2-9.まさかこんな再会になるとは思ってなかった。
一年半後。士官学校を卒業したノーザレイはとある将官――メリア=アーリン=ベルガルテ少将に呼び出され、軍本部の廊下を歩いていた。本来であれば卒業式の日に他の同窓生同様配置に関する令状を受け取るはずなのだが、彼の元に届いたのはメリアからの呼び出し状だった。
ノーザレイ同様、軍門貴族出身であり、女性初の将官になったメリアは姿勢よく背筋を伸ばし、きびきびとノーザレイの前を歩いていく。首の後ろで結われた長くまっすぐな黒髪が、一歩ごとに大きく、馬の尻尾のように揺れた。
家同士の付き合いがあるため、いわゆる旧知の仲ではあるのだが、昔から豪快でありながら腹の内は見せない食えない女性である。呼び出し状に指定された場所で顔を合わせ、形式通り名乗ったノーザレイに「あの赤ん坊がもう軍属か」と笑った後は、「付いて来い」の一言だけで説明もない。
この一年、カーレリア北部の地方師団で実習を行っていたため、やや中央の情勢には疎いが、それほど大きな動きがあったとは聞かない。こんな秘密めいた呼び出しをされる心当たりがない。
最近大きな動きがあったのは主に南だ。もともと時代によって大きく国境線が書き換わることを繰り返していたライアス地方――近年は内乱も落ち着いていた――へ隣国ダーヴィラが宣戦布告もなしに突然侵攻した。国境を守るための軍は当然置かれていたが、対応できるはずもなく壊走。軍人だけではなくライアスの市民にも多大な犠牲が出ると目された。
が、とある小隊が、そこに所属していた魔法士を中心として抵抗し、ライアス市民の避難の時間と、中央からの援軍到着および防衛線立て直しまでの時間を稼いだのだという。おかげで一部の土地はいまだ占拠されたままだが、国内に深く侵攻されることはなかった。
その小隊の稼いだ時間は「奇跡の七日間」と呼ばれ、その立役者である魔法士はダーヴィラ軍の行く手を焼き払って牽制をかけたことから「焦土の魔女」と呼ばれているらしい。
「待たせたな」
メリア自身の執務室なのだろう。ひとつのドアの前で立ち止まると、彼女はノックをすることもなく開き、中に声をかける。
「入れ」
短く指示されたノーザレイもメリアに続いて中に入り、そこで敬礼をしてメリアを迎える人物に軽く目を見開いた。そんな彼を見て、彼女は困ったように笑う。
一年ぶりに会うが、あいかわらず感情が筒抜けだ。
「レイ、ロアからおまえとは親交があると聞いてな」
どかり、と執務机の向こうにある自分の椅子に腰を下ろすと高々と足を組み、メリアがおもしろそうに目を細める。
「今度ロアに持たせる部隊の副官におまえをつけようと思うんだが」
「副官、ですか」
士官学校を卒業したばかりとはいえ、ノーザレイの階級は少尉だ。対して魔法士学校を卒業した魔法士に卒業時に与えられる階級は軍曹。ロアの実力からいって半年に一回の論功で一階級上げて曹長になっていてもおかしくはないし、そう簡単なことではないがつい先ごろの論功でさらに一階級上げて准尉になっているかもしれない。が、それでもノーザレイの階級のほうが上になるはずだ。
聞き間違えただろうか、と軽く眉を寄せたノーザレイに、メリアが笑う。
「間違ってないぞ。ロアは入隊後半年で曹長になり、つい先日の論功で三階級特進した。現在は中尉だ」
今度こそあからさまに眉間にしわを寄せてしまった。
三階級特進など、殉死したとしてもそうそうあるものではない。いったい何がどうしてそうなったのか。
いぶかしむノーザレイに、ロアがますます困ったように眉を下げ、メリアがからからと笑う。
「おまえだって聞いているだろう、レイ。つい先日の南方侵攻における防衛戦の英雄、『奇跡の七日間』を実現した『焦土の魔女』の存在くらい」
まさか、とロアを見つめれば、彼女は何やら不満げに唇を尖らせている。
「そう。そのまさかだ」
立ち上がったメリアが、芝居がかったしぐさでロアを示す。
「紹介しようじゃないか。彼女こそ『焦土の魔女』ことロア=ウェロックだ」
そして、と付け加えられる。
「今日からおまえの上官だよ、レイ」
あの時ほど何がどうしてこうなったのかわからなかったことはなかったのだが――。
その五年と少し後に、まさかその上官が朝起きたらねずみになっているなどという最上級にわけのわからない事態が起こるとはさすがのノーザレイも予想できなかった。
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