5-1.いつも君がそう言ってくれるから、わたしは胸を張れるのだ。

 魔法とは、魔力を織ること。

 正確には、自分の中の魔力を経糸に、世界の魔力を緯糸に、魔法という形に織り上げること。

 そして、魔力には火・水・風・土・光・闇といった種類があり、それは糸が赤や青、緑や黄色に染まっているのと同じように織り上げた魔法に模様を描き出す。その模様次第で、魔法が起こす事象は変わっていく。

 何種類もの魔力で織り上げれば、多彩に。

 大きく模様を描き出せば、強力に。

 繊細な模様を織り込めば、複雑に。

 優れた魔法使いとは、多くの種類の魔力を扱い、大きく、繊細な模様を描き出せる者のことを言う。

 残念ながら、ロアは違う。

 ロアは、自分の中に風の魔力しか持たない。

『あら、一種類しか魔力を持たないなんて珍しい』

 幼いロアの中に宿る魔力を調べた長姉はそう言った。

 ウェロックは魔法をよく扱う、と言われるだけあり、両親や兄弟はだいたい三、四つの魔力をその身に宿していた。

『おまえ、魔力の扱いに癖があるなぁ』

 魔法の練習に付き合ってくれた次兄はそう言った。

 ロアは攻撃や防御の魔法が使えない。火の魔法の基礎の基礎、ほとんどの魔法使いが最初に覚える「ただ火をつける」ことすらできない。ひとりで使えるのは通信や遠見、物を浮かせたり動かしたり、といった風の魔法や、魔力を媒介とする念話や夢渡り、それから――。

『そのくせ、召喚魔法の特性はあるんだよなぁ』

 魔界の門を開き、そこから出てきた魔獣と契約を結んで行使する召喚魔法。

 一種類の魔力しか宿さないかわりのように、ロアの抱える魔力量は莫大だった。ふつうの召喚士の何倍もの魔獣と契約しても、常時呼び出したりしていない限りは魔力が尽きることがない。

 とはいえ、召喚と契約に関しても魔力の縛りはある。

 風に乗り舞うゼフィレスやスールといった魔鳥。

 風魔法を得意とするラズシー。

 空間に関する特性を持つサーキュリー。

 空の王者たるドラゴンたち。

 少しでも風魔力と関係を持っていない魔獣は呼び出せないし、契約も結べない。

 とはいえ、契約を交わした彼らを介してなら、防御も、強力な攻撃も、使うことができる。

 自分自身の能力と、召喚獣の力添え。自力で数多くの種類の魔法が使えないことは残念だったが、かといって特に困ったことはなかったし、魔力が尽きるほど魔法を使わなければならないなんて事態に陥ったこともなかった。

 あの時――ライアス地方防衛戦までは。

 迫りくる敵軍を数少ない人数で迎撃するなど――その上、可能な限り敵味方双方に死傷者を出さないように、と思ったのなら――さすがに無茶をしなければ対応できなかった。

 エルドルム・ハルム、ウォーザーミッド、ウィーウィンルルゥ、ドルムスカイル、オーリスターク――ロアが契約を結ぶすべてのドラゴンを投入し、侵攻を阻み、自軍を守った。

 最後の方はほぼ気力で立っていたようなものだった。血の気が引いて全身が冷たく、めまいと頭痛がひどく、身体は鉛のようだった。援軍が到着し、防衛線が立て直され、ドラゴンたちが魔界へ帰ると同時に意識を失い、一週間ほど昏睡状態だったらしい。

 魔力不足、というものを、あのとき初めて体感した。

 それくらいロアにとっては珍しい事態だったので、うっかりその感覚を忘れていたのだ。

 それに、ドラゴン五頭を召喚して七日間の不眠不休で戦ったときと比べれば、今回は限界にはほど遠いはずだった――ふつうだったら。

 ウィーウィンルルゥを召喚した瞬間、さあっと血の気が引く感覚がして、かつて一度だけ体験した「魔力切れ」を思い出した。ラズシー、スール、ウィーウィンルルゥの召喚程度で、といぶかしんだものの、現在の自分の姿を見下ろし、もしや、と思い至る。

 魔力は身体に宿る。その身体がこれだけ縮んでいるのだ。当然、宿る魔力も減少しているだろう。そんなことにも思い至らなかったとは。

 これは、ノーザレイに怒られてしまうな、と苦笑がもれた。

 つくづく自分に「ちいさい」は向かない。

『ロア!』

 ずいぶんと久しぶりに名前を呼ばれた気がする。彼の上官になってからは、いつも階級で呼ばれていたし、彼のことも階級で呼んでいたから。

 ああ、とてもあせった顔をしていた。心配させてしまっただろうか。心配させてしまったのだろう。表情が変わりにくいので「雪花の君」などと呼ばれて誤解されがちだが、ノーザレイは情に厚いから。

「………チュ」

 鉛のように重い身体をのろのろと動かす。くっついてしまったように閉じていたまぶたを無理やり開き、ぐるりとあたりを見回す。

 これといった特徴もない、軍用の覆い布の中だ。周囲の木々にロープで下げられ囲ってあるだけなので雨はしのげないが、目隠しにはなる。内部にあるのは、自分が寝かせられていたタオルの載った折り畳み式の机だけだ。

 覆い布を固定するためのロープを縛った木のうちの一本にノーザレイが寄りかかっていた。軍帽や軍服の上着を脱いで、シャツのボタンもひとつとはいえ外し、手袋もしていない。常時は一部の隙もない彼らしくもない、ラフな格好だ。大きく目を見開いて息を呑んでいる表情も初めて見る気がするし、よくよく見ればプラチナブロンドの髪も乱れているし、顔色もよろしくない。

 が、もちろん、どんな状態だろうとロアの副官は文句なしに麗しい。むしろ、くたびれた雰囲気のせいでいつもより色っぽい――などと不謹慎なことを考えた自分を戒める。

 じっとこちらを見つめていたノーザレイが押し殺した息をもらし、木の幹に預けていた身体を起こした。いつもは冴え冴えとした色を浮かべている深い青の目が、わずかにゆるむ。

『……レイ』

 記憶に引きずられるように、彼の名を呼ぶ。

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