2-5.まさかこんな再会になるとは思ってなかった。

 が、わざわざ会いに行くまでもなく、ふたりは偶然再会した。

 巡回演習――王都の警備隊について王都の警邏任務に同行する演習で、学生間で順番を融通することはあるものの当番制で定期的に回ってくる――で、ばったり士官学校側と魔法士学校側の当番として顔を合わせたのだ。

 共同演習の二日後のことだった。

「まさか君といっしょになるとは思わなかったよ」

 巡回演習の後には、寮の門限までのわずかな自由時間が認められている。少し話そう、と誘われ、ノーザレイは王都下町の一画――ちいさな広場の中央にある噴水のへりに彼女と並んで腰かける。

「ほら、ノーザレイ君も食べて食べて。夕食前だけど、食べられるよね?」

 わたしのおごり、とロアがそばの露店で買ってきたパンのような菓子――揚げられた小麦粉由来の生地はふわふわで、表面には粉砂糖がたっぷりとかけられている――を差し出してきた。受け取ると、揚げたてらしく包み紙越しにぬくもりが伝わってくる。隣を見れば、彼女は早速自分の分にかぶりついていた。包み紙から粉砂糖がこぼれても気にせず、豪快に食べていく。

 外での買い食いなど初めてだったが、彼女にならって大口でかぶりつく。甘ったるいかと思いきや、生地にレモンの果汁が薄く塗ってあるらしく、酸味がアクセントになっていて食べやすい。

 悪くない。食べ切ってから口の端についてしまった砂糖をハンカチで拭っていると、視線を感じた。当然、こちらを見ていたのはロアだ。

「あそこ、わたしのお気に入りの店なの。おいしかった?」

 にこにことほほえむ彼女に軽くうなずいてから目をすがめる。

「今回の演習、北陣地の攻略と占拠は貴女たちの――いえ、貴女の独断ですか?」

 単刀直入に切り込むと、ロアはきょとんと目を丸くしてから、照れ臭そうに笑った。

「そうだよ。先輩方と教官方には勝手をするなと大目玉を喰らったけど」

 軍には規律が必須だ。勝手な行動をする兵士など本来ならあってはならない。だから、どんなに戦果をあげようとロアの行動は本来の軍隊であれば指令違反で厳しく罰せられる。だが――。

「でも、口ではそう言いつつも、先輩方も教官方も、ちょっとたのしそうだったな」

 ふふふ、と笑って告げたロアは、すぐに不満げに唇を尖らせた。そんな表情をすると、ますます幼く見える。

「そもそも、みんななんで勝てないなんて決めつけるんだろ」

 そのくせ、何かに思いを馳せるように伏せられた目は、深く、どこかを遠くを見るようで、大人びている。

「確かに攻撃系の魔法を封じられてしまえば、単純な戦闘力では魔法士が不利になるに決まっているけど、でも魔法の使い道はそれだけじゃない」

 勝てないのはもっと他の要因だよ、と断言すると、ロアは手にしていた菓子の包み紙をぽん、と宙に放った。

「だから、今のわたしたち、まだ大したことも学んでいない一年だけでも十分戦える、ってことを証明したかった」

 空中で包み紙はくるくると回りながら折りたたまれて、再び彼女の手元に戻ったときには花の形に姿を変えていた。単純な魔法の応用なのはわかるが、繊細な作業を簡単にやってくれる。

「もちろん、君たちの方にもあまりやる気がない――わたしたちのことを侮っていることが前提だったんだけど。陣地のひとつくらい奇襲すればとれると思ったし、実際とれたでしょ?」

 胸を張って笑う彼女は簡単に言ってのけるが、そのためにはそれ相応の準備が必要だったはずだ。

 そもそも、まず自分のクラスを掌握しなくてはならない。そのうえで、各人の能力を把握して役目を割り振り、苦手分野はフォローしあえるように組み合わせる。加えて最低限の近接戦闘の訓練と、基本的な戦術の叩き込み。

 それを彼女は(どんなに長く見積もっても)入学してからの半年で行ったのだ。簡単なことではない。

「これで北陣地が本陣だったなら言うことなしだったんだけど、そううまくはいかないよね。だけど、先輩方もやりようはあるってわかってくれたはずだよ」

 そう。今回勝利することは出来なかったが、彼女は確かに証明した。

 攻撃魔法を封じられた魔法士生であっても、近接戦闘力に秀でた士官学校生に勝てるのだと。

 その証明があるのとないのとでは、演習に挑む魔法士生たちの姿勢が変わってくる。

 来年からの彼らは、勝利を狙ってくるだろう。

「君たちも本気を出してくれるだろうし、来年はきっともっとたのしくなる」

 当然士官学校側も誇りに賭けて、次は陣地のひとつも取られない完全勝利を誓うだろう。

 確信したように言うと、ロアはノーザレイに向かって小首をかしげた。

「せっかくの演習なんだから、全力でぶつかるべきだと思わない?」

「ええ」

 それにはまったくの同意だったのでうなずき返す。

「君ならそう言ってくれるって思ってた」

 満足げに笑う彼女を見ながら、ふと思い出したことがあったので聞いてみる。

「全力、というわりに貴女はあまり魔法を使っていなかったように見受けましたが、どうしてですか」

 まったく魔法を使っていなかったわけではなさそうだったが、どちらかと言えば通信や状況把握に割り振っていたように見えた。

「ウェロック一族といえば、魔法にも優れていると聞いていたのですが」

 先ほど片手間にしてみせた折り紙を見るに魔力操作が苦手、というわけではなさそうだが、と隣の少女の顔をのぞき込めば、彼女は気まずそうに目をそらした。

「あー、いや。わたしは、一族の中でも使える魔法にかたよりがあるほうで――」

 膝の上に置いた両手をぐーぱーさせながら、言いにくそうに、そのくせ早口に語る。

「あまり使い勝手のいい魔法使いではないんだ」

 だから演習では使える魔法がかなり限られてしまってな、と言い訳するように続け、ちらりとノーザレイをうかがい見る。

「すまない。演習で使用許可をとるのがむずかしくて」

 決して君たちを侮っているわけではないのだが、と肩を落とす姿に、何か悪いことをした気分になる。

 別に責めているつもりはないのだが、昔から感情が顔に浮かびにくいせいで言葉をきつく受け取られがちだ。

「それならそれでかまいません。貴女が、可能な限りの全力を演習で発揮してくださるのであれば」

 こころもち言葉をやわらかくし――たつもりだったのだが、いつもとの変化が我ながら感じられなかった。これだから母から「好きな子に誤解されないように気をつけるのですよ」と心配されたりするのだ。今のところそんな色恋に割く余力はないのでいいのだが。

 同年代の貴族の少女たちに泣かれたこともあるので、もしやロアも――と不安に思ったのだが。

「それは約束する!」

 食いつき気味に身を乗り出してきた彼女は大真面目な顔でうなずく。

「君とはもっと、ちゃんとやりあってみたい」

 できればそれぞれ隊を率いるような状況で、と目をキラキラさせている。今回のロアのような独断専行ならともかく、演習とはいえ隊を任されるようになるのは早くても三年次からだろう。とはいえ――。

「ええ。私もやってみたいです」

 やりたいかやりたくないか、で言えば、もちろん彼女とは正面からぶつかってみたい。

 いまだ底の見えない「ロア=ウェロック」を見極めたい。

「手合わせも、いいですか」

 加えて、一方的にしてやられたあの時の借りもできれば返したい。しばらくは一方的にやられるだけになるだろうが盗めるものは盗みたい。

「うん、もちろん」

 笑った彼女が立ち上がる。

「また連絡するね」

 そろそろ門限の時間なのはノーザレイもわかっていたが、彼女との時間が終わってしまうのがすこし惜しい。

「……ロア=ウェロック魔法士生」

 迷ってから、そう呼びかけるとロアは苦笑を浮かべた。

「なぁに、ノーザレイ君。硬いよ。ロアでいいのに」

 が、すぐに顔をしかめる。

「んんん。もしやわたしが馴れ馴れしすぎ? よく言われるんだけど」

 君そう言えば貴族だったものね、と手を打つ相手に首を横に振る。

「別にかまいません」

 貴族だろうと、今はお互い学生で、同い年だ。そもそも軍に入れば階級がものを言う。

「では、ロア。私のことも、レイと呼んでください」

 そう提案すると、ロアはぱちぱちと目を瞬かせてから、ぱあっと笑った。

「友だちみたいだな」

「私は、貴女とは対等に競い合う相手になりたい」

 彼女の喜びに水を差すようで悪いが、単純に仲良くなりたいわけではない。また肩を落とさせるだろうか、と思ったのだが。

「なんだい、それ」

 目を真ん丸にしたロアは、今までになく目をキラキラさせていた。

「すごくたのしそうだ!」

 こうしてノーザレイはロアと少し変わった関係を築き始めたのだった。

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