第3話 赤煉瓦

唐突だが仕事は楽しいか?もはや仕事は楽しいと思うことはなく、作業は楽しいと答えるだろう。仕事が楽しいというのは旧時代の言葉である。仕事は言われたことをやるだけで、中身まで知る必要はない。中身まで知ると、欲が出てしまうからである。欲を抑えるのは難しい。面白いことが頭に浮かんだとして、それを誰にも話さないのは意外とストレスである。ではなぜ人に話さないのか?ちょっとした話が火種となり、大火傷を負うこともある。コンプライアンスの問題だ。それならば最初から、頭に浮かばない方が良い。


今日は細胞に化合物をかけて、遺伝子にどのような影響が出るかを試験する。試験はQCRという方法である。最近ウイルスの検出でテレビなどでも良く耳にするあれだ。化合物が何かは知らないが、これをかけると細胞の顔が変わる。細胞が活性化しているのだろう。試験はまあ上手く行っている。


いつものように職場に行き、パソコンを開いて作業の手順を確認する。昨日はほとんど眠れなかった。画面を見ると少し目が眩むが、今日の作業に関する資料を印刷し、白衣に着替える。キャッキャと騒ぐ声が壁の向こうから聞こえてくる。何人かいるようだ。ここは2階で壁の向こうは駐車場に面している。駐車場に誰がいるのだろう?窓を開けて確認してみるが、そこには誰もいなかった。

それにしても、何だかいつもより音が大きいな。少し息苦しさも感じてきた。まるで喉が伸びてしまって、吸った空気が鼻から肺に入るのが難しい、そんな感じの息苦しさだ。実は最近ずっとこんな感じで、職場での息苦しさを感じていたのである。誰かに襲われているような感覚だ。

騒ぎ声が折り重なってはっきりとした言葉となって聞こえる。気持ち悪いと聞こえる。女の子たちの声だ。何だか歌声も聞こえてくる。思わずベクトルのやつをやってみるが、正直少し恥ずかしい。馬鹿馬鹿しいな。これ以上は作業するのも難しい。職場に来てまだ一時間も経っていないが、僕は職場を後にした。

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