第三王女は初恋の騎士と脱獄する

金木犀

姫様の初恋


「また私の勝ちですね、姫様」



唇の端を吊り上げて勝利宣言をする短い黒髪に金色の瞳を持った少年。

少年は腰に剣帯を身に付けている。いかにも騎士といった風貌で、不満顔をする少女を何時でも守れるよう常に周囲を警戒している。



「お前は王女に対して手加減をしないのかしら?」



対して、警戒心が無いように見える少女は目の前のチェス盤を睨みつけており、どうして負けたのか考えている。

少女は金糸の髪に淡い桃色の瞳、日に当たっていないかのような白い肌、華奢な体躯を持っている。まるで高級なビスクドールのような容姿だ。


その桜色の唇は不満げにへの字に曲げられている。



「姫様は手加減して欲しかったのですか?」


「いいえ!」


「ですよね?」


「····お前は意地悪だわ」


クスクスと少年が笑う。少女の不満顔が面白いようだ。




少女の名前は「エレナ・ノーク・ランスフェル」

「ランスフェル」王国の第三王女である。


少年の名前は「レイド・スタイナー」

第三王女の護衛兼監視役。この国で最も魔法の腕、剣の腕共に最高峰の人物である。




「お父様はいつになったらこの塔から出してくれるのかしら······」




きっと誰にも聞かれなくても良かったのだろう。その呟きはとても小さいものだった。耳を澄ませなければ聞こえない。だが、


「····きっと、直ぐです」


レイドはその呟きを拾い、エレナに答えた。エレナはレイドの方を見ると、顔を仄かに赤くして直ぐに視線を下に向けた。





▽▼▽▼▽▼




エレナは、王の側室から産まれた。

しかし、その妃はランスフェル王国の属国から召された妃で、城の中での権力は無いに等しかった。だが容姿は優れており、それに目を付けた王が一度だけ夜伽をした。

その結果、エレナが産まれてしまった。妃は初めての我が子をたいそう慈しんだが、エレナが五歳の時、流行病で死んでしまった。


残ったエレナは第三王女でありながら、その血筋が原因で「北の塔」に押し込められた。

それからというもの、エレナは十年の時を塔で過ごしてきた。既に王の跡継ぎは決まっている。


レイドが付けられたのは、第三王女が怪しい動きをした時直ぐに報告させる為だ。




そんな、エレナの傍を直ぐ離れられるような存在である彼にエレナは恋をしていた。





▽▼▽▼▽▼





初めてエレナがレイドに出会ったのは十三歳の時だった。


それまで護衛兼監視をしていた人物が不祥事を起こし、解雇された。その穴を埋めるようにして配属されたのがレイドだったのだ。


エレナとレイドは五歳差でエレナが十五歳、レイドが二十歳だ。


初めて出会った時、エレナはレイドの事をよく思っていなかった。北の塔に来るのはそういう相手ばかりだったのだ。



『お前が次の監視役?』


『私は護衛ですよ、姫様』


『嘘ばっかり。今までの者達も全員人の好さそうな顔をしていたけれど、笑顔が貼り付いているだけだったわ』


『そうなのですね。まあ、私は護衛だと思っているので、遊び相手でもなんでも致しますよ』


『····フン!』



レイドは今まで見た者達と違って、素の表情をしていた。エレナは疑っている自分がいたたまれなくなり、そっぽを向いたのだ。


それからというもの、レイドはしょっちゅうエレナに話し掛けてきた。



『姫様、何をされているのですか?』


『姫様は四ヶ国語を話せるのですか!?』


『姫様は表情に全て出てしまっています。手札が丸わかりです』


『フフ···姫様は本当にお可愛らしいですね』



一年も経てばエレナの心にレイドを疑う気持ちは無くなり、普通に会話するようになっていた。


そして、日を経る事にエレナはレイドのことが気になり始め、何ヶ月もの間恋心を燻らせることになった。


レイドの何処が好きかと聞かれれば、エレナはいくらでも答えられるだろう。


勝負事をしている時の真剣な表情、話す時は何時でも目を逸らさないこと、エレナと話す時の自然な表情、優しい所、かっこいい所·····。


挙げていけばキリが無い程だ。


しかし、エレナはずっとその気持ちに蓋をしてきた。心の中ではレイドの態度が「姫」に対するものだと思っていたためだ。

告白したとしても、その思いが成就する可能性は低い。相手は国の英雄とも言える人物。片や、城から出られない囚われの姫。


今の関係が終わってしまうかもしれないと考えると告白なんて出来なかった。

だから、エレナは今日もレイドと"いつも通り"を過ごすのだ。






――――― エレナの人生最大の転機まで後一日





▼▽▼▽▼▽





次の日は雲ひとつ無い晴天だった。


エレナがいつも通りレイドと勝負をしていたところ、



ドタドタドタ!!



扉の外から人の足音が何人分も聞こえてきた。


エレナを背後に移動させたレイドは黙って剣を鞘から抜き、正面に構える。



バンッ!!!



扉を蹴破って入って来たのは、騎士団の人間だった。それはそれは大勢いる。レイドとエレナはその騎士の数に眉をひそめた。

一番前にいる騎士が口を開く。



「エレナ・ノーク・ランスフェル王女殿下!貴方様が王位簒奪の計画を企てたとの情報が入りました。よって、貴方様を牢に入れさせていただきます!!」


「「·····え?」」


こうして、エレナは牢に入れられた。



――――脱獄まで後、数時間




▽▼▽▼▽▼




(どうしてこうなるのかしら)


薄暗く、光もろくに届かない牢の中。


エレナは大変苛立っていた。その理由は勿論、冤罪をかけられて牢に入れられたからだ。


(塔から出す気もどうせ無かったでしょうに!私はいらない子ね)


どうせ一生、表に出ないであろう王女を牢に入れる必要があるだろうか。


(それだけ私がいらないか、養育する費用が勿体ないとかかしら)


どちらしろ王の本当の真意は分からない。だが、それよりも大事な事が、


(このままだと死ぬわよね)


そうなのだ。このままだと確実にエレナは死ぬ。冤罪とは言え、王位簒奪だ。仮にも、王族であるエレナではあるが、流石に王位簒奪は死罪になっても可笑しくない。

おまけに、エレナの存在は城の中以外知られていない。処刑されようが、誰も気付かないし誰も気にしないだろう。


(あいつは大丈夫かしら·····)


そんな最悪な状況でも、頭に浮かぶのはレイドの事だ。

レイドはエレナが牢に連れていかれる前、必死の表情で騎士を止めようとしていた。それはとてもエレナにとって喜ばしい事であったが、


『やめなさい』


『ですが!!···』


『やめろと言ったの。お前は私の騎士でしょう、だったら剣を収めなさい。これは命令よ』


エレナはレイドを止めたのだ。それはひとえに、レイドの将来の事を思ってだ。あそこで反撃なんてすれば、レイドまで牢に入れられる。

それはどうしても避けたかったのだ。


(あいつにはまだ未来があるもの)


若くして魔法、剣の腕共に優れている人物だ。ここでその種を潰されてしまうのには惜しすぎる。


(結局、告白すら出来なかったわね····)


自分でも可笑しい事を思っている自覚はある。告白する気なんて無かったくせに。


(まあ、後は刑が執行されるのを待つのみね。未練しか残っていないけれど·······)



自分の首が飛ぶまでの時間を指折り数えているときだった。




ガチャッ




突然、牢の鍵が開く音が聞こえた。



「·······え?どうして、お前が····」


エレナは目を見開く。牢の鍵を開け、中に入ってきたのは、


「姫様!ご無事ですか!?」


レイドだった。


「看守はどうしたの!?何故私を!」


何故レイドがここに居るのか。ここに居るのがバレたらタダでは済まない。

しかし、エレナはレイドが来た事にとてつもない歓喜を覚えていた。


(嬉しいけれど!このままでは!)


「看守は眠らせてあります。ここにだって誰にもバレないように来ました。お忘れですか?私はこの国一の魔法使いですよ」


「·····そうだったわね」


「それに、何故だなんて。そのくらいお分かりでしょう?さあ姫様、ご命令を」


レイドがエレナに向かって手を差し出した。まるでおとぎ話の王子様のようだ。

ここで脱獄すれば、自分の罪を認めるのと同じだ。だが、このまま死ぬくらいならエレナは···。


口角を少し上げ、エレナが笑う。王族の気品を漂わせ、たった一人の自らに仕える騎士に向かって、その桜色の唇を開いた。



「私をここから連れ出しなさい!これは命令よ!!」


「御意」





――――この日、一人の騎士と一人の王女が姿を消した。王は密かに二人を探させたが、二度と見つかることは無かった。







▽▼▽▼▽▼






脱獄から一年、エレナとレイドは国外のある村に住んでいた。

脱獄した頃はそれなりに苦労したが、今では落ち着いた生活が出来ている。

因みに、エレナとレイドを追って騎士が来たこともあったが、レイドの姿を変える魔法と気配を変える魔法で事なきを得た。


どちらの魔法もレイドのオリジナルだそうだ。それを聞いた時、エレナは本当にレイドは自分と居ていいのかと本気で思った。

王国に居れば、いくらでも活躍出来ただろうに。


そんなわけで、今は二人で一緒の村に住んでいる。村の決まりで、家族や婚約者同士以外の異性で一緒に住むことは禁止だ。


それでも不自由な事は無かった。村の人達は優しい人達ばかりで、新参者のエレナとレイドにも優しくしてくれた。

とても長閑な村だ。




そして、今日は「星祭」の日だ。

「星祭」では、十年に一度流れてくる何十万、何百万といった星に願い事をする。その日は村全体が明るくなり、賑やかになる。皆で踊ったり、食事をしたりするのだ。

まあ、簡単に言うと宴会である。


この日は皆、特に若者が浮き足立つ。それはエレナもだった。


「エレナー!今日告白するんでしょ!!」


「静かにして下さい!聞こえてしまったらどうするんですか!?」


エレナに話し掛けたのは、「ヘレン」という少女でエレナの友人だ。エレナの二つ年上で、いつもエレナに構っている。


エレナがレイドを好きな事もバレており、その関係を応援してくれている。


「あはは、ごめんごめん」


「本っ当に。ここがヘレンの部屋だから良かったものの」


今、エレナはヘレンの家に来ていた。ヘレンに誘われた為だ。こうして、気楽に話すことが出来る友人も増えた。誰に対しても敬語ではあるが、前よりも性格が丸くなったとエレナ自身は感じている。


「ま、頑張ってね」


「はい」


「それにしても、星祭の日に告白とは。エレナは乙女だね〜」


「う、うるさいです!」



少々恥ずかしい思いはしたが、友人に鼓舞されたエレナは、レイドの元へ向かった。



▼▽▼▽▼▽




「····!姫様!!」


「お前は···。様を付けるなと何度言えば分かるの」


「すみません、でも姫様は姫様なので」


うっと言葉に詰まってしまう。レイドを星祭に同行させようと来たエレナだったが、レイドの言葉に顔を赤くさせてしまう。


日毎にレイドへの想いが募るエレナだったが、とうとうこの日、告白を決意したのだ。


「星祭を回るわよ。支度をしなさい」


「はい、姫様」


この場面を生暖かい目で見られていたことを二人は知らない。この二人の関係は村の人達の癒しでもあるのだ。


一方、澄ました感じでレイドを星祭に誘ったエレナだったが、心の中では


(ちゃんと言えてるわよね!?髪とか乱れてない!?)


と、そんなことばかり気にしていた。



▽▼▽▼▽▼




――――夜、星が流れるまで後少し。



エレナはベンチに座って考えていた。


(いつ告白すればいいのかしら···それになんて言えば····。)


レイドは露店で買い物をしており、ここには居ない。だが、もうじき戻ってくるはずだ。


(朝から考えてきたのに、いざとなって消えてしまったらどうしよう···)


そのように、ずっと考え事をしていたエレナだったが、ふと頭に何か柔らかく刺さる感触がした。気になって顔を上げてみると


「わっ!!」


「何か考え事ですか?」


レイドがエレナの顔を覗き込もうとしていた。エレナは咄嗟に胸を抑える。本気にびっくりした。心臓の音がうるさい。顔も真っ赤になっていることだろう。


「な、何も!ところで、何を買ってきたのかしら?」


一瞬、訝しんだレイドだったが、直ぐに手に持っていたものをエレナに見せる。


「串焼肉です。美味しそうだったもので」


目を輝かせるエレナ。鶏のもも肉だろうか。串には鳥の肉と野菜が刺さっている。香ばしいタレの匂いが食欲をそそり、一気に空腹になってきた。


「美味しそう!」


「ええ、どうぞ姫様」


「感謝するわ」


エレナはレイドから串焼肉を受け取ると、早速頬張り始めた。


「んぅ〜〜!」


香ばしいタレが肉と野菜に絡まっている。一口噛めば、鶏肉の表面はパリッとジューシーで、美味しさが口の中で弾ける。

一瞬で食べ終わってしまった。


「本当に美味しいですね、これ」


レイドも同じものを食べている。二人は、串焼肉を食べ終わるとベンチから立ち上がり、露店を回り始めた。




▼▽▼▽▼▽




時間はあっという間に過ぎ、もう少しで星が流れる時間になった。

二人は今、少し高い丘の上にいる。高い所からだと星がよく見えるのだ。


「寒くないですか?」


レイドがエレナに声を掛ける。まだ暖かい季節だが如何せん、夜は気温が下がる。


「平気よ」


エレナは短く答えると空を見上げた。



そうして、暫く空を見上げていた二人だったが、エレナが唐突に声を上げた。


「見て!」


「おぉ···」


空に一筋の星が煌めいた。一つ煌めき出したと思ったら次々に星は、美しい尾を引きながら空を流れ始めた。


(今?今よね?)


エレナの心臓がどくどくと音を立てる。きっと耳まで真っ赤で瞳は潤んでいるだろう。


そして、意を決してエレナはレイドに声を掛けた。


「れ、レイド・スタイナー!!こちらを向きなさい!!」


「····え?」


次の瞬間、エレナはレイドを自分の方に引き寄せ、そして、


「――――····!!?」


チュとレイドの頬にキスをした。


「え?な、名前·····え?キス、したんですか?」


レイドは顔を真っ赤にして困惑しきりだ。


「そ、そうよ!レイド・スタイナー、貴方に言う事があるわ!!」


「は、はい」



―――エレナはどうしても告白を星祭にしたかった。それは、結婚出来るのが十七からというのもあるが、星祭にこんな言い伝えがあったからだ。


















「わ、わたしを来年までに好きになりなさい!!これはお、お願いよ!!!」





星祭でした願い事は必ず叶うと。



だからエレナは星祭の日に告白をしたのだ。命令では無く、『お願い』で。

狡い事は分かっている。だが、エレナは誰にもレイドを譲りたくなかった。


その必死の願い事にレイドは



「····姫様は本当に可愛いですね」


まだ顔を赤らめながらも、優しく目を細めてエレナにそう言った。


「え!?な、何よ!返事は!?」


「姫様、頭に刺さってるものの花言葉知ってますか?」


「····へ?」


そういえば、頭に何か刺さった感触がした気がする。エレナは自分の頭に触れ、そっとそれを抜き取った。


「·····え、こ、これって」


エレナの頬が、どんどん赤く染まる。まるで熟れたリンゴだ。


エレナの頭に刺さっていたのは、花と言えるかどうか分からない、緑のハート型が四枚揺れている。その花は誰でも知っている。子供ならそれを探して、見つけた時は、大喜びするだろう。


その花の花言葉は、「幸運」と


「私のものになってください」


「〜〜····!!!」


レイドから注がれる真摯な瞳と言われた言葉に何も考えられなくなる。

エレナはなにか言おうと口を開くが、


「そういえば、姫様は私の名前をお呼びになりましたね」


「そ、それは···」


王族は基本、下の者を名前で呼ぶことは無い。呼ぶとすれば、相手が同等の身分を持つ時か


「そんなに私に婚約者になってほしいんですね」


相手が自分の婚約者である場合だけだ。


エレナはとうとう、耳まで真っ赤にして下を向いてしまった。


「それでは私も姫様の名前を呼んでも構いませんね」


「え!?あ、あぁ····」


ばっとエレナは顔を上げる。その瞳は潤んでおり、今にも泣き出し出しそうだ。

そんなエレナをレイドは抱き寄せ、言った。









「一生離さねぇからな。エレナ」






▼▽▼▽▼▽






一年後、ある長閑な村で結婚式が挙げられていた。


花嫁は真白のウエディングドレスに身を包み、頭にはベールではなく、四つ葉のクローバーで作った花冠が乗せられていた。

どうやら、花嫁たっての希望らしく子供達は四つ葉を探すのに苦労したらしい。


一方、花婿は騎士服を身に付けていた。どうして騎士服を持っているのか皆が疑問に思っているが、その凛とした立ち姿を見ればどうでも良くなってしまう。



花嫁と花婿が向かい合い、誓いの言葉が述べられる。

そして、


「では、誓のキスを」


その言葉に花嫁は顔を赤く染め、花婿から目を逸らした。が、花婿が花嫁の耳元で何かを囁くと花嫁の顔が更に赤くなった。

何かを決意したように花嫁が花婿に向き直った。


花嫁と花婿の顔が近づいていく―――。



新しい夫婦の誕生を皆が暖かく見守っていた。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第三王女は初恋の騎士と脱獄する 金木犀 @misaki3113

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ