4-3.ちいさいのはわたしには向かないようだ。
「チュ……」
伸びたままぐったりとしていたロアがうめいて、ゆっくりと身体を起こした。
「少佐、どうしました?」
先ほどは出来なかった問いかけを改めてすれば、彼女はぱちぱちと瞬いた後、首をかしげた。
『いや、ラズシーに酔ったかなぁ』
くぅん、と情けない声を上げた召喚獣に「嘘だよ」と笑いかける。
あんなに振り落とされそうになりながら森を駆け抜けたのだ。少しぐらい気持ち悪くなっても不思議ではない。
「依り代っつっても、いつもと全然視界が違うんだろうし、無茶しないでくださいよ」
「そうですよ。現場の指揮官に倒れられたら困るのは僕たちですから」
ログノスやミケールにも声をかけられ、ロアは短い手で頬のあたりをかく。
『ああ、うん。気をつける』
「……隊長、普段から無理しすぎなんですから」
「しかも、ボクたちにばれてないって思ってるっしょ」
ジュリエラとエレナにまで追い打ちをかけられ、ロアはたじたじとなる。髭が下がり、ちいさな耳もぴくぴくと伏せられた。
『面目ない』
「さすがの少佐も反省したはずですから。各々、自分の仕事に集中してください」
ノーザレイがうながすと、四人はくすくすと、もしくはにやにやと笑いながら「了解」と返してくる。
エレナ、ジュリエラ、ミケール、ログノス、ノーマ――そしてロアとノーザレイ。この七人で零班だ。ノーマが暴走することもあるが、相性は悪くない。
戦闘力で他の隊員たちにやや劣るジュリエラとログノスをカバーするのがノーマの役目で、彼もそれはよくわかっている。「そこらへん」などと本人は言っていたが、有事には駆けつけられる場所には待機しているはずだ。
『ログノス、そこからそこ、地図にはないが細い抜け道でつながってる』
「一班より報告、一の一地点には目標発見できず。次のポイントへ移動する」
「二班より報告、三班と分岐後、北へ進路をとる」
「三班より報告、二班と分岐後、直進」
「四班より報告、予定のルートが斜面崩落のため使用できず。迂回路の指示を求めています」
「はいはいはいっと」
ロアがスールから得た情報、ジュリエラとミケールが各班からの通信で得た情報を口にする端から、ログノスが地図に線を引き、各班をの現在地を示す駒を動かしていく。
『迂回路は北寄りのものを使って。スールが先導するから』
今のロアはノーザレイの肩の上にちょこんとのっている。きょろきょろしていたので問い詰めたところ、机の上では地図が見にくいのでちょうどいい高さで登れる場所を探していた、とのことだったのでとりあえずそこに置いてみた。遠慮は無用だというのに、今もうっかり尻尾がノーザレイに触れてしまったりしないように気を遣っているようだ。
これが他の隊員だったら「気を散らしていると失敗する」と注意するところだが、今のところロアの働きはいつもどおりだ。
いつもどおり、といえば、現在の彼女に通信魔法具は使えないはずだが――何せサイズが合わない――別口の魔法を使って通信に干渉しているらしい。何の問題もなく通信魔法具からロアの迷いない指示が聞こえてくる。
「一班より報告。一の二地点にて倉庫のような施設を発見。人気はなし。破壊しておきますか?」
『構成員がいないようなら放置してかまわないよ。作戦終了後、撤退時に余裕があったら破壊しよう。ログノス、マークを』
「一班了解」
「もうしましたよ」
通信魔法具はその名のとおり魔法を利用した通信具で、受信する相手や優先度を設定できる。零班の各隊員と、各班の隊長が片耳に装着しており、各班の班長が送信する相手は零班、受信するのはロア、ノーザレイもしくは零班の通信担当者――今回はジュリエラもしくはミケール――の指示だ。零班の隊員は各班員間の通信の送受および班長の通信を受信できる――が、通信担当者以外は班長からの通信は切っている。班長へ発信できるのは通信担当者とロア、ノーザレイに限られる。発信の最優先権を持つのはロア、ロアが何らかの理由で発信できない場合にはノーザレイとなる。
『ん? スールが、なんだ……?』
「二班より報告、二の三地点で目標と思われる建物群を発見」
いぶかしげにロアがつぶやくのと、ジュリエラが二班からの通信を報告したのはほぼ同時だった。
「二の三ねぇ。意外と開けたところに陣取ったもんだねぇ」
これ、上空からだと丸見えじゃないか? とつぶやきつつ、ログノスがロアを見る。
「上から見てどうです。確定ですかね。ていうか、隊長の方の視界に先に入ってこなかったんですか?」
『いや、見えてなかったし……これは、抵抗を感じてるのか?』
ロアの、ネズミの鼻の頭にきゅっとしわが寄る。
『今も近づいてほしいと指示しても、遠巻きに旋回するだけだ』
共有しているスールの視界をよりはっきり見ようとしているのか、青緑色の目が伏せられた。
『あまり、人はいないな。だが、住まいというには形の揃った、ああ、何かの飼育舎のようなものが何棟か建っている』
目標ではなく畜産農家か何かか、いやこんな放牧地にも事欠く山の中で? とぶつぶつつぶやきながらも、ロアはサックに指示を出す。
『はっきりとは言えないけど、何かおかしい。警戒しつつ待機。一、三、四班は早急に二班に合流』
「二班了解」
「四班の合流、戻るよりさっき隊長が見つけた抜け道を使ったほうが早そうですよ」
ログノスの進言にロアもうなずく。
『スールに先導させる。四班進路変更』
「四班了解」
『一班は――』
「マーニ班長より、大型魔法の使用について許可が求められています。山肌を切り崩して最短距離を直進したい、とのことです」
『だめ。アダミスに潜入を気づかれるわけにはいかない。無茶をさせるけど、少し先の行き止まりの側道から山に入って――』
そこまで淡々と指示を出していたロアの青緑色の目が驚いたように見開かれた。
「チュッ!」
ねずみの姿をしていてもわかる。彼女にしては余裕のない顔つきだ。
『スール! 戻って!』
「二班より報告。拠点の屋根を破って、影のようなものが上空へ――」
ロアが叫ぶのと、二班からの通信報告が重なる。
『総員、撤退! 各班合流はしなくていい。黒森内まで後退後合流する』
現地におらず、ロアのようにスールと視界を共有していたわけではないノーザレイたちには状況がわからない。それでも、ロアがこれだけ切羽詰まった声を出しているということは、事態がかなりまずいということだけはわかった。
その場の空気がぴりりと緊迫する。
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