3-3.とりあえず優先すべきは任務だろう。

 とにかく、彼女とも約束したことでもあるし、ロアとしても自慢の副官が隊を出て別の場所で大いに活躍してくれることに否やはないのだが。

 こちらの気持ちなど知らぬ当人はすずしい表情で作戦説明を続けている。

「作戦に参加するのは、本隊および西方軍第一師団第一旅団下の二個中隊、中隊長はワーズ大尉およびライディア大尉――」

 作戦指令書を受け取った時点で知っていたのだが、ワーズもライディアもロアにとってはやりやすい相手だ。統率力も十分だし、戦局の見極めにも優れている。何より、いくらか年上の彼らは士官学校時代にロアと演習で数度やりあっているが、特に禍根なく、むしろロアの力を認めて付き合ってくれている。

「作戦開始後、二個中隊は本国内アダミス国境付近で陣を展開、アダミス国境防衛軍の注意を引きます。戦闘は仕かけませんが、アダミス軍側から侵攻があった場合には本国西方軍国境防衛軍に救援要請を出したうえで応戦。本隊は少し離れたザーブル村からナッサの黒森を抜けてアダミス国内へ潜入。先行偵察については少佐の召喚獣スールが行います――」

 だが、ロアに対してワーズやライディアのようにふるまってくれる者ばかりではない。特に士官以上のものはほとんどが士官学校出身で、家も貴族やそれに準じるような格式高い家柄のものが多い。そんな彼らにとって、少しばかり功績を上げただけで士官の仲間入りをし、ベルガルテ少将に目をかけられて順調に階級を上げているロアはうとましい存在なのだということは理解できる。

 そんな彼らからノーザレイがかつての約束どおり何かと守ってくれるのだが、彼らからしてみれば雲の上のアーケルミア本家の(三男とはいえ)令息にそんなことをさせていることがさらに腹に据えかねるらしい。

 ロア自身も、実際にカーレリア国軍の内部に入って初めて、情報で知っていた以上に軍内部ひいてはカーレリア国内におけるアーケルミア家の影響力が強いことを実感した。下手をすれば政治の中央にいる高位貴族家か、それ以上にアーケルミア家は力を持っている。

 そんな家に生まれ、幼少時から優秀だったノーザレイは多くの期待を背負ってきたのだろう。加えて彼は見た目も麗しい。士官学校時代から彼の周囲には多くの人がいたし、今だって多くの人が彼とお近づきになりたいと思っている。

 ロアから引き離し、彼をもっと上へ、と望む人々の視線はロアには厳しいが、それはノーザレイに対する一種の愛情だ。まっすぐなアルミュカ嬢とは表現の仕方こそ違うが、根底にあるのはロアといたら、ノーザレイが至るべき高みへの道が閉ざされてしまう、という焦燥感だというのはいっしょ。

「ナッサの黒森を抜けたところで零班は待機、一班は北方ルートを、二、三班は中央ルートを進み途中で分岐、四班は南ルートを探索します。ナッサの黒森同様、先行偵察はスールが行います。何か連絡事項があれば通信魔法具にて零班へ報告。必要があれば各班で共有します。目標拠点を発見次第、各班合流。奇襲をかけます。判断に迷うことがあれば、やはり通信魔法具にて零班に指示を仰いでください」

 そもそも遊撃隊の――ロアの下についているからこそ、彼は少人数の隊に所属し、前線に送られている。ふつうの大尉階級はワーズやライディアのように中隊長を任され、多くの隊員を従えているというのに、だ。

 本当にこれは一度――今回の作戦が終わって王都へ帰還したら、ベルガルテ少将にノーザレイを隊から出すことを打診しなくてはならない。

「作戦概要、および各班の動きについては以上ですが――少佐、何かありますか?」

 よし、と決意を新たにしたところでノーザレイに声をかけられた。思わずぴょん、とラズシーの頭の上で飛び跳ねてしまう。

「少佐?」

 すっと宝石のように美しい青い目が冷ややかに細められた。たぶんまったく別のことを考えていたと見透かされている。作戦については説明を聞くまでもなく理解しているものの、すこし気まずい。

 こほん、と咳ばらいすると、こちらを見る班長たちひとりひとりの顔を見回す。誰もかれもが今のロアにとっては巨人のようだが、彼らが浮かべる表情は――ミティシャは大きな目をらんらんと輝かせて、サックは精悍に引き締まった真顔で、ソランはいまいち何を考えているかわからない薄笑いを浮かべて、ライラアイズはにこにこと――いつもと変わらない。

『……いつも言っていることだけど、可能ならば交戦対象――今回は「三本の竜の腕」の構成員――は殺すのではなく拘束してほしい。だけど、最優先はこちらの安全だから、自分や仲間の命が危険にさらされれば迷わず応戦を。何か問題があれば責任はわたしがとるから。全員無事に戻るように』

「はーいっ」「はっ」「了解」「はぁい」

 それぞれに返事をして敬礼した班長達にノーザレイが重ねて指示を出す。

「では、それぞれ自分の班に戻って準備をお願いします」

 天幕を出ていく彼らは他の指揮官たちによく「甘い」と言われるロアの命令にいつも何も言わずに従ってくれる。「飛竜」は通常の隊の中では使い勝手が悪い、とベルガルテ少将が拾ってきた者で構成されているが、班長たちはその最たるものだ。だが、ロアにとっては「ふつう」ではないからこそやりやすい。

「少佐、我々も行きましょう」

 ノーザレイにうながされ、ロアも自分の班――零班の隊員たちの元へ向かう。

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