第10話 古書
(幕間)
聡い彼女は、己の心内を誰にも見せまいとする。
"女神の愛し子"としての役目を、必死に果たそうとしている。
これほどに健気な姿を目の当たりにして、どうして愛おしいという気持ちが抑えられるだろうか。
姉兄に指摘されていた恋情も、
心に募った彼女への想いも、
己はもう、完全に認めざるを得ないのだ。
------
「リ、リ、リリアナさまぁ!」
「カイリ、ただいま!」
王宮に帰還するや否や、私は駆け寄ってきたカイリに抱きつかれた。
彼はずっと、私の帰りを待ってくれていたようだ。
「ううっ。リリアナさま無事で良かった。
ケガも、ごめんね。オレのせいで……」
「カイリのせいじゃないよ。
それに、傷も全然へっちゃらだから。
守ってくれてありがとう。カイリ、カッコ良かったよ!」
カイリの頭を撫でながら笑顔でそう伝えると、彼は頬を赤らめながら、ますます私にぎゅっと抱きついてくる。可愛すぎる。
「オレ、リリアナさまが大好きだよ。
もっともっと強くなって、これからも悪いやつからリリアナさまのこと守るから!」
「ふふっ、ありがとうカイリ」
何とも可愛らしい告白に、私はとても微笑ましい気持ちになる。
しかし。
私たちがキャッキャと楽しそうにしている様子を、後ろから生温かい目で見ている男性が一人。
「あはは。シェリ、思わぬところでライバル登場だね。リリアナ様も嬉しそうだし」
「敵が多いのは、もう承知の上です」
ナプティムウトがくすくすと笑い、その横でシェリが遠い目をする。
私の元気な姿を見てほっとしたのか、カイリは嬉しそうに、彼の付き添いらしき民の人たちの所に戻って行った。
そして……
「リリアナ様!」
「トリンティア様!ご心配をおかけしてすみません」
「いいえ、いいえ……!よく、ご無事で……」
トリンティアは私の手を取り、涙ぐんでいる。彼女が心から心配してくれていたことが伝わってきて、心がじんと温かくなった。
中庭では国王を始め、他の王族の人たちも私のことを出迎えてくれた。
「リリアナ様、本当にご無事でようございました。お怪我の具合は?」
「国王陛下、ご心配をおかけしました。
怪我のこともお気遣いいただいてありがとうございます。血も止まっていますし、大丈夫です!」
私はそう言って、心配しくれる皆に微笑む。笑顔を、作る。
(もう少し、我慢)
実は正直、右腕の傷はどんどん痛みが増しているのだ。手当てといえば私の簡単すぎる応急処置のみなので、当然と言えば当然だ。
けれど「強くあれ」と自分自身に言い聞かせて、何とか耐える。
冷や汗を隠しながらも私は笑顔のまま、右腕を少しさするのみに留まった。
すると、後ろに控えていたシェリが、またもや突然に私を抱き上げてきた。
ぎょっと驚く私のことなどお構いなしに、彼は王宮に集まる人々を見渡すと、急くように淡々と言葉を述べていく。
「取り敢えず、リリアナ様のご無事な姿は皆様にもお見せしました。
これより女神の間へとお連れして、お怪我の処置に移ります。そのため今日のところはこれで失礼を。
リリアナ様、行きますよ」
「あの、ラドシェリム様。自分で歩けますので大丈夫です」
怪我をしているのは腕だし、歩くことは可能だと伝えると、
「ほう。怪魚との一悶着でお疲れかと存じ、俺がお運びしようと思ったのですが?
リリアナ様は泳ぐことがあまり得意ではないとおっしゃられていたはずなので。
普段ならまだしも、もしやそのご様子で、女神の間までご自分で歩いて行かれるおつもりだったのですか?」
"怪我を痩せ我慢しているくせに、其方の遅い歩みのせいでさらに処置を遅らせるつもりか?"
厳しいお言葉と共に、これまたごもっともな幻聴まで聞こえてくる。
こ、怖い。
もう成人しているのに、何だか子供に戻って大人に怒られているような感じだ。
「えっとすみません……ラドシェリム様が泳いで運んで下さる、ということですよね。
あの、ではよろしくお願いします。
皆様も、早々にすみません。また改めてご挨拶に伺いますね!」
シェリの腕に抱かれたまま、私が皆に別れの挨拶をすると、トリンティアは少々呆れながら、国王は少し慌てながら、そしてナプティムウトは微笑ましげに、私たちのこと見送ってくれた。
カイリや民の人たちは心配そうにしながらも笑顔で手を振ってくれたのだった。
「あの子、確かリリアナ様への想いを自覚したのよね?」
去っていくシェリたちの後ろ姿を眺めながら、トリンティアが隣に立つナプティムウトへと言葉をかける。
「ええ、そのはずですよ」
「全く……どうしてあんな意地悪な言い方しか出来ないのかしら」
「ライバルが多そうですから。
それに、リリアナ様が怪我の痛みを我慢していることが分かっていたからでしょうね」
「……楽しそうね、ティム」
「おや?そうですか?」
トリンティアの瞳に映っていたのは、眩しそうに、微笑ましそうに、それでいてほんの少し、羨望が見え隠れするナプティムウトの姿。
「あなたはまだ、次の恋はしないの?」
「……そうですね。難しそうです」
「そろそろちゃんと前を向きなさいな。弟に先を越されてしまうわよ」
「はは、姉上は容赦がないですね」
ナプティムウトは視線を落とし、自身の左腕を見やる。
そこに巻かれているのは、漆黒の糸で編み込まれた美しい艶やかなブレスレット。
彼はそれを、そっと一撫でする。
「海人族の男は皆、
ナプティムウトの表情には少し影が落ちていたが、彼はそれを打ち消すように、すぐさまいつもの穏やかな笑みを浮かべたのだった。
------
シェリは私を抱えたまま王宮を離れ、女神の間へと走り泳いで行く。
「リリィ、痛むか」
「腕のこと?
ただ布を巻いただけの応急処置だから、少しね。これってやっぱ、縫わなきゃだめなのかな……」
「当たり前だ。それでも傷が残るかもしれない」
「そっか……。でも、それで誰かの命を守れたなら全然いい」
「……俺が良くない」
「ええっ?何でシェリが私の傷跡なんて気にするの!」
私はそう言って笑い飛ばした。
守人である彼は此度の事件にかなりの責任を感じているようだった。
なので、私は敢えて明るく返しておいた。
「シェリ、そう言えばシリスハム様たちは?」
私を抱える彼の腕に、少し力がこもる。
「兄弟共に、騎兵団の地下牢に幽閉してある」
「……地下牢なんてあるの?」
「其方には敢えて教えていなかったが、右棟の食堂下、地下2階がこのマーレデアム王国の地下牢になっている。
事件が悪辣すぎる故、恐らくあの兄弟に死刑は
シリスハムたちがしたことは決して許されることではない。
王国民たちの命を危険に晒したことはもちろんだし、後一歩シェリたちの到着が遅ければ恐らくは私も今ここにはいない。
それでも、私が関わることで誰かが死ぬかもしれないというのはあまり考えたくない。
思わず眉を寄せ少し俯いてしまうと、シェリが
「こんな目に合わされていて何を気にすることがある。
リリィが今案ずることは、自身の怪我のことだけだ。余計なことを気に病むな」
シェリはピシャリと言い放ち、私を見据える。
確かに、彼らの犯した罪ははかり知れないと思う。一歩間違えれば、多くの人が命を落としていたかもしれない。
……でも、誰かが死んでしまった訳ではない。
今はそれ以上何も言えず、私は自身の手を握りしめることしか出来なかった。
------
「リ、リリアナ様?!」
「何というお
女神の間に着くと、顔面蒼白になっている侍女二人がリリィを引きずり込むようにして、すぐさま部屋の中へ連れて行こうとする。
「殿下はテラスでしばしお待ち下さいませ!」
「傷を縫わねばならん。俺がいなければ処置が出来ないだろう」
「リリアナ様を先に湯殿へとご案内するのです!こんなあられもないお姿を、殿方の前にずっと晒しておくなんてとんでもございません!!」
くわっ、と目を見開く侍女二人に圧倒され、シェリは思わず後ずさった。
あの怪魚を遠ざけた直後はそれを気にするどころではなかったが、確かに今のリリィは少々目のやり場に困る。
ドレスは破れ背中はパックリと空いているし、裾は膝上で結ばれていて白い足が剥き出しになっている。
シェリのマントがなければ、確かにあられもない姿かもしれない。
「……気が利かなくて悪かった。リリアナ様をよろしく頼む」
シェリがリリィから視線を逸らしてそう言葉にすると、
「ラドシェリム様、あの、マント。ありがとうございました。
……ごめんなさい。やっぱりもう少しだけお借りします」
侍女たちの言葉を聞いて少し気まずくなったのか、リリィは顔を真っ赤にしながらもう一度シェリのマントを羽織った。
そして唇をギザギザに結びながら、そそくさと女神の間へと入ってしまったのだった。
テラスに一人残されたシェリは、壁にもたれかかり上方を仰ぎ見る。
そして、小さく息をついた。
騎兵団の者たちにリリィのあの姿を見られなくて良かった。
リリィは色々と、本当に危ない。
シェリの脳裏には、恥ずかしそうに頬を色付かせるリリィの姿がある。
表情がコロコロ変わる百面相は出会った時から変わらない。
見ていて面白いし、飽きない。
だが、自身の気持ちを自覚している今、それに加わる気持ちもある。
可愛い。愛おしい。彼女にもっと、触れたいとも思う。
「……これは、色々とまずいな」
シェリは片手で顔を覆い隠し、今度は深く、深く息を吐く。
女を知らないわけではない。
むしろ知りすぎて、少し面倒に思っていたくらいだった。
しかし、長く生きてきた中でも味わったことのない、この何とも不思議な、幸福と息苦しさが合わさったような感覚に、シェリ自身も
戸惑った。
リリィのことを想う彼の "耳ビレ" は、先程の彼女と同じ程に、赤く染まっていた。
------
お披露目から二週間が過ぎた。
私は今日も元気に騎兵団本拠地へと出勤している。
右腕の裂傷は炎症も治まり、そろそろ抜糸をしてもいいのではないか?と思えるくらいには傷も小さくなっている。
驚いたのは、この傷を縫ってくれたのが、まさかのシェリだということ。
シェリは医術の心得もあるらしく、騎兵団の人たちが怪我をした際は救護に回ることもあるそうだ。
私が感心し、尊敬の眼差しでシェリを見つめたところ、誰もやろうとしないから自分が医術を覚えただけだと、少し照れくさそうに言った。
ちょっと、シェリは色々と背負い過ぎている気もするが、そんな理由で習得してしまうのだからすごい。
……うん。私もこの国と女神の愛し子について、ちゃんと勉強しよう。
お披露目後から一週間は安静を言い渡されたが、今は騎兵団の書類仕事も再開している。
怪魚の種類も名称も、随分と覚えたものだ。
「リリアナ女神様、この文書はどこにまとめておきましょうか」
「沈没船の捜査記録ですね。それはこの棚に分類しておきましょうか、ネレオ」
「リリアナ様!怪魚の画が上がりました!」
「わぁ、マルフェスは本当に絵が上手ですね」
私は現在、同僚?が二人いる。
彼らは二人とも騎兵団所属だが、どちらかと言うとデスク仕事が得意なようで、毎日生き生きと仕事をしている。
それもそのはず。
この二人は、先日にシェリが行った恐ろしく厳しい面接を見事に突破したという、とても優秀な人たちなのだ。
おかげで、シェリとナプティムウトはこの書類仕事場に交代で来ることが出来るようになった。
無論、私の出勤時に合わせてではあるが。
お披露目での事件以来、王家の人たちがとても敏感になっており、私は基本、彼らのどちらかと一緒に行動している。
「団長と副団長も、お二人が来て下さってとても助かってるって言われてましたよ」
「恐れ入ります。今は騎兵団所属ですが、もともと文官志望でしたのでやりがいがあります」
「午後からは訓練に参加せねばなりませんが、この資料だけは何とか午前中にまとめてしまいますね!」
ネレオもマルフェスも、完全なる内勤ではないため、訓練や調査でここを抜ける時ももちろんある。
忙しい二人がここで食事を取れるように何か手でつまめるようなランチを作ろうと、私は席を立った。
「お待ち下さいリリアナ様。俺がお供いたします」
資料に埋もれた机からひょっこりと顔を
本日の書類担当は彼であり、午後からもここで一緒に仕事をすることになっている。
私とシェリは右棟へと渡り、食堂を訪れた。
私もたまに食事作りを担当することがあるが、騎兵団の人たちは本当によく食べる。
いつも全部綺麗に平らげてくれるのでとても作りがいがあるのだが、私が料理をする時は何故か必ず、厨房の中にまでシェリが付き添うのだ。
他の当番の人たちを威圧しながら食材を切る彼の姿はなかなかシュールではあるが、手際も良く、それでいて彼の料理はとても美味しい。
「うーん。ラドシェリム様って、ほんと何でも出来ちゃうんですね」
「そんなことはありません。苦手なことももちろんあります」
「例えば?」
「……」
シェリが少し目を泳がせているところに、今日の食事当番の人が私たちの会話に入ってくる。
「女神様、副団長の不得手は絵を描くことですよ!風景画に人物像、どれも本当に壊滅的なんです」
「……貴様」
「だって本当のことじゃないですか。
この前書庫で資料を探していた時に、
団長に一体誰の作画なのか聞いてみたら、それは副団長が一生懸命に描いたものだと教えてくれましたよ」
その話は大変に興味深い。
「それは是非私も見てみたいです!
絵の得意なマルフェスが来てくれて良かったですね、ラドシェリム様」
「……貴様、後で覚えていろ。
あと、リリアナ様は見られなくて結構です」
シェリはそう言いつつ、その情報を教えてくれた騎兵団員の身体を脇下からガシっと
「痛いですよ、副団長!女神様助けて下さい!」
「今のはお前が悪い。もっとオブラートに包まないと」
「そうだそうだ。いくら副団長の絵が下手クソだろうが、男の威厳は保って差し上げないと!」
「貴様ら寄ってたかって……」
シェリの滅多に見られない部下の人たちとの触れ合いに、私は思わず笑顔になる。
シリスハムのような人ばかりではなく、ちゃんとシェリが心を許せる人たちが騎兵団にはいるのだと思うと、何だかとても羨ましいし、それでいて私まで嬉しくなった。
食事当番だった騎兵団の人たちに挨拶をし、私とシェリは、書類仕事組用に取り分けた食事をお盆に乗せ、再び左棟へと移動する。
道中、シェリが何やらこちらをチラチラと気にしていたので、私は彼に視線を合わせ少し首を傾げた。
「……リリィには見せんぞ」
「え? あ、さっきの怪魚の絵のこと?
いいじゃない、減るもんじゃないし」
「そのせいでマイナスになるのは困る」
「マイナス?」
「あの壊滅的な絵のせいで、其方からの評価を落としたくない」
「評価?それって、シェリに対する評価ってこと?」
彼は私からの評価などを気にしているということだろうか。
うん?何故急に?
女神の愛し子から良い評価を得ないと、王家で何かまずいことでもあるのだろうか。
「何かあったの?」
「……にぶい其方には一生分かるまい」
シェリは少しばかり疲れ顔になりながら私の持つお盆もひょいと持ち上げると、スタスタと前を歩いて行ってしまう。
ここ最近、ずっとこんな調子である。
シェリの様子が明らかにおかしい。
リヴァイアサン事件以降、どこかよそよそしいし、エスコートの時も全くこちらを見なくなった。
もしや私、知らない間に何かしでかしたのだろうか。
いや、知らない間どころか思い当たる節など山ほどありすぎる。
行方不明になり、腕に裂傷を作り、そして海人騎兵を一気に二人幽閉させるという事態。
(シェリも最初は心配してくれてたけど、しばらく経って今じゃ呆れに変わったのかも)
しかしそれなら何故、その呆れている相手の評価など気にするのだろう。
(うーん、謎)
答えは出ないままだが、シェリが右塔の入り口で待ってくれていることに気付き、私は慌てて彼のもとまで駆けて行った。
「ネレオ、マルフェス、お待たせしました!」
「お帰りなさいませ」
「おおーっ今日も
お二人とも、ありがとうございます」
「そう言えばリリアナ様、これは何という料理ですか?食堂でも気になっていたのですが」
「これは"サンドウィッチ"です。簡単だし、持ち運びにも便利ですよ。
あと、お行儀はあまり良くないけど、忙しい時なんかはこれを片手に書類仕事も出来ます」
「なるほど。それに
四人でわいわいと食事を取った後は、ネレオとマルフェスが騎兵団の訓練場へと向かっていった。
今この部屋にいるのは私とシェリだけだ。
「ねぇシェリ。この怪魚についての文書をまとめたら、少し書庫を見せてもらってもいい?」
「もちろん良いが、何かあるのか?」
「うん。マーレデアム王国についてと、愛し子の祝福のことをちゃんと勉強したいの。
お祈りの言葉を知っていたら、もっと王国のために役立つことが出てくるんじゃないかなと思って」
何の罪もない王国民の人たちを、もう私のために危険に晒すようなことはしたくない。
「ただ守ってもらうばかりの女神の愛し子なんて申し訳ないからね」
「……其方は本当に」
「え?何?」
「何でもない」
シェリは少し眉を寄せ、小さく息をついた。しかし彼の
本日分の書類仕事を終わらせた私は、早速マーレデアム王国に関する古書を広げ、王国の歴史を学んでいく。
古書らによると、もともとこの王国は、"テティス海女神"というある女神によって創られた国らしい。
しかし、その女神は王国が出来て2000年ほどが経った時、突如海から姿を消してしまう。
その後すぐに女神の意思を受け継ぐという初代愛し子が現れたそうだが、彼女が言うには今後は2000年に一度しかその奇跡の乙女は誕生しないとのこと。
まるで神話のような古書だが、要するに私の次の愛し子が王国を訪れるのは、今から2000年も後ということだ。
この王国に来て間もない頃、母国に帰りたくてたまらず、もしかするとすぐに次の愛し子が現れて私はお役御免になるかも……と思っていたことは、完全に成り立たないものだった。
しかしそれはそうと、何故テティスが突如海から姿を消したのか、何故水中生活に向いていない人間の娘たちが女神の愛し子としてこの海底に呼ばれるのか。
私たち人間の寿命は長くても100年ほど。
残りの1900年間は、結局は愛し子不在となるはずだ。
もう謎だらけで頭が少し痛くなってきたので、私は気持ちを切り替えて、次は女神が使う祈りの言葉を探すことにした。
古書の中にいくつかお祈りは出てくるが、ほとんどは民向けの祈りの言葉で、一日の始まりと終わり、食事の前後に唱えるといったようなもの。
なかなか浄化と祝福に繋がるような祈りの言葉は見つからない。
(ふぅ、この古書にも書かれてなかった。祈りの言葉っていうよりも、女神の言葉って考えた方がいいのかな?それなら……)
私は古書の中でも一際古びた表紙のものを手に取った。
古書というより聖典と言ったほうがしっくりくるような重厚な書物。
中を開いてみると、今まで読み進めたどの古書よりも古い言い回しな上、文字も
少しの期待を込めつつ文字を目で追っていくと、やはりテティスについて書かれている箇所がいくつか見つかった。
"美しき女神の
まずはテティス自身のことが書かれている。
容姿に関しての記述だ。
(テティス女神様ってすっごく綺麗な方だったんだろうな。トリンティア様や王妃様みたいな感じかなぁ。次はなになに……)
"その微笑を受けた者はみな女神に心奪われ、生涯の忠誠をも誓うという"
続いては性格的なもの。
(まさに女神様って感じ!
微笑むだけでみんなのことを虜にするなんて。あとはええっと……)
"女神、
海を断ち切り、遥か高みにある世界を望む"
「陸子……?まさかこれって」
「どうしたリリィ」
頭上から降りかかる突然の声に驚き、私はその古書を慌ててパタンと閉じてしまう。
「何か分かったことでもあるのか?」
「……ううん、まだ祈りの言葉を探し中!
でもマーレデアム王国の歴史は分かったよ。
王族の人たちの苗字が"ポセイドン"なのは、初代国王様が同名の男神様に憧れてたからなんだって。シェリは知ってた?」
「何故そこなのだ……」
「あと他にも色々。三代目国王様は奥さんが十人もいて、お妃同士の血みどろの争いが毎日絶えなかったから、その後は一夫一婦制になった、とかね」
「……リリィ。一体どのような古書を読んだ?」
「あはは」
シェリは少し呆れていたが、王国に関することや、祈りの言葉を探そうと色々な古書を手にした結果、見つけた逸話たちである。
私は別に悪くないはず。
シェリが顳顬を抑えながら自席へと戻っていく姿を見届けた後、私は先程の、女神に関する記述が書かれている古書をもう一度開いた。
そして、それを再び目で追いながら、自分なりの考えを頭の中でまとめてみる。
(テティス様は、人間の男性を好きになったの?海から姿を消したっていうのは、その人を追って陸地に行ってしまったから?
2000年に一度、女神の愛し子たちをこの王国に来させているのは、テティス様のせめての罪滅ぼし的なものなのかな。
……海を残して、陸を選んだから)
憶測と疑問ばかりが頭に浮かぶ。私はその後の記述も目で追っていく。
"女神と言えど
その"足"は陸子と見目こそ変わらぬが所詮は
その紛い物の足は当然海にも適さず。
よって遊泳ももはや叶わず。
海を去りし女神は生涯、さらにはその子子孫孫に至るまで
"マリンクロード(足の悪い海の人)"
となろう"
時が、一度止まった。
(海を離れた代償として、泳げなくなってしまった海女神……?)
この王国に来てからずっと、疑問に思っていたことがあった。
それは、何故海の苦手な私が女神の愛し子だったのか。
……泳げない私が何故。
"お前は海の女神様に愛された子なのよ"
曾祖母や母たちが私と同じようにカナヅチだったかどうかは分からない。
曾祖母のこの言葉は、溺れても死ななかった私に向けてのもの。
そして、海が苦手だった私を勇気付けるための言葉だとばかり思っていた。
まさか、曾祖母は知っていたというのか。
私たち一族と、女神との関係を。
私の持つ痣の意味も、いつか私が海に呼ばれる日が来ることも。
"美しき女神の
私はエメラルドグリーンの瞳にブラウンの髪を持つ。
「……リリアナ・"マリンクロード"」
我が家は代々女系で、ずっとこの苗字を受け継いでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます