2-6.まさかこんな再会になるとは思ってなかった。

 週に一回の休日にどちらかの学校の訓練場で手合わせをして、その後下町に出かけて買い食いをするのがいつしかノーザレイとロアの決まりごとになっていた。日常的な雑談もしないではないが、話すのは主に国際情勢や軍事関係の最新事情や互いの学校の練度についてだ。

 どうやってかウェロック家では世界中に散らばっている一族同士が(雇用主に損害を与えない範囲内で)定期的に情報交換をしているらしく、ロアは世界中の様々な事情に明るく、話をしていると学ぶことが多くあった。ロアもノーザレイが父や兄経由で仕入れた軍部の情報をたのしそうに聞いていた。

 日々はあっという間に過ぎていく。

 第二学年次の演習では士官学校側が魔法士学校側のみっつの陣地すべてを落とし、完全勝利を収めた。

「やっぱり本気を出されると近接戦闘時の戦力差が大きく出るなぁ」

 これはやっぱりこちらも近接戦闘訓練に力を入れるしか、とぶつぶつつぶやく彼女を横目に見つつ、ノーザレイはすっかり食べ慣れた下町の菓子を口に運ぶ。今日は乾燥させたトウモロコシの実を加熱してはじけさせたもので、甘い蜜がかけてある。

「そうは言いますけど、去年より全体的に近接戦闘慣れしてましたよね」

 そう指摘すると、ロアはぱっと顔を輝かせた。

「そうなんだ。去年の演習以来、みんな魔法を使わない戦闘訓練にも熱心に取り組むようになってくれて」

 近接戦闘能力が上がれば使える戦術の幅も広がるから、と言う彼女は、今年、参謀補佐として本陣に詰めていた。魔法で演習場全体を俯瞰して状況を参謀役の上級生に報告、参謀役からの指示を逆に各部隊の隊長に伝えるというのが主な役目で、同時にさらに細やかな現場への指示についてはロアに任されていたのだという。どうりでところどころで魔法士の使いがちな戦術の定石にとらわれない、妙な動きをする兵がいたわけだ。

 結果としてすべての陣地を落として勝利を収めたものの、本陣を攻め落としたのは制限時間ぎりぎりになってしまった。加えて、総指揮官旗をとるまでに、本陣に詰めていたロアに腕自慢の士官学校生の先輩方が千切っては投げ千切っては投げ状態で胸の薔薇を散らされ、「死体」状態の学生たちであたりが渋滞したと聞いている。最終的にはロアのことを大人数で取り囲んで、半ば押しつぶすようにして動きを止めた、らしい。

 ロアの活躍についての情報が伝聞なのは、その年のノーザレイは守備側――そう、士官学校側はやっと軍を攻守に分けた作戦を採用したのだ――の配置だったため、直接ロアと当たることができなかったのだ。

「来年は直接当たれるといいね」

 そう笑うロアに、ノーザレイは深くうなずいた。

 第三学年次の演習では、魔法士学校側の電撃戦により士官学校側は開始早々本陣以外のふたつの陣地を奪われたが、その後、ひとつの陣地を取り戻した。最終的には士官学校側が本陣を含む二つの陣地を落として勝利――魔法士学校側は自陣ひとつと奪取した敵陣ひとつを保持した。

 この年のロアは遊撃隊を率いて電撃戦をしかけ、その後も奪取した陣の守備に指示を出しながらも攻められている自陣側にて士官学校軍に奇襲を繰り返し、敵戦力を順調に削っていく、という大活躍だった。

 一方のノーザレイも隊を任され、魔法士学校側の本陣攻略の先陣を切った。後ろからやってくる本隊の通り道を確保しつつ、この二年で接近戦でもかなりの力をつけてきた魔法士生たちの反撃を防ぐ。

 ノーザレイとロアが直接当たれたのは結局二年前と同じ終了直前で、背後から奇襲を仕かけてきたロアの隊とぶつかったのだが、今回は最初から剣を手に本気を出したロアにあっさり胸の薔薇を散らされてしまった。

 第四年次の演習は、魔法士学校側が開始直後に使用した地形操作の大規模魔法――数十人の魔法士によって行う――によって演習場の地形が一気に変わり、士官学校側は苦戦を強いられた。結局、何とか魔法士学校側の本陣を攻め落として勝利を手にしたものの、魔法士学校側は本陣以外の陣地を保持、加えて士官学校側の本陣以外の陣地を奪取した。

その年のロアは士官学校側本陣攻略の先陣、ノーザレイは本陣守備本隊の指揮官だった。互いに自分の隊に指示を飛ばしつつ剣を交え、最終的にはノーザレイがロアの胸の薔薇を散らした。

「くやしいなぁ」

 噴水のふちに腰かけ、小麦粉を溶いた生地を薄く焼いたものに果物やクリームを挟んでたたんだ菓子を手にロアがぼやく。つい先ほどの手合わせではきっちり勝利を収めたくせに、だ。

 最近のノーザレイと彼女の手合わせの勝率はほぼ半々。いまだ技巧や勝負強さについてはロアに分があるが、成長につれてふたりの男女差がそのまま膂力の差となって表れた結果、ノーザレイの勝率が上がってきた。出会った頃にはロアのほうがやや高かった身長も、十四で並び、十六になったその頃には明らかにノーザレイのほうが高くなっていたし――ただし、ロアも女性にしては高めの身長だ――、若木のようだったロアの体格も女性らしいやわらかさを感じさせるようになっていた。

 成長して変わっていく互いの見た目のせいで、周囲に「ロアと付き合っているのか」と訊かれることも増えてきたが、彼女と自分はそんなものではない。現に自分たちは会えば全力で剣を交えるし、ご令嬢方がしたがる流行りのドレスやお菓子、観劇や詩の話なんて彼女としたことがない。

「んんんー、もうちょっと筋肉つかないかなぁ」

 ほっそりと引き締まった――適度に筋肉がついているものの、それ以上太くはなりそうにない――腕を恨めし気に曲げ、ロアがぼやく。

「本当は父さまみたいに大剣を振り回してみたかったんだよねぇ……」

 ロアの父――現在のウェロック家の当主ジルは火と風の魔法を得意とし、大剣を自在に操る豪快な戦いっぷりで有名である。

「ロアには今の戦い方があってますよ」

 細身の剣での鋭い動き。目が慣れるまでは剣先の軌道すら見てとれなかった。

 ノーザレイに言われずとも、本人も自分の戦い方が自分に合っていることは重々承知しているだろう。

「わかってるけど、レイに力で押し負けるのいやだ」

 思ったとおり彼女はそうつぶやき、むくれて見せた。

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