5-2.いつも君がそう言ってくれるから、わたしは胸を張れるのだ。

『おはようございます』

 返ってきた挨拶が念話なのは、囲いの外に感じる隊員たちに配慮しているからか。それほど張り詰めた空気は感じないが、せわしなくあたりを動き回る気配は感じる。

 近づいてくる彼を迎えるように、ロアも身体を起こす。ぴくり、とノーザレイの眉がひそめられた。

『まだ寝ていてもかまいませんよ』

『ううん。ただの魔力切れだから』

 情けなくなって、しゅん、と髭を落とす。だが、落ち込んでいる場合ではない。

『状況は? 全員、無事に戻ってきたの?』

 作戦は――いや、自分の預かる隊員たちはどうなったのか。

『少佐が昏倒して八時間程度が経過しましたが、状況に大きな変化はありません。隊員は無事です。ウィーウィンルルゥがひとり残らず連れてきてくれましたよ』

 よかった、と胸をなでおろす。今はこちら側に気配を感じないので魔界へ戻ったのだろうが、ロアが意識を失ってから働き、もきちんと願いをかなえてくれたのだ。

 自然と笑みを浮かべたロアだったが、ノーザレイに冷ややかな目を向けられた。

『ところで、ウィーウィンルルゥから伝言を預かっています』

 高位の竜は念話を扱う。が、それほどおしゃべりではないウィーウィンルルゥから伝言とは――。

『「命を縮めかねない無茶はしないように」と』

 やはり諫言だった。しかも、ノーザレイの目が鋭い。

『「ただの魔力切れ」だろうと、度を超せば命にかかわります。わかってるんですか?』

 確かに魔力切れ状態でなおも魔力を紡ごうとすれば、魔法使いの身体は体力を魔力に変換する。体力がなくなれば、次は生命力を。回復不能なところまで生命力を削ってしまえば、あとは衰弱して死ぬしかない。

 魔法使いの素質を持つ子どもがまず教え込まれることであり、魔法士学校でも繰り返し注意される常識だ。

 ノーザレイはロアが無茶をしたことをとても怒っている、らしい。表情はいつもより少し険しい程度だが、全身にまとう空気が、冷ややか――どころか凍えるように冷たい。

『心配かけて、ごめん。これからは限界が来る前に気づくようにする……』

 思わず気圧されながらも、ロアは素直に謝ったのだが。

『そんなこと言って、いざとなったら少佐はどうせまた無茶をするんでしょう』

 思い切り不審の目で見られた。まなざしが冷たすぎて、ぎくしゃくと身体が強ばる。

『そんなことは――うん……』

 我ながら歯切れの悪い、とは思うものの、確約はできない。

 ロアにとって自分の隊は家族も同然だ。

「命を預け合う相手が、戦場でのお前の家族だ」と、父にも言われて育った。

 限界が来ると気づいていても、「家族」が危険ならば、あえて無視をすることだってありうる。

『ロア』

 深い深いため息をこぼしたノーザレイに名前を呼ばれた。

『これは友人としての言葉ですが――』

 彼がそんな前置きをして言葉を語るのは初めてだ。それだけ、今回のことが腹に据えかねている、ということなのかもしれない。

『勝手に死んだりしないでください。そんなことになったら、私は貴女を許さないし、私は私も許せない』

 他人の命の使い方を制限しようとするなんて、傲慢にもほどがある。

 それでもロアが反感を覚えなかったのは、ノーザレイの声には怒りだけではなく、悔しさと、懇願がにじんでいたからかもしれない。

 友人を――ロアを失いたくないと思っていることが強く伝わって来たから。

『貴女は平気なふりがうまいし、実際平気だと思ってるんでしょうけど、私は貴女に騙されれば傷つくんです』

 騙しているつもりなんてなかったけれど、不調を悟られないようにしていたのは確かだ。

『貴女ひとりの力で足りないなら力を貸しますから。私にだけは噓をつかないで。無茶をする前に呼んでください』

 何度も何度もそうしてくれたように手を差し出され、ロアはおずおずと彼の顔を見上げる。今の彼は手袋をしていない。ねずみの手で直接触れることになってしまう。

『………今のわたしは、君のきらいなねずみなのに?』

 あまりに真摯な言葉の羅列が照れくさくて、ついついふざけた言葉を返してしまった。

『ねずみだけど、少佐です。少佐がそう言ったんですよ』

 それなのにさらにまっすぐに言葉が返ってきた。耳が熱くなる。

『う、うん。そう、だった』

 いまだためらって胸の前でうろつかせていたロアのちいさな手を、ノーザレイはそっと指先でつまむと、やさしく包み込んだ。

「チュ!」

 驚きのあまり反射的に手を引こうとしたのだが、やんわりと引き止められる。

『貴女が自分の隊を守らなくてはならないと強く思っていることは知っています。それは時に、自分に犠牲にしてでもなさなくてはならないことだと思っていることも。でも、私は貴女の副官ですけど、他の隊員のように貴女に守ってもらわなくてかまわない。貴女の隣に、貴女と共に立つためにここにいるんです』

 隣にいる、と。

 共に立ち、進む、と。

 彼は、言葉で、態度で示してくれる。

『貴女がねずみから戻れなかったとしても――確かに見た目には、すこし、身構えてしまいますし、早く呪いが解けるように手は尽くしますけど――』

 ぎこちなくノーザレイがほほ笑む。たぶん、ロアの気持ちをほぐすために、わざわざ意識して。あまり表情を変えるのは得意じゃないのに、笑ってくれる。

『何も変わりません。少佐は、少佐ですから』

 自分たちの関係は何も変わらない、と力強く請け合ってくれる。

『ひとりでは足らぬところを補い合うために、あの日、私たちは約束したんです』

 そうでしょう? と問いかけられ、ロアはおずおずとうなずく。

 いつも突っ走りがちなロアを、ノーザレイは冷静にさせてくれる。

 今回のことだって、本当はノーザレイとふたりなら、他の道を探れたのかもしれない。

 ハームから隊員を逃がすためにウィーウィンルルゥの召喚が必要になったのは不可抗力だが、先に体調不良について話しておけば少なくとも彼をあれほど動揺させることはなかった。

 いつだって差し出されている手をとらず、ひとりで大丈夫だとおごっていた自分を反省する。

 だが――。

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