんたの頭。そもそも副隊長に隊長はもったいないでしょ!」

 ないっていうかダメ! とむくれながらミティシャまで頭を突っ込んでくる。彼女の隊ももう少し後ろに位置しているはずなのだが。

 あと、彼女に同意するように足元のラズシーがわふわふ騒いでいる。

「いやぁ、もったいなくはないんじゃないですか? 副隊長、いい人――というか、ちょっとやそっとのことじゃ見つからない優良物件ですし」

 有能だし、家柄いいし、性格だって頼りになるし、見た目もいいし――と数え上げながらログノスがノーザレイを援護するのに、いまいち何のことだかわからないままでロアも内心うなずく。

 ノーザレイには非の打ち所がない――ということには同意しかない。

「ね。男性の僕から見てもかっこいいと思いますよ。隊長のこと、すごく大切にしてくれると思いますし」

 ミケールもおだやかにうなずく――が、さっきから話が思わぬ方向に進んでいる気がするのだが――とりあえずロアのことをいやらしい目で見ていた、という疑惑は晴れたということでいいのだろうか。

「ボクも副隊長なら、隊長の相手として認められるっす」

「わ、わたしも……」

 ロアが混乱している間にエレナとジュリエラまで話に混じり、周囲がわちゃわちゃとし始める。

「同性の評価はお呼びじゃないわ、ログノスとミケーレはすっこんでで。エレナとジュリエラは目ぇ覚ましなさい! ダメよ絶対ダメ! だってあいつ、絶対にむっつり――」

 ついにミティシャが上官に謂れなき汚名を着せ始めたところで、さすがに隊列の乱れを見かねたのかノーザレイ本人が近寄ってきた。

「何を騒いでるんですか」

 あきれた口調と冷めた目で一瞥され、たった今まで盛り上がっていた一団がぴたりと口を閉じる。仕方がないのでロアが事情を説明することにした。

『君の様子をうかがっていたら、ノーマにいやらしい目で君を見ていると誤解されてしまって――』

 じろり、とノーザレイがノーマをにらむ。「やべ」とつぶやき、彼はさっさとその場を立ち去った。あいかわらず逃げ足が速い。

『ライラはわたしがそういう目で大尉を見るもの仕方ない、と言っていたんだけど、違うんだ、断じてそういう目で見ていたわけではなくて――』

「わかってますよ」

 ため息まじりにうなずきつつ、今度はライラアイズをにらみつけ――ようとしたらしいが、すでに彼女の姿はなくなっていた。班を預かる立場にあるだけあってノーマ以上に状況判断が早い。

「それで、残りの隊員は何を騒いでたんです?」

『ん? んー、わたしもよくわからないんだけど、君にわたしがもったいないかどうかについて盛り上がっていた』

「……くだらないことを」

 順繰りに睨みつけられた隊員たちが気まずそうに隊列の元の位置へと戻っていく。ミティシャだけ何か言いかけたが、背後からぬぅっと現れたサックに口を押さえられ、抱え上げられ、じたばたしつつも強制退場となった。

『わたしに君がもったいないことはあっても、君にわたしがもったいないことはないよなぁ』

 なんと言ってもノーザレイは完璧だ。うんうん、とひとりうなずいていると、ノーザレイににらまれた。なんでだ。

「戯言を真剣に受け止めなくていいんです」

『う、うん』

 怒られてしまったな、と頭をかきかき、ちらりと破れたままの軍服の肩口を確認する。

 血の固まったちいさな傷口は見えるが――。

「特に腫れることもなく、このまま治りそうですよ」

『……そうか』

 しごく自然に目を走らせたつもりだったのだが、ノーザレイにはばればれだったらしい。

『ごめん』

 ぽつりとつぶやくと、彼は眉間に軽くしわを寄せた。

「少佐が申し訳なく思うことなんてありません。作戦上必要なことでした」

 きっぱりと言い切る彼の言葉に間違いはないが――。

『君はそう言ってくれるけど、かばってもらって傷を負わせたのは確かだからなぁ。どうしても申し訳なく思ってしまうんだ。君にも、アルミュカ嬢にも』

 しゅんと尻尾を垂らして白状する。

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