第7話  お披露目〈後編〉



「女神の愛し子様だ!」


「なんと美しい女神様でしょう」


「リリアナ女神様ー!!」



シェリと一悶着?あってから少し時間が経過した頃、ついに私のお披露目式が開催されることとなった。



賑わいを見せていた王都の商店からは人が消え、代わりにこの王都広場下には大勢の王国民たちが集まってきていた。


彼らは王都広場にいる私へ向けて嬉しそうに手を振ってくれている。



(あ。あそこの隅で手を振ってるの、モネとルルだ)



知っている顔を発見し、私はほんの少しほっとする。



母国ではいたって普通の人間である私。

海人族の人たちから受けるこの熱烈な大歓迎ぶりには未だ戸惑い、思わず後退りしそうになる。

が、何とか持ちこたえる。



私は本当にこのマーレデアム王国にいるだけだし、浄化や祝福なんて行っているつもりは全くない。なのに自然とそれが成されているというのだから驚きである。



私がそのことに当惑していると、



「リリアナ様、お手を振ってやって下さい。それで十分です」



私の数歩程後ろに控えているシェリがそのように言った。おそらく、私の心内に気付いたのだろう。



「……分かりました」



私は "あの後"、実は一度もシェリと目を合わせていない。


営業スマイルをあまり見せるな、なんて、

彼が一体どのようなつもりで言ったのかは知らないが、あんなにキラキラとした視線を向けてくれる王国民たちに無愛想な顔をするわけにもいかない。


私はシェリの方は見ないようにして、ありったけの笑顔を皆に向け、そして言われたとおりに手を振る。



すると私の首後ろにある紋章と女神の秘宝であるペンダントが同時に光を放ち出す。


その二つの白光は上へ上へと線を書くように伸び上空で一度光の束となった後、大きく弾け、王都全体に光の粒となって降り注がれた。



光粒こうりゅうか舞う王都の景色は大層美しい上、海水がさらに澄んだことにより一気に空間が浄化されたような、そんな光景が広がっていく。



突然のことに驚き、私は思わず後ろを振り返って王族の人たちを見やった。

しかし皆もこれは想定外だったようで、彼らも目を大きく見開いて私のことを見つめていた。



「女神の愛し子様の祝福だ……」


「やはり噂は本当だった。すごい……!」


「いつも祈りを捧げて下さっているのに、さらなる浄化を行って下さったんだ!」



(ええっ、そうなの?

でも私、祈りなんて捧げてないよね?

そもそもどんな祈りの言葉なのかも知らない。


……これは女神の愛し子のことも、もっと勉強する必要があるな)



王国民たちに対し、何故だかとても申し訳ない気持ちで一杯になる。

お祈りも唱えられない女神の愛し子の私って……。



周りの景色はというと、確かにワントーン明るくなったような気もする。

カラフルな海水魚たちがどこからともなく現れ、唄い舞うようにこの王都広場を行き来し出す。



「リリアナ様こそ、我が王国の救い主様だ!」



王都にいる民の一人がこのように叫んだ。


この2000年もの間、海の汚染が続き、海人族の人口が半分になったとシェリが言っていた。

マーレデア王国のこともここに住まう人たちのことも、私はまだまだ知らないことも多い。


でも彼らがこうやって私を必要としてくれるのなら、私はこの海底王国のために出来得る限りのお手伝いをしようと、今は素直にそう思える。


それが母国に住まう私の大切な人たちを守ることにも繋がるのなら、なおさらだ。



「リリアナ様。

本当に、本当によくこのマーレデアム王国へとお越し下さいました。


この王国に留まる決心をして下さったこと、我々に多大なる御力をお貸しくださることを

心より感謝申し上げます。

どうか、我らをお導き下さい」



国王が私に向かい拝礼すると、続いて王家の人々や広場下に集まる王国民たちが一斉にその場で跪いた。


この光景はいつまで経っても本当に慣れないが、今だけはしっかりとこの場に立っているしかない。



私はもう、逃げるわけにはいかない。



両手指を胸前でぎゅっと握りしめながら、私はそれに応えるよう静かに目を伏せた。




私のお披露目式が無事に終わったということで、この後は王都広場にて王国民たちによる催しが行われるらしい。


会場はそれほど広いわけではないので、王国民たちは交代で、さまざまな催し物を見せてくれるとのことだ。



「民たちはこの一月の間、リリアナ様のためにさまざまな企画を、それはそれは楽しそうに立てておりましてよ」


「わぁ、とっても楽しみです!」



席の右側から、セシルド、トリンティア、私、国王、王妃の順に並び、シェリとナプティムウトは私たちの後ろ側に控えている。


二人にも座って欲しいところだが、彼らは職務中ということで、私たちと並ぶことは出来ないそうだ。

王族なのにそこは公私混同せず、きっちりと仕事をこなす彼らである。


まもなく王国民たちがこの広場へと集まり出し、にぎやかな催し物がスタートした。



ダンスをしたり、歌を歌ったり、楽器の演奏を披露してくれる民の人たち。

母国では見たことのない楽器もあったりしてとても興味深い。


また、まるで魔法のように思える、本格的な奇術を見せてくれる人たちもいた。

音楽に合わせて、横たわっている女性の身体が突然浮いたり、箱に入った男性の身体がバラバラになったり、また元通りになったりして、私も思わず目を丸くしながら拍手する。



大人も子供も皆一緒になって、何より演者である彼ら自身も、とても楽しんでいるように見えた。



(こういうの、すごくいいな。港町のお祭りを思い出す。

私もよくリュカたちと、即興のダンスや歌を歌って楽しんでたっけ。

簡単な手品を見せてくれた漁師さんたちもいて、すごく盛り上がったなあ)



私は笑顔で拍手をしたり、一緒になって口ずさんだり、少し身を乗り出して真剣に種明かしを考えてみたりと、とても楽しませてもらった。



その様子を王族の人たちがとても穏やかに見守ってくれていることは、催し物に釘付けになっている私は気付いていない。




------



「シェリ、リリアナ様が楽しんで下さっているようで良かったわね」


「はい。もうあちら側へと走り出されそうな勢いですね。そのうち民たちと一緒に演者の方になられるのでは?」


「まあ、シェリったら」


トリンティアはくすくすと笑みながらリリィへと視線を戻す。

シェリの言った通り、彼女は本当に楽しそうにしている。



王国民の催し物は陸の大国のそれに比べれば、きっとささやかなものに違いない。

それでも、リリィは民らの心配りをこれほどまでに喜んでくれる。

それは王家としてもとても誇らしいことだった。



「シェリ、あなたももっと精進なさいな。

こんなに可愛らしくて素敵な女性、他の男性も放っておかなくてよ」



トリンティアにそう耳打ちされてしまったシェリは、どこか気まずそうに彼女から目を逸らしたのだった。



そして、そんな折。シェリが姉からの指摘にほんの少し動揺していた時。



彼と同じ海人騎兵の制服と甲冑を身に付けている男が、広場の端からじっとリリィのことを見やっていたことに気が付いたのだ。



「シリスハム……?何故ここに。

あの男の今日の持ち場はここではないはずだが」



シェリが少し眉を寄せてシリスハムを見据えていると、広場でダンスを踊っていた民の子供たちがリリィの座る席前へと走ってきた。


シェリは一度シリスハムから視線を外し、目前の子供たちに目を向ける。



「リリアナさま、一緒に踊ろうよ!」


「こっちに来て〜!女神さま」



リリィがとても楽しんでいる様子に気付いたのか、子供たちが数人、彼女に声をかけてきた。


すると、彼らと共にダンスを披露していた保護者たちがギョッと顔を青ざめさせて、慌ててリリィのもとまで駆けて来る。



「申し訳ございません、女神様!

子供たちがご無礼を」


「ねぇ!リリアナさま、一緒に行こう?」


「ダンス楽しいよ〜!」


「聞きなさい!そしてお止めなさい!」



母親であろう女たちが、彼らの首根っこを掴んでいる。リリィはそれをとても微笑ましそうに見ていた。


そこで意を決したように、彼女は隣に座る国王へと伺いを立て始めた。



「あの、私も少し参加させていただいても大丈夫でしょうか?」



リリィは国王に、「自分も演者側に混じりたい」という趣旨を遠回しに伝えている。

大変に分かりやすい。



「ありがとうございます、リリアナ様。

子供たちもさぞ喜ぶことでしょう」



……やはりリリィが参加することになった。

トリンティアに話したことは冗談に過ぎなかったのに、何故か現実となってしまった。


シェリは溜息をつき、顳顬を抑えた。

リリィはと言えば、それはそれは嬉しそうに顔をキラキラとさせている。



「では、行って参ります!

わあ、ダンスなんて久しぶり!夏祭り以来です!」



リリィはそそくさと席を立つと、子供たちに両手を取られながら広場の中央へと歩き出した。



「リリアナさま、こうやって足を交差させながら右と左に進んでいくんだよ!

手はドレスを掴んでてね!」


「えっと、こうで合ってる?

あれれ? 横に移動しながらステップ踏むの、難しいね」



リリィは真剣に子供たちにダンスを教わっている。



「女神様、足が違いますよ!次の足は右足が前です!」


「そうですそうです、リリアナ様。

お上手ですよ!」



初めは真っ青になっていた大人たちも、リリィと子供たちを囲み、いつの間にかワイワイと一緒になって踊っていた。



「……リリアナ様はすごいな、シェリ」



隣に立つナプティムウトが感心するように、シェリへと声をかけてくる。



「とても馴染んでおられますね……」



民たちと近付き過ぎている気もするが、ずっと気苦労ばかりをかけていたリリィには、今日のこういった、あたたかな触れ合いこそが必要だったのかもしれない。


そう思うと、シェリには彼らを咎めることも出来なかった。



無邪気に笑いながら飾らない表情で民たちと踊っているリリィの姿を見て、シェリは目を細める。



「みんな、ありがとう! すっごく楽しかった。また素敵なダンス、教えてね」


「うん!もちろんだよリリアナさま。

また一緒に踊ろうね!」



リリィは子供たちに視線を合わせるようにして腰を落とし、彼らの頭を撫でている。

彼女が子供たちへと向けていた笑顔は、給仕の時や客間での微笑とは少し違った。



穏やかで清らかで、本来の彼女を表すような、とても優しい笑顔だった。



「おや、シェリ。

またリリアナ様が新たな武器を出されたよ。この広場に控える騎兵団の者が、少なくとも20人は落ちたね」


「……全員ではないですか」



ナプティムウトにそう言われ、シェリはまた深く息を吐くと、子供たちに連れられこちらへと戻って来たリリィを見やる。



「リリアナ様、お帰りなさいませ」


「あ、はい。ただ今戻りました」



お披露目が始まる前にシェリがリリィへと伝えた言葉を、彼女はどうやら気まずく思っているらしい。



エスコートですら、未だ戸惑うようなリリィ。

まだ出会って一月ほどしか経っていないのに、あのような言葉を先走って言ってしまったのは少し不味かったのかもしれない。



"こんなに可愛らしくて素敵な女性、他の男性も放っておかなくてよ"



トリンティアの言葉がシェリの脳内をぎる。



「痛いくらいに分かっていますよ、姉上」




シェリは、シリスハムが在していた方角へともう一度目を向けたが、その場所にはもう人影はない。



辺りを見渡しても、この王都広場のどこにもその姿はなかった。




------


催しも終盤になり、そろそろお開きという雰囲気が王都広場に流れる。

王国民らは退場し、王都広場は再び、王族と私、そして護衛の騎兵団員たちだけとなる。



「みなさま、本当に楽しい時間をありがとうございました」



(こんなに笑ったの、すごく久しぶりだな)



「リリアナ様にお喜びいただけたことが何よりです。

しかし半ば、我が民たちがリリアナ様に少々無理を申し上げましたこと、大変失礼いたしました」


「とんでもないです!私も望んだことですから。今度また、子供たちにダンスを教わる約束をしたので楽しみです」



にこにこと嬉しそうにしている私を見て、国王たちもほっとしたような笑みを浮かべる。



「リリアナ様はダンスがお上手ですね」


「ありがとうございます、ナプティムウト様。母国でもお祭りの時にはよく友人たちと踊っていたんです!」


「足がもつれて転びそうになられた時は、少しヒヤリとしましたが」


「……ラドシェリム様。子供たちが助けてくれましたので。転んでいないのでセーフです」



せっかくナプティムウトに褒められたのに、シェリによってガクンと落とされる。



(うん、やっぱり気にするのはやめよう。

シェリがお披露目前に言ったことは、きっと深い意味なんてない。


彼は優しいけれど、相変わらず私のことを面白がって揶揄からかうんだから)



私はシェリを少しばかり恨めしそうに見やった。



「シェリ。あなた、先程わたくしが申し上げた忠告は聞いていなかったのかしら?


さあ、リリアナ様。わたくしと共に王宮に戻りましょう。シェリなど放っておいて」



まさかのトリンティアにエスコートされ、私は王宮へと歩き出す。


後ろを振り返ると、私たちに少し苦笑しているセシルド、生温かい目を向けるナプティムウト、そして何故か不機嫌になっているシェリが続いていた。




王宮の中庭に到着すると、国王夫妻はそのまま宮の中へと入っていく。この後も執務があるそうだ。


私たちはトリンティアの提案で、この中庭で少しお茶をすることになった。

本日私はこの王宮で、王族の皆と共に夕食をいただくことになっている。



「リリアナ様、こちらで姉上たちと少々お待ち下さい。各部隊の者より今日の報告を受けて参ります」



シェリはそう言って、ナプティムウトと共に中庭の隅に立つ騎兵団員たちのもとへと向かって行った。



「さあリリアナ様、お疲れでしょう?

お茶と少し甘いものでもお召し上がり下さいな」


「ありがとうございます」



トリンティアに勧められるまま、私がカップに口を付け、お茶を一口嚥下えんげした時だった。




キィィィィーーーーン



「……?!な、何、この音……」



突然耳鳴りの様な、嫌な音が鳴り響き、私は思わず耳を塞いだ。



「リリアナ様?いかがなされました?」



トリンティアと彼女の隣に座るセシルドが驚いた様に私を見る。

結構大きく響いていたのだが、二人には今の音が聞こえなかったのだろうか。



「何か今、耳が痛くなる様な、キーンとした笛の音みたいなものが聞こえて……」



トリンティアたちが警戒し、辺りを見渡す。こちらの異変に気付いたシェリとナプティムウトも、私たちのもとへと戻ってきた。



「どうかされましたか?」


「いや、今リリアナ様が何か笛の音みたいなものが聞こえたとおっしゃられて……。

トリンティア殿下と私は全く気が付かなかったのですが」


「……笛?」



シェリの眉がピクリと動く。


その時、王都広場へと続く大門の方から、数人の騎兵団の人たちがこの中庭へと入って来た。

彼らはシェリたちの前でザッと跪き、神妙な面持ちで口を開く。



「緊急報告に参りました。

今しがた王都郊外で怪魚の目撃情報が入り、騎兵団の第一部隊と第二部隊が捜索に当たっております。

民らはすでに建物内に避難しております」


「何だと?ここ二週間ほどは怪魚の出没報告など一度もなかったというのに」


「第一部隊はシリスハムの隊だね。隊長も王都に?」


「それが……」



報告に来た騎兵団の人たちが何か言いかけた時、今度はまた別の騎兵団員がこの中庭へとひどく慌てた様子で駆け込んで来た。



「申し上げます! 怪魚が王都中央の上空に姿を現しました!


こちらまでまだ距離はございますが、直ちに女神の愛し子様と王族方は王宮の中へ避難されて下さい!」


「王都中央だと?!」



騎兵団員の言葉にシェリが少し声を荒げると、皆が一斉にその場を立ち上がった。


私は何が起きているのか付いて行けず、未だポカンと口を開けて、中庭の椅子に一人腰を落としたままだ。



「リリアナ様と姉上たちを王宮の中へ!」



シェリは私の腕を掴んで椅子から立ち上がらせると、そのまま抱き上げて王宮へと走り泳いだ。



「怪魚の種は分かっているかい?」


「はい!リヴァイアサンです!」



騎兵団員がそう答えると、ナプティムウトは神妙な面持ちになる。



「これは厄介だね。この怪魚はいつもつがいで行動する。一頭が現れたということは、必ずもう一頭も近くにいる」



私たちを王宮へと誘導していたナプティムウトは皆が中に入ったのを見届けると、その騎兵団員と共にすぐさまきびすを返す。



「シェリ、私は先に第一部隊と第二部隊に合流するよ。リリアナ様たちを避難させた後、君も向かうように」


「御意」



シェリの返事を聞くと、すぐにナプティムウトたちは中庭大門より王都へと続く道を走り泳いで行った。



今しがた現れた怪魚というのは、以前私が見たあの巨大チョウチンアンコウのようなものだろうか。

あの時はシェリが私を抱えた状態でも、たった一振りでそれをぎ払っていた。



しかし、皆がこれほど狼狽ろうばいしている様子から考えると、今回はこの前の怪魚の比ではないということが安易に想像出来てしまった。



「陛下方はそのまま執務室に、姉上と義兄上は自室にお戻り下さい。

リリアナ様は客間にご案内いたします」



シェリに連れられて、私はお披露目前に少し休ませてもらった客間へと再び通される。



冷や汗を流し、顔を青ざめさせ、すっかり言葉も無くしている私を椅子に座らせると、シェリは先程と同じように片膝をつき、まるで小さい子供へさとすかのように私に言葉を紡ぐ。



「リリィ、俺は今から怪魚の討伐に向かわねばならん。


其方は何があってもこの王宮の中にいろ。外には絶対に出るな」



続いてシェリからは、王宮にも幾人かの騎兵団員たちを配置させるという旨が伝えられた。



「リリィ、大丈夫だ。必ず我ら海人騎兵団が怪魚を討つ。

絶対にここを出ないと約束できるな?」


「……うん」


「いい子だ」



シェリは私の頬に手を添え、指で一度優しく撫でた。

彼は私を安心させるように微笑むと、その場を立ち上がりすぐさま客間を後にした。





その頃、王都広場の真下に身を隠し、怪魚と騎兵団の戦闘の行方を、一人平然と眺めている者がいた。


男は辺りの喧騒にはそぐわない優雅な手つきで自身の首元を撫でる。




「リリアナ女神様。まだ催しは終わっておりませんよ。今から私が貴方様に、本日最後の余興をお見せいたしましょう」



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