第14話  左大臣の息子


先程からシェリの顔がとても怖い。



騎兵団を離れた後、私はシェリと共に女神の間へと戻って来ていた。

道中、彼はそれはそれは機嫌が悪かった。



「ユーリは昔からああなのだ。俺以上にたちが悪かった。


リリィ、あの顔に騙されるなよ。あいつは女癖がすこぶる悪い。俺の知る騎兵団の男の中でも特にだ。」



あの可愛らしい笑顔に、私も無防備になってしまっていたらしい。



「リリィ、とにかくユーリだけは絶対に駄目だ。今も付き合ってる女が一人や二人ではないはず。

騎兵団の中にはあいつに女を取られて恨んでいる奴等もいる」



ダメも何も、私は今日初めて会ったばかりだし、ユリウスのことなど全く知らない。


でも先程の彼は、どうやら私と女神の秘密を知っているような口ぶりだった。



「聞いているのか、リリィ」


「え?あ、聞いてるよ!」


「其方はどんな者にも慈愛を向ける。それは美徳だが、無防備すぎるのが玉にきずだ。

頼むからもうこれ以上心配させるのは止めてくれ」


シェリが額に手を添えながら、深いため息をついている。



(こうやってシェリにも心配をかけてる。

あの人には極力、関わらないようにしよう)



改めてシェリにそれを伝えようとしたが、

私たちが戻ってきた様子に気付いた侍女たちが女神の間から姿を現したので、私は言葉を思わず飲み込んでしまった。




「……それではリリアナ様、今日はゆるりとお休み下さい。また明日お迎えに上がります」


シェリもまだ、何か言い足りない様子だったが、侍女たちの前でこれ以上その話は出来ないと判断したためか、きびすを返し、再び騎兵団本拠地の方へと戻って行った。




"今の王国では忘れ去られた女神様の秘話だったんです"


"それではまた明日。

リリアナ・"マリンクロード"様"



マントの揺れるシェリの後ろ姿をしばらくの間見つめていたが、私の頭をかすめるのは、妖しく囁くユリウスの言葉たちだった。







「海人騎兵のユリウス様ですか?

あの方は守護者である左大臣一族の跡取り様ですわ。


お顔は少女のように可愛くていらっしゃるのにいざと言う時は男らしいと、そのギャップにやられる女性が後を絶ちませんの!」


「甘え上手な男性で、どちらかというと年上の女性からアプローチをされることが多いようです。

独身でいらっしゃるし、殿下方と同じくらい人気のある殿方ですわ」


「でも、この間は少しトラブルがあったようなのです。というのも、ユリウス様の新しい恋人だと名乗る女性が、前にお付き合いをされていた男性とまだ切れていなかったとか。

それに怒った男性が彼の所へ乗り込んできたそうなのですが」



モネとルルは顔を見合わせて頬を赤らめさせる。



「なんと!ユリウス様はその男性をも虜にしてしまったのですって!

その方は以後、彼の所へ足繁く通い、なんとか口説こうとしているそうですよ」



さすが、何というか、侍女たちの情報網はすごい。そして、ちょっとびっくりすることも多い。



「一時はラドシェリム殿下とユリウス様が想い合われていると噂されていたこともありましたわね」



えええっ……

その噂話、二人の耳には入らなかったのだろうか。

ユリウスはともかく、シェリが間違いなく憤慨ふんがいしそうな話なのだが。



「でも、ちょっとお似合いでしたのよ。

ラドシェリム殿下は上背もあってとても男らしくていらっしゃるし、ユリウス様は小柄な上あのような容姿で、まるで女性のようでしょう?

それにお二人ともとても美しくて……


美男美女の、お似合いのカップルでしたわ!」


ついに侍女たちの中ではカップルになってしまった。

もしかして、以前聞いたシェリの本命が実は男性だったという噂は、ユリウスとの噂のせいだったとか?



……でも。ちょっと納得してしまいそうなくらい、お似合いな気もしてくる。

シェリには口が裂けても言えないけれど。



私はベッド横にあるサイドテーブルへと視線を移した。そこに置かれているのは、一冊の古書。


テティスについての記述を見つけて以来、私はずっとこの古書を借りている。

もしユリウスがこれを読んだというのなら、私よりも前に、彼は女神の秘密に気付いていたということだ。


左大臣の子息ということは、あの園遊会にも出席していた可能性がある。

もしそうなら、私がトリンティアたちに名を名乗っている時も、きっと近くにいたはずだ。




モネとルルが明日の朝食準備のため部屋を後にすると、私はポスン、とベッドに突っ伏した。



(明日の護衛はシェリじゃなくて、ナプティムウト様だもの。きっと、ユリウス様からの、何らかの接触があるだろうな)


シェリに余計な心配はかけたくはないが、女神のことを知られている以上、私も彼のことを無視できない。



国王との謁見があり、その後ユリウスの一件があったせいか私は思ったよりも疲れていたようだ。

一度大きく息を吐き出した後、私はゆっくりと目を閉じ、そのままうとうとと寝入ってしまった。






「あ!おはようございます、女神様!

今日からよろしくお願いしますね」


翌朝、書類仕事部屋を訪れた私を、ニコニコと出迎えてくれたのはユリウスである。



「ユーリ。今日はシェリがいないからといって、リリアナ様にくれぐれも無礼を働かないように」


「えーっ、無礼だなんて人聞きが悪いですよ、団長!

僕は女神様と仲良くなりたいだけなんですから!」


ユリウスは頬を膨らませてナプティムウトに文句を言っている。



「……あはは。こちらこそ、今日からよろしくお願いします、ユリウス様」


「やだなあ女神様。そんな他人行儀な呼び方しないで、僕のことは是非ユーリって呼んで下さいね!」


「え、ええっと」


「僕もシェリみたいに、"リリィ"って呼んでいいですか?あと、二人の時は敬語もなしでいい?」



もう、なしになっている。

どのような対応が正解なのかが分からない今、拒否も出来ない。



「はい、大丈夫です」


「もー、敬語ナシなのは君もだよ!

あと、僕の名前も呼んでみて」


「あ、えっと……ユーリ?」


「うん!」


彼はニコニコと笑顔である。

この笑みの意図はまだ判明しないが、とりあえず彼は満足したようだ。



「はあ、ユーリ。シェリに殺されないようにね」


「ははっ、怖い怖い!」


そう言って、ユーリは自分の席へと帰って行く。

私は午前中、この部屋では味わったことのないような緊張感に包まれながら、書類仕事を行った。

しかしユーリが私へと接触してくることは、一切なかった。




そろそろお昼前ということで、私はいつものように席を立つ。

書類仕事組のランチを作るため、ナプティムウトと共に食堂へと向かおうとした時、突如数人の騎兵団員たちがどこか慌てた様子で、この部屋へと駆け込んで来た。


どうやら長剣部隊の複数人が、訓練中に脳震盪のうしんとうを起こしたようだ。

今はシェリが処置に当たっているみたいだが、普段その部隊の指揮を取っているのはナプティムウトなので、出来れば彼にもその様子を見にきて欲しいとのこと。



「リリアナ様、申し訳ございません」


「とんでもないです!早く行ってあげて下さい。私もお祈りを唱えますね」


「……恐れ入ります、すぐに戻ります。

ネレオ、今日は君が彼女のお手伝いをしなさい」


ナプティムウトは私を残して行くことに躊躇ちゅうちょしていたが、緊急事態である。気にせずに行って欲しい。



彼らを見送り、お祈りを唱えた後は、騎兵団の人たちを心配しつつも、ナプティムウトに指名されていたネレオへと向き直る。



「ネレオ、申し訳ないんですけど、一緒に食堂へ来てくれますか?」


「お供なら僕がしますよ。こう見えても料理は得意なんです!」


しかし、ネレオの代わりにそう答えたのは、彼の後ろからひょっこりと顔を出したユーリだった。



「えっと、でも」


「女神様、ネレオを連れてくのは止めておいた方がいいですよ。この人ほんっとに料理出来なくて、彼が食事担当の時は決まって生魚のブツ切りのみですから」


「……ユリウスのおっしゃる通りです、リリアナ様。申し訳ございません」


「ね、早く行きましょう?お昼終わっちゃいますよ」


私は半ばユーリに引きずられるようにして部屋を後にした。

そして、そのまま彼にエスコートされて食堂への道を歩いて行く。



(ううっ、気まずい……何から話せばいいんだろう)


ユーリは女神の秘密を本当に知っているのか、あるいは一体どこまでを知っているのか。


それをどうやって探るべきか頭を悩ませていると、不意に彼が私に目線を合わせてコテン、と可愛らしく首を傾げてきた。



「ねぇリリィ。君はシェリと付き合ってるの?」


「シェリとは……って、ええっ?!」


あまりに唐突な質問に驚き、私は少し声が裏返ってしまった。



「あ、えっと、ううん。付き合ってないよ」


「そっか!なーんだ、良かったー!」


そう言ってユーリはまたニコニコと笑顔になる。



「僕、初めてリリィを見た時からずっと可愛いって思ってたんだよね。

肌が白くて、髪も瞳もすっごくキレイでさ。


でもいっつもシェリがへばり付いてるから、本拠地でも全然声をかけれなかったんだ。


あ、この間の食事会、僕も参加させてもらったよ。どれも美味しかった!」



……どう反応すれば良いのだろうか。

シェリが、ユーリは女癖が悪いと言っていたし、侍女たちからは彼には最近新しい恋人が出来たとも聞いている。



「……あはは。ありがとう」


「あーっ、お世辞だと思ってる!

それに、シェリから何か変なこと吹き込まれてるでしょ」


「そ、そんなことないよ」


「えー怪しいなぁ。

言っとくけど僕、今は恋人なんていないからね。リリィが誰とも付き合ってないなら恋人に立候補するー!」


「……軽いね」



そんなやり取りをしていると、あっという間に食堂へとたどり着いてしまった。

彼が道中、女神の秘密について何も触れてこなかったことも、逆に拍子抜けである。


なので、私はいつものように厨房へと入って、食事の準備をしようとした。

訓練時に少しトラブルがあったせいか、本日はまだ食事当番の人たちが来ていない。



「あ、そうそうリリィ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」


「なに?今日のメニューのこと?」


「違う違う!



君の足のこと。

どこか不都合なところはない?歩くのは平気そうだけど、泳げなかったりさ」



突然に降ってきた予期せぬ爆弾。

私はそれを受け止めきれず、思わず食材も一つ落としてしまった。



「あ、ビンゴだったりする?


あとさ。君、古書を一冊持って帰ってるよね?この王国を作った女神様のお話が載ってるやつ」



食堂へ着くまでは、私も彼のことを少なからず警戒していた。でも、何事も起こらず拍子抜けして、厨房へ入ってからは大分と気が緩んでいた。



唐突に不穏な空気が漂い始め、背中にはいく筋かの冷たい汗が伝う。

ユーリの方へと眼を向けると、彼はそんな私を見て、妖しく微笑んでいた。



「リリィも、もう知ってるよね?


テティス女神様が "マリンクロード"、"足の悪い海の人"だってこと」



こちらへと歩いてきたユーリが、私を厨房台へと追いやった。

彼は私を囲い込むよう台に両手を付くと、ゾクリとするような低い声でこう囁いた。



「大丈夫、誰にも言わないよ。

テティス女神様がこの王国を捨てたことも、海魔がその女神様の血縁者だってことも。


もちろん、リリィが二人の血を受け継いでるってこともね」



私の身体はほんの少し、震えていた。



「……私に、何をするの」


「えー何もしないよ。ほら、そんな青ざめた顔しないで!


でも、僕のお願いを一つ聞いて欲しいんだ」



シェリとは違った、彼よりも色素の薄い金色の瞳が私を見据えている。





「僕の恋人になってよ、リリィ。

大事にするからさ」


ユーリは私の髪を一房掬すくうと、そこにゆっくりとキスをした。








「ユーリがリリアナ女神様の恋人になったって噂は本当か?!」


「俺は……俺は見てしまった。

昨日、あいつとリリアナ様が厨房から仲睦まじく腕を組んで出て来られたのを」


「ラドシェリム副団長じゃあなく、ユーリがリリアナ様の本命だったなんて……」


「じゃあ騎兵団一、いや王国一の色男が、まさか振られちまったってこと?!」


「ユーリのやつ、一体どうやって女神様をたぶらかしたんだ……」



翌日の騎兵団は、もっぱらこの話題で持ち切りだった。




「いやーこの騎兵団の情報網ってすごいね。付き合う寸前って言ったおいたらこの有様!」


「貴様、恥を知れ……!虚言を言いふらすなど、言語道断だ!」


「嘘じゃないよ?近々そうなる予定だもん。ね、リリィ」


「"リリィ"、だと?!」



シェリとユーリの掛け合い合戦が、ここ、書類仕事部屋にて行われている。


そして当の私はというと、一人ぐったりとしている状態。

出勤時からずっと、自分のデスクで頭を抱えている。



(仲睦まじく腕を組んでたって……

エスコートの手を腕に添えろって、脅されただけなのに)



ちなみにシェリが今まで見たことのないような恐ろしい剣幕で、今にもユーリを殴りかかろうとしている様子が、私の視界端に映っている。



「今すぐ訓練場まで行って訂正して来い!」


シェリの怒号が部屋の中に響き渡る。



「ユーリ、君は本当に困った子だね。

私が目を離した隙に一体何をやらかしたんだい?


申し訳ありません、リリアナ様。

団長として責任を持って、私が騎兵団の者たちに訂正をして参ります」


「えー本当に恋人になる予定なのに」


「貴様、まだ言うか!!」


ついに、シェリがユーリの胸ぐらをつかみ出した。

ネレオとマルフェスが止めようとしたが、シェリの怒りは収まらないようだ。



「ユーリ! 本当にどう言うつもりだ!」


「どう言うつもりも何も、僕がリリィを好きになっちゃっただけだけど?


シェリこそ、リリィとは付き合ってないんでしょ?だったら僕にそんなこという権利なんてないよね」



ぐぬぬと押し黙るシェリを横目に、ナプティムウトが大きく息をついた。



「君は今まで、リリアナ様とは何も接点なんてなかっただろう?

女神の愛し子として好きだと言うなら、シリスハムとなんら変わりないよ」


「無粋ですよー団長!

好きになるのに理由なんてありますか?


それに僕はリヴァイアサンの討伐も、この前の夕食会にも参加してますよ。


守護者一族でもあるし、リリィのことは彼女がこの海に来た時から知っています」


ユーリはそう言って、いつものようにニコニコと笑っている。



ユーリの意図は相変わらず読めない。

しかし、女神の秘密を公表しない代わりに交際を要求するということには悪意を感じてしまう。



「リリィだって、僕のこと満更まんざらでもないでしょ?

キスしちゃうくらいの仲だし。あ、言っちゃったー」


ユーリはてへっと舌を出しているが、全く悪びれる様子もない。

しかも、今のは語弊があり過ぎるだろう。

私は思わず椅子から立ち上がってしまった。



「誤解を招くような言い方しないで。あれはユーリが勝手にしただけでしょ?髪に!」


「……ユーリ、貴様」


「シェリ、落ち着きなさい。

騎兵団員同士の私闘がご法度なことは、副団長である君はよく知ってるね?


とにかく、ユーリはしばらく出勤不可だよ。

騎兵団がまともに機能しなくなる」


「ええーひどいですよ、団長まで」


「今日はみんな仕事どころじゃないね。

ネレオとマルフェスはもう訓練に合流しなさい。シェリはリリアナ様を女神の間へ送った後、顔を出すように。


ユーリ、君には三日間の謹慎を言い渡す。

反省文を書いてもらうから、今から私の部屋に来なさい」


お疲れ顔のナプティムウトだが、ユーリにはしかと罰を与えるようだ。



「ははっ!最初っから飛ばし過ぎちゃったかな?


でもリリィ、僕は本気で君が欲しいんだ。

シリスハムみたいに馬鹿な真似はしないけど、どんな手を使ってでも君のことを手に入れるから覚悟してね。

まあ、きっと君は僕を選ぶだろうけど。


じゃあね、リリィ」



そう言って、余裕の笑顔で去って行くユーリ。

私はその後ろ姿を、ただただ呆然と見送ることしか出来なかった。







「……シェリ」


「……」


「シェ、シェリ?」


「聞こえている」



騎兵団の本拠地から女神の間へと帰る道中。

もう随分と歩いた気もするが、シェリは未だ私の方を見ようとしない。



「シェリ、怒ってる?」


「怒っていないように見えるか?」



シェリが怒るのは当然だ。

不本意とはいえ、ユーリには近付かないようあれほど忠告を受けていたというのに。



言い訳することも出来ず、私が謝罪の言葉を口にしようとした時、不意にシェリがその場に立ち止まった。




「……ユーリに何を脅されている」



シェリのその言葉に私はビクリと肩を上げ、彼の方を見やった。

表情は非常に厳しく、金の瞳は何かを探るよう私を捉えている。



「気付いていないとでも思っていたか?


其方がユーリの発言に物申したのは、あのキスのことだけ。

恋人になるという馬鹿げた話には、何も触れようとはしなかった。


その条件と引き換えに、其方が脅嚇きょうかくされたことは一体何だ」



一瞬、私は言葉を失った。


何というするどさだろう。

つくづく、彼には隠し事など出来ないことを思い知らされる。

リヴァイアサンの時も、私の作り笑顔とその場 しのぎのあつらえ態度に気付いたのは、彼一人だけだった。



女神の秘密を打ち明けなければという思いと、彼に嫌われたくないというずるい考え。


それが天秤にかけられると、どうしてもまだ、後者へと傾いてしまう。



「……何も脅されてない。ユーリにただ、付き合って欲しいって言われただけだよ」


「……其方一人だ」


「え?」



「リリィだけが "ユーリ"と呼ぶ。

親族にすらそう呼ばれることを嫌っているからだ。


それに、王族や親族以外の女には全て、"ユリウス様"と敬称を付けさせたがる。


昔、あいつの愛を独占しようと皆の前で愛称で呼んだ女がいたが、その者は即捨てられた。

理由は "無礼"。



"ユーリ"と呼ぶことを許された女は、本当に其方が初めてなのだ」


シェリがさらに眉を寄せ、そう言葉にする。



彼のことを愛称で呼んでも良いのは、私だけだということ……?


私はユーリのことを全然知らない。

だって、二日前に初めて会ったばかりなのだ。


愛し子に近付くためか、それとも何か他に理由があるのか。




すっかり表情を無くしてしまった私を見て、シェリがふぅ、と小さく息をつく。



「リリィ、悩ませてすまん。

其方の前であいつと二人、騒がしくしたことも悪かった。


さあ、女神の間へ急ごう。今日はゆっくり休んでくれ。明日は兄上が其方の護衛をする日だが、俺が付く。


今のリリィを、誰かに任せたくない」



私へと心配と、隠し事への疑問。

それと、ユーリと私の、どこか海霧に包まれたはっきりとしない関係性への不安。


今のシェリからは、そんな複雑な心情が見て取れる。



シェリに、こんな顔をさせたいわけではなかったのに。




うつむく私の手を取り、シェリが歩みを促した。


それから女神の間に着くまでの間、私たちは一言も言葉を交わさなかった。






------



「リリィ、どうして忘れてるんだよ。


"あの日"、また会おうねって言ってくれたのに」



謹慎を言い渡されたユーリは騎兵団の宿舎ではなく、エーギル一族の館へと戻って来ている。

ユーリは自室にあるベッドの上で仰向けになりながら、ゆっくりとその瞳を閉じた。


彼の脳裏に浮かんでいたのは、幼い人間の少女が、"汚れた"己を躊躇ためらうことなく抱きしめ、優しく微笑んでくれる姿。



「あの時、絶対にリリィを守ると決めたんだ。

……僕は、あの子に救われた。


ただの、女神の愛し子としか見ないような男たちに、リリィは絶対に渡さない。



僕が愛しいと思うのは、あの子そのものなんだ」




"あの日"、一人の幼い少女が自身にくれた大切な言葉たち。


それが人生の分岐点となった。

変わらなければ。

彼女に恥じない生き方をしなければと思った。



地上の煌々こうこうたる太陽のように。


今度は自分こそが、孤独な彼女の唯一となれるように。



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