2-3.まさかこんな再会になるとは思ってなかった。

 一目見ただけで、自分の推測が間違っていたことを悟った。

 性格的なものはわからないが、能力的に彼女が傭兵となるに不足しているとは思えない。

 今も自分の目の前の士官学校生三名の胸の薔薇を鞭の一振りで散らし、続く一振りで地面を叩いて周囲がひるんだところへ踏み込み、さらに多くの薔薇を散らす。そうしながらも魔法を展開して目で見えないところの状況も把握しているらしく、どこかへ指示を飛ばしている。

「ダメです。ここ以外は沼が完成してます」

「内部に入ろうとすれば沼に足をとられ、そこを倒されます」

「何とか沼を抜けて接近戦に持ち込んでも、ここのやつら、複数で囲んできます」

 偵察から戻ってきた味方の報告に、小隊長役の上級生が頭を抱える。

「いったいどうしたっていうんだ、今年は」

 例年力押しだけで勝っていたのが異常だと思うのだが、それはそれとして――とノーザレイはひとりで沼地形成の済んでいない正面の防衛を担っている少女を見つめる。

 白を基調にした立襟の長衣と、ゆったりとした白のパンツ。他の魔法士学校生と同じ制服を身にまとっているのに彼女の身のこなしは他の誰とも違う。

 身体の動きには無駄がなく、目の動きは身体の先を行き、おそらく頭ではさらに先を読んでいる。

 ちろり、と彼女が唇をなめる姿に思う。

 あれは獣だ。

 戦場に生きる獣。それも、決して考えなしの獣ではない。本能で流れを嗅ぎとり、瞬時に最適解を導き出す頭を持っている。

 余裕を感じさせる笑みを口元に浮かべ、おだやかな口調で味方へ指示を出し、ぎらつく目で周囲を見定め、軽やかでありながら鋭い足どりで縦横無尽に動き回って敵の「命」を摘む。

 白い長衣の裾が翻るたび味方の赤い花弁が散る光景は、どこか悪夢めいた美しさがあった。

 これの完全攻略は無理だ。

 ノーザレイは早々に結論づけた。

 ここまで陣地が再整備される前だったら数で押し勝つこともできただろうが、ここまで整ってしまえば片手間に攻略できるものではない。陣地の構造的な問題だけでなく、そこに立てこもっている魔法士学校側の学生たちもきちんと自分たちの行うべき行動を理解している。

 無策の自分たちでは攻めきれない。

 だが――。

「隊長。よろしいでしょうか」

 空の太陽の傾き具合を確認して、渋い表情で目の前の自軍の苦戦を眺めている上級生に声をかける。

「……なんだ」

 声をかけたのが自分だと気づいたときの上級生の煙たがるような表情は見なかったことにして、ノーザレイは話を続ける。

「私がウェロックを止めますので、その間に陣地の旗の奪還を」

 却下されるかもしれない、とも思ったが、しばらく考え込んだ相手はうなずいた。

「……やってみろ」

「はっ」

 やれるものなら、と頭につきそうな許可だったが、許可は許可だ。ノーザレイは前に出ると、ロアに向き合った。

 彼女の鞭の動きは変幻自在だが、魔法を使っている様子はない。で、あるならばまだやりようはある。

 鞭の動きを見極め、鋭く一歩を踏み込む。もちろんその動きをロアが見逃すわけもなく、鞭の一撃が襲ってくるが、それを自分の身体の近くに張った氷の盾ではじく。

 景色を見るように自分の上を流れていった視線が、ゆるりと戻される。軽く見開かれた青緑色の目が改めてこちらを見つめてきた。じわり、とそこに喜色が浮かぶ。

 ちら、と自分の背後以外の場所の沼地形成が済んだこと、先ほどのノーザレイと同じように上空の太陽の傾きを確認してから彼女は笑う。

「確かに、いい頃合だね」

 自分と同じことを理解したロアにうなずいてみせる。

「そうでしょう」

 そう告げながら彼女の足元に氷の魔法を飛ばし、地面を凍らせる。同時に彼女の間合いに踏み込もうとしたのだが、ロアは一瞬早く後ずさり、不安定な姿勢のまま鞭を振るってそれを防いだ。態勢を崩すことなく着地すると、彼女はぴゅぴゅぴゅん、と最小限の動きで自分の脇を抜こうとした士官学校生の胸の薔薇を散らす。

 返り血のように花弁が髪に絡まるのにも頓着せず、彼女はまっすぐにノーザレイを見つめている。いちおう周囲の動きも把握しているのだろうが、彼女が今注視しているのは自分だけだ。

 透き通った青緑色。おごりもなく、油断もなく、ただまっすぐに自分を見つめる神秘的な瞳。

 張り詰めた空気に、周囲の士官学校生も動きを止める。

 先に仕掛けてきたのはロアの方だった。

 ふっ、と浅く息を吐くと、鞭を大きく横薙ぎに振り払う。次にその勢いを利用してさらに鋭い一撃を斜めに。その動きで何人かの士官学校生の薔薇を摘みつつ、ノーザレイの剣を狙う。彼女の鞭をまともに受けては木剣など軽く折れる。

 一撃目は一歩後ずさってぎりぎりで鞭を避け、二撃目はまた氷の盾ではじいて勢いを殺す。さらに鞭の先を凍りつかせ氷の塊で包み込む。先端に重みが加わった鞭は今までのように鋭く動かせない。

 さらにロアの目の前でちいさな火球をはじけさせ、彼女が反射でわずかに顔をそらしたすきを狙って大股に踏み込んだ。

 彼女の鞭は間に合わない。ノーザレイの木剣の切っ先はまっすぐに白い薔薇へ向かう。

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