2-2.まさかこんな再会になるとは思ってなかった。
「当方の北陣地が奪われました!」
うわずった彼の声に士官学校側も魔法士学校側も、自分たちが何を聞いたのかわからず動きを止めた。
「……旗を、持ち去られたのか?」
「いえ、それが、その、陣地ごと保持するつもりのようで――」
隊長役の問いかけに、伝令役は言いにくそうに答える。今度こそあたり一帯が静まり返る。
「……誰だ、そんな馬鹿げたことをしようというおそれ知らずの魔法士生は」
隊長役の困惑もあらわな問いかけに、伝令役の眉が何と言っていいのか迷うように下がった。
「ロア=ウェロック率いる魔法士学校の一年二組です……」
その名前を聞いたときにこみあげてきた感情を、ノーザレイは今でもうまく言葉にできない。
胸の中にわだかまっていた何もかもをさらうように風が通り抜けていった、そんな心地だった。
模擬戦にはいくつかのルールが設けられている。
士官学校軍と魔法士学校軍は東西に分かれ、それぞれみっつの陣地をつくり、そのうちのひとつを本陣として設定すること。
各々の陣地には指揮官の代わりに旗を置くこと。本陣の総指揮官代わりの旗は刺繍の入ったものを使用すること。
学生はそれぞれ胸元に薔薇――士官学校生は赤の、魔法士学校生は白の――を差し、それを散らされた場合は「死亡」扱いとし、速やかに演習から離脱すること。
本陣を落とし、総指揮官旗を奪った時点で攻め落とした側の勝利とすること。
本陣の陥落が同時、もしくは規定の時間内に勝敗が決しなかった場合、その他の陣地を落とした数で勝敗を決すること。
本陣以外の陣地を攻め落とした場合「旗を自陣へ持ち帰る(司令官を人質に取る)こと」と「攻め落とした陣地を自陣として保持すること」を選べ、引き分け時の点数計算では後者の方に高い点数を与えること。
その他にもいくらかの決まりごとはあったものの、これまではじめのよっつ以外のルールが学生たちの頭に浮かぶことはめったになかった。士官学校側が敗北したことはなかったし、陣地を落とされたことも滅多になかったからだ。
陣地を落とされたとしても、魔法士学校側は旗を奪って自陣へ持ち帰ることしかしなかった。敵軍の中陣地を保持するのは攻め落とす数十倍むずかしい。
それを、今、あのロア=ウェロックがやろうとしている。
見に行きたい。
むずむずと湧きあがった衝動を押し殺す。軍には規律がある。自分ひとりの気分で動いていい場所ではない。が、幸いなことに、北陣地奪還への援軍としてノーザレイの属する小隊が向かうことになった。
「くそ、こんな失態、何年ぶりだ?」
同じ隊の同級生がぼやいているが、おそらく史上初だ。過去にも魔法士学校側に陣地を落とされたことはあったが、それは士官学校側が魔法士学校側の本陣以外の陣地を落とした後のことだった。
まだひとつの陣地も奪えていないうちに魔法士学校側に陣地を奪われたのは、この模擬戦が二校間で行われるようになって以来初めてだ。
落とされたのが本陣だったなら、史上初の敗北を喫するところだった。
自軍の中を戻り、北陣地として設定されていた演習場の丘へ至ったノーザレイたちは信じられないものを見た。
もともと丘といっても何も生えていないただの土の盛り上がりだった場所に、わさわさと木が生えており、そのふもとでは現在進行形で魔法士生が魔法を発動させてはせっせと沼地を生成している。
明らかに攻め落とされないように陣地自体が再整備されていた。
これ以上はさせまい、と沼地を生成する者に近づこうとすると、見通しの悪い木陰から矢じりのついていない矢がひょろひょろと飛んできて、ぽすん、と士官学校生の胸にぶつかって赤い薔薇を散らす。勢いはないものの、魔法でコントロールされているらしい。
だが、勢いのない矢を木剣で打ち払うのは簡単だ。そうして踏み込めば――。
「させないよ」
ぴっ、と鋭く空を裂く音がして、踏み込んだ者の構えた木剣が真っ二つに折れる。
ぴゅわ、とさらに続く音で、血がしぶくように赤い花弁が舞い散る。
木剣を折り、一瞬で士官学校生の「命」を摘んだのは、黒く長い鞭。そして、その鞭を振るうのはまだ顔にあどけなさの残る少女だ。
作業をする魔法士生の傍らに陣取り、彼女は自分の身長の倍以上の長さがある鞭を自在に操る。貴族令嬢のような――温室育ちの花のような華奢さはなかったが、若木のようなしなやかな体躯をしており、身長はノーザレイとほぼ同じか、すこし高いくらいかもしれない。同年代の少女と比べれば上背はあるが、間違っても男子と見間違うことはない。
特徴のない薄茶色の髪は編み込んでからすっきりと後頭部でまとめ、珍しい青緑色の目は油断なく周囲の状況を確認している。
「……ロア=ウェロック」
誰かのつぶやきで、目の前の彼女が例のウェロック家の娘であることを知る。
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