2-1.まさかこんな再会になるとは思ってなかった。

 ノーザレイ=ヴィア=アーケルミアがロア=ウェロックと出会ったのは十二歳のとき、王都の士官学校と軍立魔法士学校が毎年恒例で行っている対抗模擬戦でのことだった。

 それ以前――魔法士学校入学時から彼女の名前だけなら幾度も耳に入ってきていた。何せ、彼女はウェロック家の娘だったから。

 あの――傭兵一族のウェロック。

 どの国にも属さず、定住もしない。魔法をよく使い、高い戦闘能力を持ち、自分をいちばん高く買ってくれる者へ力を貸す。だが一族の絆は強く、彼らが雇用主に差し出す契約書には「相手方に一族の者がいた場合、その者への攻撃は行わない」という条項が必ず記されているという。

 そんなウェロック家の娘が、カーレリア王国の魔法士学校へ入学したのだ。魔法士学校は魔法士――つまり、軍属の魔法使いを育成するための学校で、卒業者はカーレリアの軍人となることが定められている。つまり、どこの国にも属さないはずのウェロック家から国に属する者が出た、ということだ。

 前代未聞の事態に人々はざわついたが、そのうちにそれも落ち着いた。

 彼女自身が、自分が一国の軍人となることになった経緯をあっけらかんと語ったせいだ。

 曰く「わたしがあまりに駆け引きに向かないため、両親に傭兵は無理だと諭された」と。

 ウェロックの一族は自分を自分で売り込み、雇用主からなるべくいい条件を引き出す。だが、その能力が自分にはあまりに欠けていたのだ、と。

 最初は裏があるのでは、と疑われたその言葉も、それほど経たずに「事実だろう」と認められた。彼女――ロアの裏表のない性格が周囲に認知された結果である。

 そういった一連の事情が噂となって積極的に耳を傾けたわけでもないノーザレイの元まで届く程度には、ロアは注目の的だった。

 ノーザレイもロア、というよりウェロック一族に興味はあった――が、わざわざ会いに出向く必要性は感じなかった。わざわざ出向かずとも同じ王都にある士官学校と魔法士学校では年に数回共同の授業や訓練が行われるからだ。彼女を遠目に見る機会はそのうち勝手にやってくる。

 ちなみに物見遊山気分で魔法士学校まで覗きに行った同輩の話は「けっこう美人」「背は高い」「庶民感は強いが、性格は良さそう」という情報ばかりで何の役にも立たない。どうせならどういう魔法が得意だとかそういう話を仕入れてきてほしいものだが、誰もそういった話を仕入れてこない、ということは、彼女にこれといって目立った能力がない――性格面の問題だけでなく能力的にも傭兵に向いていない、ということかもしれない。

 ノーザレイのその推測は、入学から半年後、ついにやって来た魔法士学校と士官学校の対抗模擬戦で小気味よく裏切られた。

 この模擬戦は魔法が使えぬものが多い士官学校生には対魔法戦の実地訓練を、どうしても接近戦に穴ができやすい魔法士学校生には近接戦闘訓練を――という目的で行われているが、実際のところ過度な負傷を相手方に与えることを禁じているため魔法士学校側は使える魔法がかなり限られてしまい、例年士官学校の勝利で終わっていた。また、士官学校に通っているのは貴族や名家の子息が多く、怪我をさせると問題になる。それもあり、魔法士学校側は慎重にならざるをえず士気も低い。

「とりあえず接近戦に持ち込めば、特別なことはしなくても勝てる」

 その年の司令官役の上級生の号令に、ノーザレイは内心嘆息をもらした。作戦らしい作戦すらないとは話にならない。

 せっかく王都郊外の軍部の演習場を貸し切って行う、士官学校二百五十対魔法士学校二百五十の大規模演習だというのに、得るものがなければ時間の無駄だ――とはいえ、もちろん手を抜くつもりはないのだが。

 間合いを詰められあわてふためいている魔法士生を木剣でみねうちして制服の胸元に差してあった白い薔薇を散らすと、地面に転がす。

 演習を開始してすぐ、上級生たちの言っていたことが事実だということは十分わかった。魔法士学校側はとにかく近接戦に弱い。

 実際の戦場で貴重な魔法士が前線に配置されることはほとんどないが、ここまで弱いのは問題だ。同時に、相手が弱いとわかっているからと言って、闇雲に突撃するだけですませようとする士官学校側も問題だ。

 他の一年生といっしょに中央後方というもっとも手厚い場所に配置されたノーザレイは、周囲の状況を見て軽く眉をひそめる。

 自軍の先頭はあと少しで敵陣を捉えるだろうが、軍全体は細長く伸びてしまっている。魔法士たちに魔法使用の縛りがあり、接近戦にとことん弱いからこそ問題なく済んでいるが、実際の戦場ではここまで陣形の崩れた軍などたやすく潰される。

「押せ押せ! 体力の配分など考えるな。遠からず敵陣は陥落する!」

 ため息を押し殺しつつ、自分の組み込まれた小隊の隊長役の言葉に従って前進しようとした時だった。

「きゅ、急報!」

 自軍の伝令役の声があたりに響いた。

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