5-4.いつも君がそう言ってくれるから、わたしは胸を張れるのだ。
『……ほとんどのことで後手に回って、ろくな対応もできなかった』
苦々しくぽつりとつぶやいたロアに、ノーザレイは「そうでしょうね」とうなずく。
『でも、貴女が隊を立て直さなければ戦況はもっとひどいものになっていたでしょうし、死者の数だって跳ねあがっていたはずです』
『それは……』
それがわかっていたからこそ、ロアは分不相応だとわかっていて隊を動かした。自分より階級が高い者を説得し、足をすくませる者を鼓舞し、少ない資源と人員がもっとも活用されるよう頭を絞った。
『残念ながら自軍にも、市民にも、それなりの数の死傷者が出ましたけれど、貴女が指揮とって以降貴女の所属していた一〇五小隊に死者は出ていない。誰もがひどい戦場だったと口をそろえる、あのライアス地方防衛戦で、です』
『……そんなこと、させるものか。みんな、わたしのわがままに付き合ってくれたんだから』
戦場の指揮官であるはずの小隊長が真っ先に逃げ出したのだ。小隊内に逃走兵が出てもおかしくなかった。だが、こわいと震えていたロアと同期の新兵も、王都に新妻のいる上等兵も、そろそろ孫が生まれると言っていた准尉も、防衛線を守りたいと言ったロアに従って残ってくれた。震えながらも戦場に向かってくれた。
ロアは、そんな「家族」を決して殺させたりなどしない。
『えぇ。そんな貴女だからこそ、あの非常時においても隊をまとめ上げることができたのでしょう』
ノーザレイはまっすぐ、静かにロアを見つめている。
『閣下は「焦土の魔女」である貴女に目をつけたんじゃない。むしろ、「焦土の魔女」という目を引く力と功績を利用して、貴女を隊が持てる階級へと押し上げたんです』
それはただの君の推論だ、と言うことは簡単だったけれど、ロアは知っている――ノーザレイはロアを励ますためとはいえ荒唐無稽な妄言を吐くような人物ではない。
『軍では作戦単位が大きくなれば大きくなるほど、高い能力を持っていようと画一的な行動からあぶれる者が出ます。そんな者たちをどうにか活用できないものかとずっと閣下は考えていたのでしょうが、そんな「使い勝手の悪い」者をまとめ上げることのできる者は限られます』
でも、幸いなことに閣下は貴女を見つけました、と彼は告げる。
『自分の命がどうなるかわからない戦場へ、「あなたがいるから」「あなたと共になら」と言ってもらえる指揮官がどれだけいると思いますか』
軍人は命令さえあればそれに従う。命令が遂行されることを前提にすべての作戦は立案されているがゆえに、命令違反は重い罪に処される。だが、軍人だって人の子だ。心がないわけではない。
それはろくでもない上官の下にいた経験のあるロアにもよくわかる。あのとき、あの上官が現場に残っていたとして、彼の命令を何も思わず遂行できたかと言えば悩ましい。
『しかも、「飛竜」に集められているのはふつうの隊では持て余される者ばかりです。これまで、自分で転属願を出して飛び出したり、上官に戦力外通告での転属を申し渡されたり、隊を転々としてきた者たちです。でも、彼らは「飛竜」に来て以来、自ら出ていったこともなければ、貴女が不要だと判断したこともない』
『みんな、癖はあるけど能力は高いから』
使いどころさえ間違えなければ、強力な戦力になる。
だが、そんなのは他の兵士でも同じことだ。ひとりひとり得意なことや不得意なことは違うのだから、得意なことを生かすように、不得意なことを補い合うように、これまでやったことのないことに適性がないか挑戦できるように、それができるように配置するのが上官であるロアの役割だ。
『そう。貴女は当たり前のようにそれができる。貴女が、彼らを生かしているんです。そして、自分たちを生かしてくれる、大切にしてくれる貴女だから、貴女の隊だから、彼らはここにとどまっているんです』
それは私にはできないことなんですよ、と告げ、ノーザレイはロアをじっと見つめる。
『そして、それは私も同じです。貴女は私のこともちゃんと生かしてくれていますよ』
そこまで語って、彼は一度言葉を切り、小首をかしげる。
『貴女はいつだって自分の強みに無自覚でしたけど、閣下は貴女を見つけましたし――』
どこか自慢げに言葉を続ける。
『私はずっと貴女がそういう人なのだと知っていました』
これでも貴女は自分が私に与えるものはないと言い張るんですか、と訊ねられ、ロアは考え込んでからつかまれたままだった片手をそっと引き、両手を挙げた。
お手上げだ。
今でも、自分がノーザレイの役に立っているとは思えない。
それでも、ロアは信じているのだ。
『君がそこまで言うんだから、わたしは君の役に立ってるんだろうね』
ロアが信じているのはノーザレイ――十年来のロアの友人。彼の判断力。彼の言葉。
出会ってから今まで、彼はずっとロアに対して誠実だった。そんな彼がここまで言葉を尽くして自分に語るのならば、自分は彼の隣に立つに足る人間なのだ。
彼の言葉を否定することは、彼の判断力を否定することに他ならない。
『でも、何か望みがあるんだったら絶対に言ってほしい。わたしはいつだって君の力になるんだから』
もっと自覚できる助力がしたい、とぴょんぴょん跳ねて主張すると、ノーザレイはあごに手を当て、意地悪そうに目を細めた。
『それならば、やはり、無茶をしないでもらえるとうれしいですね』
「チュゥ……(おぅ……)」
一周回ってまた元のお小言に戻ってきてしまった。髭をしょんもりさせたロアに彼はさらりと付け足した。
『それに、貴女が気づいていないだけで、私は貴女の与えてくれているものに十分助けられてます』
『えー、そんなものあるの?』
学生時代ノーザレイから「約束」を持ちかけられたときにも思ったが、欠けたところなどないように見える――今回の一件でねずみが苦手という新事実が発覚したものの――彼に自分が与えられるものがあるとは思えない。
自分を励まそうと適当なことを言っているのではあるまいな、と疑わしいものを見る目になってしまったロアに向かって彼はすずしい顔で言い切った。
『秘密です』
やっぱり適当言っているのではあるまいか、と食ってかかろうとしたロアの機先を制する。
『言っても、きっと少佐にはわかりませんよ』
こういう言い方をするときのノーザレイはどうやってみても口を割らない。長い付き合いゆえそれはわかっているのだが、納得できない――とむくれたノアに向かって彼は淡くほほえむ。
『わからないでいてほしいんです。貴女の前では、隠しごとをしてでも隣に立つにふさわしい自分でいたいので』
『別に君はもう少し抜けていたって、十分すぎるほどに有能だろう……』
あきれた口調で言えば、彼はいたずらっぽく口の端をわずかにつり上げる。
『それを言うなら、貴女だってすぐ無茶をすること以外はいつだって完璧な我が隊の隊長ですよ』
下げて上げる落差が大きすぎる。人間の姿だったら顔が真っ赤になっているところだが、幸いねずみなので照れていることがあからさまにばれるようなところはない。ちょっとしっぽが制御不能にふりふり動いてしまっているが、たぶん、きっと、ノーザレイには気づかれていない、はずだ。
静まれしっぽ。
ふぅ、と深呼吸して、気持ち(としっぽ)を落ち着ける。
『……いつも君がそう言ってくれるから、わたしは胸を張って「隊長」として振る舞えるんだ』
いつまでたっても彼を差し置いて隊長職に就いていることの後ろめたさは消えてくれない。でも、ノーザレイがいつだってロアを「隊長」として扱ってくれるから、ロアは「隊長」にふさわしくあろうとがんばれる。
ロアはこの隊の――「飛竜」の隊長だ。
メリアに指名され、隊員たちに望まれ、ノーザレイが認めてくれて、今の自分があるというのならば――。
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