2-7.まさかこんな再会になるとは思ってなかった。

 出会った頃から変わらない、子どもじみた感情表現。たまに実家に帰ったときに出席する貴族の付き合いの席――お茶会や晩餐会やダンスパーティ――で出会う令嬢たちとはまるで違う、感情をあらわにした態度。

「男女差に起因する筋肉量の差はどうしようもないですし、そもそも貴女は魔法士でしょう」

 接近戦に弱すぎるのも問題だが、主に剣で戦うノーザレイと張り合う必要がそもそもない。

「それに、貴女に影響されているのか、最近の魔法士学校の学生は接近戦強すぎです」

 ため息まじりに告げれば、ロアがきょとんと青緑色の目を丸くした。

「強くて悪いことなんてないと思わない?」

 戦場での生還率が上がるし、と言う彼女の言葉はまことにもっともだが、通常授業に加え、ロアが定期的に指導しているらしい魔法士生の中には演習で士官学校生と一対一で対峙して叩き伏す者までいるのだ。魔法など使わずに、である。

 おかげで共同演習前の作戦会議――昨年から演習前には隊長役以上の出席が義務化された攻略作戦会議が開かれる――では、およそこれまでの対魔法士戦では考えられぬ脅威判定を下さねばならず、つい先日の演習前には総司令官役の上級生が「あいつらを魔法士だと思うな」「あれは魔法をよく使う、ただの兵士だ」「否、それよりもたちが悪い!」と言っていた。

 最近では士官学校側のアドバンテージといえば、戦略面――仮にも彼らは卒業後士官からスタートするため、授業では手厚く戦略や用兵術について習う――と、全体的に見ればまだかろうじて勝っている近接戦闘力。だが、それすらもロアによって年々魔法士学校側のレベルが底上げされており、士官学校生の中で魔法が使えるものは魔法も使う総力戦だ。

 数年前まで力押しで勝てていた相手とは思えない。

「来年で最後だね」

 ロアがそう言って自分の膝に頬杖をつき、ノーザレイを見上げてくる。彼女が何を言いたいのか、ノーザレイもすぐに悟った。

 士官学校は六年制だが、魔法士学校は五年制だ。双方の演習参加人数をそろえるため、また、士官学校の六年次には地方師団での実習訓練があるため、演習は双方五年生までの参加となる。

 互いに正面からぶつかって競い合えるのは、来年が最後だ。

「せっかくだし、勝たせてもらおう」

 にっこりと、ロアは屈託なく笑う。

 別に相手を軽んじているわけではない、とわかっているが、あまりに調子が軽い。

「させませんよ」

 ノーザレイにとっても最後の演習なのだ。そう簡単に花を持たせてやるわけにはいかない。

 改めて顔を見合わせると、ロアはたのしくてたまらない、と言わんばかりに笑い声を立てる。

「ああ、ほんとに君と同じ年でよかったよ」

 ノーザレイが思っていても口にしないことを、彼女はさらりと口にのせる。

 わかりあえるのにまるで違う。

 互いを尊重できるが、対等な立場で競い合って相手に勝ちたいと思う。

 こんな関係が世間の言う恋仲であるはずがない。

「来年も、互いの全力で」

 そう告げれば、彼女は満面の笑みでうなずく。

 実際、第五年次の演習はそれまで以上の総力戦になった。

 双方の総司令官はノーザレイとロア。ロアの薫陶を受けた魔法士は近接戦闘に長け、ロアほどではないけれど現場の戦局を見極めたうえで指示を飛ばせる者がかなりの数育っていた。一方の士官学校側も統制のとれた動きで魔法士側の猛攻を防ぎ、同時に一気呵成に敵陣へ攻め込もうとする。

 見学に来ていた軍の将官が、のちに「下手な戦場よりも、より激しい戦場だった」と述べたその年の演習は、制限時間ぎりぎりに魔法士側が士官学校側の本陣を攻め落としたことによって歴史的な勝利を収めた。

 その戦いの中、その年になって初めてロア=ウェロックは自分の得意魔法を士官学校側に披露した。

「やっと教官がたから使用許可が出たんだ」

 と言っても一部だけなんだけど、と笑いながら、総司令官にもかかわらず敵陣のど真ん中――ノーザレイの守る士官学校側本陣に現れた彼女は、掲げた腕や肩に五羽の鳥をとめていた。

「使うなら、やっぱりレイには見せなくちゃいけないと思って」

 姿かたちは同じだが、それぞれ色の違う――赤、青、黄色、緑、黒の――羽を持つ五羽の鳥は、白銀に輝く冠羽と内羽、長い尾羽を持ち、黄金の目であたりを見回す。

 それは鳥であって、ただの鳥にあらず。ノーザレイも話には聞いたことのある魔界の生物。

 五羽一対の魔鳥――金眼五彩のゼフィレス。

 この世に現れるのは、魔法使いの中でも珍しい魔法――召喚術を操る者が呼び出し、契約を結んで召喚獣として使役するときのみ。

「お願いするよ」

 ロアの言葉とともにゼフィレスは彼女の身体から飛び立つ。ふわりと舞い上がったそれらが本陣の士官学校生の頭上を旋回するだけで、あちらこちらから悲鳴が上がった。

 ゼフィレスの赤い翼は炎を、青い翼は水を、黄の翼は土を、緑の翼は風を、そして黒の翼は光を掌ると言われている。かつて読んだ文献に記された通り、ゼフィレスは火の粉を降らせ、水をまき散らし、足元の大地を揺らし、つむじ風を巻き起こし、士官学校生たちの視界を奪い、戦場に混沌をもたらす。

 そのどれも、相手を傷つけるほどの威力はないものの、隊列を乱すには十分だ。

「舞台は整った! 総員、突撃! わたしに続け!」

 ロアの朗々たる呼びかけに、ときの声が上がる。

 乱された隊列にロアを先頭とした魔法士生たちが切り込み、士官学校生の胸の赤い薔薇が次々に散らされる。

 混乱する士官学校側に対して、ロアのよく通る声が指示するままに動く魔法士学校側はまるで巨大なひとつの動物のようだ。

「ここで君の知らない魔法を使うのはずるいかと思ったのだけれど――」

 とりあえずこれ以上の混乱は避けなければ、とノーザレイが身を乗り出したところで、ぴりっと首筋に走った緊張感にとっさに身を引く。

「でも、全力で、と約束したから」

 ピッ、とたった今まで立っていた場所の空気を細い剣先が切り裂く。

 だいぶ遠かったはずの距離を一瞬で詰めてきたロアが木剣を構え直しつつ、小首をかしげた。

 顔に浮かぶのは、あいかわらず戦場でしか見せないどこか扇情的な笑み。

「お相手いただけるかな」

「もちろん」

 自分の背後にある総指揮官を示す旗を奪えばロアの、魔法士学校の勝利となり、自分がロアを倒せば、おそらく自分たちの本隊が魔法士学校側の本陣を落とすだろう。

 丸四年、毎週剣を交えた相手だ。互いに癖も、基本的な剣筋も重々承知している。手合わせも最近ではなかなか決着がつかなくなってきたが、打ち合いが長引けばノーザレイのほうが有利になる。ロアもそれがわかっているから、早めにこちらのリズムを崩し、勝負を決めに来るはずだ。

 そう思ったのに、ロアはなかなか仕かけてこない。カッ、コッ、カツッ、と木剣が打ち合わされる音がその場に連続して響く。

「終わりにするのがもったいない」

 打ち込んできながら、ロアがぼそりとつぶやく。

「でも、わたし、負けっぱなしはいやなんだ」

 そう聞こえた瞬間、彼女は全身をひねるようにして、身体全体で剣を振り抜いた。

 細められた青緑色の目が底光りして、「獣」が舌なめずりする。

 迫ってきているはずの剣先が見えない。

 彼女の剣の動きは、もう見てとれるようになったと思っていた。軽い分鋭さが持ち味の剣だが、最近ではかなりの割合で防ぐことができていたのに――と思った瞬間に気づく。打ち合いの間に、気づかないくらい少しずつリズムを遅くされていたのだ。目も動きも、そこから一気に元のトップスピードに戻されたせいでついていけなかった。

「くっ」

 ほぼ勘で剣をかまえ、ロアの剣を受け止めようとしたのだが――。

「は?」

 ほぼ何の手ごたえもなく、手にしていた木剣が刀身の真ん中から折れて吹き飛んだ。

 事態を理解できないながらも、とっさに背後へ飛びすさる。が、ノーザレイが退いた分、その動きを見透かしていたロアが大きく一歩を踏み込んできた。

「やっぱりレイは強い」

 彼女は笑い。

「でも、まだ、あと少し足りない」

 軽くステップを踏みつつさらに近づき、剣を振り抜いた。

 ぱっ、と目の前に赤い花弁が舞う。血しぶきのようなそれの内の一枚を彼女は剣を握っていないほうの片手でつかむと、ちゅと口づける。

 伏せられたまぶたの先に生えた長いまつ毛が日の光に照らされて金色に輝き、その奥では青緑色の目がひそやかに輝く。なめらかな頬はたった今までのやり合いで薔薇色に上気し、赤い花弁に触れる唇はつややかな薄紅色。貝殻のように淡い色を宿すちいさな爪のついた細い指先が、まるでちいさな心臓を慈しむように花弁の表面をついっとなでる。

 美しき死の女神・ゾフィエラのようだ――と目を奪われた次の瞬間には、ロアはいつもの屈託ない笑みを浮かべた。

「わたしの勝ちだ」

 剣を鞘に収めると、悠々と歩いてノーザレイが守っていた背後の総指揮官旗へ歩み寄り、台座から抜く。と、同時に連動する魔法が士官学校側本陣陥落を知らせる花火を打ち上げたのだった。

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