3-4.とりあえず優先すべきは任務だろう。
「三本の竜の腕」は最近勢力を伸ばしているカーレリア王家打倒を掲げる反乱分子だ。彼らの言うことには、魔力の流れる地脈の交点の上にあり、魔力の恩恵を強く受けるカーレリア王国の大地は古くから魔界よりやってくる竜のものであり、カーレリア王家とその庇護下にある民はその大地を不当に占拠している、らしい。
確かに魔界からやって来た竜が今王国のある土地を治めたという話は神話に語られているが、事実かどうかはわからないし、そもそも神話には続きがある。カーレリア王家はその「神に等しき四本腕の竜」から土地と腕の一本を譲られ、この地の王になったのだ。
何より、今、この国に生活する者として大切なのは今の暮らしだ。これで王家が横暴で私欲をむさぼり、腐敗しているというのならば同調のしようもあるが、カーレリア王家の国家統治は安定しており、国民からもおおむね慕われている。傭兵業をあきらめたロアが所属する国にカーレリアを選んだのも、魔力が潤沢で魔法士として力を振るいやすい、という条件の他にも、好戦的な国々に囲まれながらも主に防衛戦のみで自立を守る軍部の強さと規律正しさ、外交に強く常に内部を安定させている政治力、そして政治と軍を両輪として安定させる王家の手腕と国民を大切にする国風――そういったものに惹かれたからだ。
今のカーレリア王国を転覆させたとして、その後に成立する国が今以上にすばらしい場所になる保証はない。確かなのは国家転覆の混乱の中、多くの人が死に、それ以上に多くの人が路頭に迷うことだけだ。
そんなことを許すわけにはいかない。
かといって、構成員を殺せ、とは簡単には命じられない。
「三本の竜の腕」の急成長の裏にいるのは、間違いなく周辺国家だ。彼らは常に魔力の潤沢なカーレリアを欲しがっている。今回彼らをかくまっているアダミスだけではなく、周辺国は軒並み彼らに資金提供しているとみて間違いない。その関係を洗い出すためにも構成員は拘束すべきだし――偽善者と呼ばれようと、ロアは誰かの命を奪うことを好まない。
ロアにとって価値のないものでも、それは誰かにとって価値のあるものかもしれないし、奪ったそれは二度と戻らない。
「俺はおまえほど戦場向きの才能にあふれているやつを知らないが、おまえは戦場には向かないな」
かつて、いちばん上の兄に言われたことだ。
ウェロック家に生まれたロアは、当たり前のように幼いころから傭兵として必要になるありとあらゆることを叩きこまれた。
剣の腕も、母と姉たちがおもしろがって仕込んだ鞭の腕も、体術・槍術・弓術・棒術といったものの腕も、医術や薬物の知識も、戦術や国際情勢の見極め方といった学問面でも、魔法についてはやや特殊な縛りはあったものの、ロアは家族の期待以上にすぐれていた。
少しばかり自分の気持ちを押し隠すのが苦手なところはあったが、彼女ほどの実力があれば雇い主はいくらでもいるはずだった。
傭兵として生きる上で「不利」に働くことではあっても、「致命傷」ではない。「致命傷」は他にあった。
両親に初めて連れていかれた戦場で、ロアはほとんどの敵を殺さなかった。殺したのはひとりきり、他は殺さないかわりに拘束して片っ端から戦場に転がした。
どうして、と問うた父に、ロアは答えた。
「だって、わたしのほうがずっと強いのに、殺さなくても倒せるのに、どうして殺す必要があるの」
じゃあ殺した人は強かったの、と訊ねた母に、ロアは眉を寄せて首を振った。
「わたしよりは弱かったけど、兵士でもなんでもない女の子を傷つけようとした。気づいたときには、もう殺さずに止めるのは無理だった」
六歳のロアは泣きながらそう答えた。
「わたし、きっとずっと強くなる。誰も殺さなくていいように、強くなる」
その時のことは、今でも覚えている。自分の無力さが、足らぬすべてがくやしくて、自分に腹が立って、次々にこぼれて頬の濡らした涙の熱さも、覚えている。
いつまでも泣き止まぬロアを前に、両親はロアを傭兵とすることはむずかしいかもしれない、と悟ったのだと、のちに聞いた。
「おまえは自分のためにも、ましてや金のためにも、力を振るうことはできないだろう。だから、その有り余る力をどう使うのか自分で考えて自分で選びなさい」
「どこにいても、どんな立場でも、貴女はウェロックの娘、わたしたちの家族ですからね」
そう言ってくれた父母に、どんなときでも見守ってくれた兄弟姉妹に、感謝している。
護衛専門の傭兵になることも考えたが、ロアは結局軍人を選んだ。兄の言ったとおり自分の力は「戦場向き」だったし、高い対価を護衛に支払える人たちよりも、力のない、戦争になればいちばんに被害を受ける多くの人々を守りたかった。
ロアにはふつうの女の子のような「守ってあげたい」と思われるようなかわいらしさは備わっていなかったけれど、その代わりに誰かを「守ってあげられる」強さが宿っていたから。
ウェロック家の娘が軍人になるなど前代未聞だったのに、一族は誰も反対しなかった。
そして――。
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