7-1.つまりは、どういうこと?
王都――貴族のタウンハウスが並ぶ一等地、その中でも古い歴史と品の良さを感じさせる邸宅の一室にて、ロアは困惑していた。
「あら、あらあら、こっちのレースのリボンもかわいいわね! でも、やっぱりふたつ前の花柄が織り出されたリボンの方がいいかしら。ロアはどちらがお好み?」
『え、ええと、そうですね。どちらも大変かわいらしいとは思うのですが、わたしには似合わないと――』
「そんなことないわ! どれもこれも、とっても似合っているわ」
首元に巻かれた高価なレースのリボンに触れながらもごもごと言いつのったロアに、レイナーナ=ラフ=アーケルミア――四十は過ぎているはずだが若々しいご令嬢にしか見えない、アーケルミア家の女主人にしてノーザレイの母――が美貌をゆがめてむくれた。
華やかな金色の髪、菫色の瞳、なめらかでシミひとつない白い肌、薄紅色の薄い唇、ばら色に染まった頬――顔の造作はノーザレイにそっくりの繊細な美しさだが、レイナーナの表情はころころと変わるため親子の印象はあまり似ていない。
「ねえ、レイはどう思う? やっぱりレースの方がふわふわの細い毛に合うかしら。でも、濃い色のリボンの方が毛の色に合うと思うのよ」
意見を求められたノーザレイが、ため息をこぼす。
「どちらも似合っていましたが、それより母上、少佐を少しは休ませて差し上げてください。お疲れのようですよ」
『いや……うん……すみません、レイナーナさま、お茶をいただいても?』
たのしそうなレイナーナに水を差すのも申し訳なくて黙っていたが、実は二本足で立ちっぱなしなのが結構しんどくなってきていたところだったので、ありがたくノーザレイの助け舟に乗る。
「あら、ごめんなさい、わたくしったらたのしくって。もちろん、お茶もお菓子もどうぞ召し上がって。お茶、冷めてしまったでしょう? 淹れなおしましょうか」
『お気遣いありがとうございます。でも、今の姿ですと熱いものが飲めませんので、このままで』
人形用のちいさなティーカップに注がれたお茶をひとくち飲み、ほうっと息をつく。さすがアーケルミア家で供されるお茶だ。冷めていても口の中に香りがふわりと広がる。
「少佐、これなら食べやすいと思いますけど、いかがですか」
テーブルの上に置かれた小型のふわふわクッションの上で丸くなるロアの目の前に、そう言ってノーザレイが小皿を置いてくれる。皿に乗っているのは花びらの砂糖漬けで、確かにこれならば今のロアでもぼろぼろこぼしたりせずに食べられそうだ。
礼を言おうと顔を上げたロアだったが、反対に顔を寄せてきたノーザレイに全身を硬直させる。最近は肩に乗せてもらったりしていたので彼の顔のアップも見慣れたものだが、長年の付き合いでも急に近づかれるとびっくりするものだ。
何せ、目立った毛穴ひとつない、ぴかぴかの美貌である。
「母がすみません。まともに相手しなくてかまいませんので」
しかし、レイナーナに聞こえないよう耳打ちされた内容にくすりと笑ってしまう。
完璧な彼も、母親には弱いらしい。が、その気持ちはロアにもよくわかる。レイナーナには嵐のようなところもあるけれど、憎めない愛嬌もある。
『ふふ、でもたのしいよ』
「それなら、いいんですけど」
本当だろうか、といぶかしむように片眉を上げてから、ノーザレイは手を伸ばしてすりすりとロアの頬を指先でなでた。
四六時中ねずみ姿のロアと過ごしていることでねずみへの苦手意識も薄れてきたのか、少し前からノーザレイに触れられることが増えてきた。彼にしてみれば愛玩動物に触れるような感覚なのだろうが、人間姿のときには滅多に手もつながない――手合わせで相手を転がしたときに手を貸すくらい――だったので少々気恥ずかしい。
「無理はしないでくださいね」
『わかった』
くすぐったさに目を細めてうなずくと、ノーザレイはもう一度ため息をこぼした。
「やはり、手っ取り早いからといってここにするんじゃなかった」
母上しかいなかったのが不幸中の幸いだが、とぶつぶつつぶやく彼を見ながら、ロアは改めて部屋の中を見回す。
アーケルミア家のタウンハウスの一室――日の光のよく入る大きな窓の並んだそこは、来客をもてなすためのサロンだ。たっぷりと布を使ったカーテン、壁にかけられた絵画、花瓶に活けられたみずみずしい花々、なめらかな触り心地が想像できる織物の張られたソファ、床に敷かれた複雑な模様の絨毯、磨き上げられつやつやと光るテーブル、そんなテーブルの上に置かれた名工の手によるティーセット――何もかもが一級品で揃えられた、正真正銘の貴族の部屋。
どうして休暇中のロアがアーケルミア家でもてなしを受けているのかと言えば、話は作戦からの帰路にさかのぼる。
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