この背中に翼をつけて。

青いバック

羽ばたかせて。

 私の体は貧相だ。痩せこけた体に、風に吹かれてしまったらポキッと折れてしまいそうな程に、弱々しい腕と足。細い腕を、天井に向けてあげると太陽が反射する。

 何かを掴みたくて、手をグーからパーにして開くけどそこには何も無い。あるのは、実体のない、生きるために必要な酸素だけ。


 狭くて、暗い世界。まるで、私を表すかのように世界も貧相に出来てしまっている。大きな夢を持って、水平線の彼方まで続く青空に羽ばたきたいけど、こんな背中に翼を生やしてもすぐに折れてしまうか、元々飛べる力を持たない翼のどちらかだろう。

 こんな私が夢を語っても、大言壮語。身の丈に合わないものだ、と言われるだろう。誰か一人でも、応援してくれる人がいれば。なんて、考えるけど自分が自分を応援出来てない時点で、そんな神様のような人は表れないのだ。


「おーい、薫! 今日も学校来ねえのか!」


 窓の外から近所の迷惑も考えない声量で、私に話しかけてくる人。神林かんばやし悟。ピシッと決め込んだ角刈り、こんがり焼いた肌、百八十センチはあるだろう背の高さは少しだけ威圧感を与える。

 カーテンの隙間から、神林の姿をちらっと見て、無視をしようとするけどアイツはまた話しかけてくる。


「おっ、今カーテンの隙間から俺の事を見たな! 返事ぐらいしろよ〜!!」


 うるさい。とても、耳障りだ。蝉時雨のようなうるささを、これ以上近所の人に聞かせるわけにもいかない。

 私は仕方なく、部屋の扉を開けて彼のいる外に足を踏み出す。


「……何?」


「よっ! 今日も学校に来なかったから、様子見に来た!」


「あんた、お節介って知ってる?」


「知ってるけど、今は知らない」


 神林は訳の分からないことを言う。実際、この会話をもう何回もしてる気がする。私が休む度に、彼は私の家に来てこうやって話をしてこようとする。早く途切れさせようとしても、マンシンガントークで場を繋ぎ止めてくる。


「……はぁ。今日は何用?」


「お前、いつになったら学級新聞の小説の続き出してくれるんだよ。俺待ってるんだぜ?」


「あんた、あんなの好きなの?」


 私の学校では、毎週学級新聞が発行されている。そこで私は小説家紛いのことをしていた。馬鹿にされて、私は学級新聞での小説投稿を辞めてしまったけど。

 それもそうだ。内容はお世辞にも面白いと言えない。そんな、小説を読んでいる人なんていないと思っていたが、彼が読んでいたとは。一番読まなそうな人なのに。


「おう、大好きだぜ。だから、毎回先生の元にこうやって来ているんだ。いわば、編集のようなもんだよ」


「私、頼んでないけど?」


「それでも来るのが編集の役目でしょ?」


「いや、知らないけど……」


 神林はいつから私の編集になったのだろうか。勝手にならないで欲しい。彼みたいな、人の心に土足でズゲスゲと上がってくる、非常識は編集には向いてないと思う。


「とりあえず、明後日! 明後日までが学級新聞の掲載物の締切だから! それまでに書いてきてよ!」


「明後日って……そんな早くに書けないよ」


「サボってた先生が悪い! じゃ、待ってるからな!」


 そう言うと、神林は私の家から去っていった。毎回、嵐のような人だ。でも、なんで私書けないよ、なんて言ったんだろう。

 いや、待っていたんだろうな。読んでいると言ってくれる人を。心の底では捨てたはずの気持ちは、まだ捨てきれてなかった。


 待っている人がいるなら書こう。これでも私は小説家紛いの人だ。私は部屋に戻り、止めたはずのペンつばさを羽ばたかせていた。

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