2-4.まさかこんな再会になるとは思ってなかった。
とった、と確信した、その時――ノーザレイは彼女が浮かべた表情に目を奪われた。
青緑色の目はより深く、静かに凪ぎ、薄紅色の唇はこらえられないと言わんばかりにゆるむ。
十二の少女が浮かべるには扇情的な笑み。
「ははっ」
どこまでもたのしそうな声をもらし、ロアは鞭の柄から手を放すと、腰に下げていた鞘から瞬時に細身の木剣を引き抜く。
半身を引くのではなく差し出すようにノーザレイとの距離を詰め、彼の剣先をぎりぎりで避けつつ自分の木剣の柄の底でかつん、と剣身を叩いてくる。
「は」
それだけでノーザレイはわずかに体勢を崩された。
あまりに自然な動きだった。鞭を振るっていたとき以上に彼女は剣を身体の一部のように扱っていた。
なるほど。彼女本来の得物はこちらだったというわけだ、とどこか冷静な頭の隅で嘆息をもらす。
ひゅお、と空気が切り裂かれる気配だけを感じた。剣先の動きも見えない。
確かなことはただひとつ。
自分は彼女に「殺される」。
読み間違えた自分がもちろん悪いが、これはなかなかに――。
と、彼女の動きが止まった。少し遅れて、ぱんぱんぱん、と甲高く火薬がはぜる音が遠くから響く。演習終了の――当然だが、魔法士学校側の本陣陥落の――知らせだ。
「あーあ。やっぱり負けちゃった」
あっさりと、だが悔しそうに言うと、ロアはひゅおっと木剣の軌跡を変えると勢いを殺し、腰の鞘に戻した。ノーザレイの胸には散ることなく赤い薔薇が残っている。
互いに向き合った時点で、演習開始からの経過時間的に魔法士学校側の本陣が落とされるのは時間の問題だった。同時に、ロアを倒したうえでの陣地奪還は不可能だと判断したが、自分がロアを引きつけた上での指揮官旗の奪還ならばぎりぎり可能性は残っていた。
ノーザレイもロアも、そのことに気づいていた。互いに出し惜しみなしで戦うにはいい時間だった。
結果、演習はいつも通り士官学校側の勝利で終わったが、北陣地は奪還できずに終わった。
魔法士学校側が奪取した陣地を保持したまま演習終了を迎えるのは初めてのことだ。勝利、とは言えないが、士官学校側としては歴史的な屈辱だ。それなのに、ロアは不満そうに顔を曇らせている。
勝ちたいと思っていた、ということか。
「撤収!」
彼女の一声に、こんもり茂った丘から、はーい、だとか、うぇーい、だとか、好き勝手な声が返ってきた。だが、それほど大人数ではない。
ロア=ウェロック率いる一年二組――あの報告が正しければ、彼女たちは二十五名で陣地を落とし、演習終了までの防衛を成し遂げた。
「あぁ、そうだ」
勢いよく振り返ったロアがノーザレイに向かってぱっと笑う。
青緑色の目はあいかわらず神秘的な色合いだが光を内包してきらきらと輝き、浮かべる表情には影ひとつない。子犬もかくやと言わんばかりの純真無垢で、朗らかな笑み。
年相応――どころか、警戒心のない幼子のようだ。
先刻までとは雰囲気があまりに違う。
面食らって動きを止めたノーザレイに近づいてくると、たのしげに顔をのぞき込んでくる。やはり、彼女の方がわずかに背が高い。
「わたし、ロア=ウェロックって言うんだけど――」
自分の名が軍部関係者の間で鳴り響いているのを知っているのかいないのか、彼女は屈託なく名乗った。
「君の名前を聞いてもいいかな」
改めて訊ねられ、ノーザレイは軽くうなずく。
「ノーザレイ=ヴィア=アーケルミアです」
名乗ると、ロアの目がまんまるに開かれる。
「アーケルミア! なるほど、君があのアーケルミア家のご子息かぁ!」
自分がロアほどではないが注目され――時に疎まれる存在である自覚はある。
アーケルミア家は貴族として伯爵位を持ってはいるものの、それよりも代々大将位を輩出していることで高名だ。現在将軍職にあるのは祖父と父で、祖父が大将、父が中将だ。跡継ぎである長兄も順調に昇進しており、現在は大佐。一族の男子は基本的に軍属となるので、親戚縁者含め、軍閥を形成していると言って過言ではない。
祖父や父は実力主義で一族のものだからといって優遇するようなことはないが、それでも「アーケルミア」に対する忖度や反感はいくらでもある。
ロアの知る「アーケルミア」がどんな存在かは知らないが、それなりに名を知られた一族であるのは確かだ。
三男である自分には果たすべき役割もほぼないのだが。
「君、強いね」
あっさり返り討ちにしかけておいてそんなことを言うなんて、ふつうであれば嫌味かとうがって見るところだが、ロアの目はきらきらと輝いたままでそれが彼女の本心なのだといやでもわかる。
「今度、よければ手合わせしてくれない?」
わくわく、とあからさまな期待を目に宿して身を乗り出してきたロアに、ノーザレイはもう一度軽くうなずく。
「やった!」
飛び跳ねそうなくらいうれしそうな表情を浮かべた彼女を見つめ改めて思う。
戦闘中の彼女と、今の彼女。やはり、あまりに違っている。
すこし、興味を引かれる。
どちらが本当の彼女なのか。
「ローーーーーアーーーーー、ちょっと手伝ってぇ」
背後の同級生から呼びかけられ、ロアはぱっと振り返った。
「今行くー」
そう答えると、ノーザレイに「じゃあ、またね」と笑うとさっそうと去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、今度は自分から会いに行こうと心に決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます