エピローグ
バスの車窓から見える海の青さに懐かしさを覚える。広い広い海に浮かぶ島々を見て、少しセンチメンタルな気分になる。スマホの通知欄にはニュースアプリの通知があるだけだ。スマホを取り出したついでに会場までの時間を見てみる。あと一時間はかかりそうだ。やがてバスは高速道路に乗り、スピードを上げる。
窓の桟で頬杖をつきながら流れゆく景色をただ眺める、なにをするわけでもない。眠ってしまいたいと思ったが、今日はわざわざ朝にシャワーを浴びて体を起こしているんだ今そんなリセットをするわけにはいかない、周りにも呆れられてしまうだろう。
高速を下りたバスはスピードを緩める、ここまでくれば会場までそう遠くはない。行ったことのある場所だし、大体の到着時間は分かる。通りゆく街の風景に過去の記憶を重ねながら、あぁこんなのあったなと思い出す。このファーストフード店まで来たのならもうすぐだ。
バスは会場に入り、専用の駐車場に停車した。下りるとなってから車内の皆はやれやれといった感じで背伸びしたり、さっさとバスを下りるものもいれば、なかなか席を立たない者もいた。
一年生が共有の荷物を持ち、専門種目で使うものはその競技者が自分で持つ。それ以外は各々の荷物を持って会場入りした。
「競技早い奴らはアップに行ってこい」
監督の指示に複数人が別方向へ動きだし、メインとは別にサブの競技場に向かっていった。
この陸上競技場には何度も来たことがある中学生の時も高校生の時も、空気感というのは分かっている。
「陸斗、俺らは時間あるし散歩がてらコンビニ行こうぜ」
「うん」
竜太の提案で僕達は近くのコンビニを目指す。石畳の街道の端に植えられた木々が揺れる、穏やかな風が背中を押す。
「今日の目標は?」
「自己ベスト更新」
「かー、志が低いねぇ優勝とか言えよ」
「じゃあ竜太は?」
「……決勝進出?」
「志が高いの?それは」
「うるせぇ、生意気言うのは俺の記録超えてからにしろ」
「それはずっと目標にしてるよ。といってももうすぐそこって所まで迫っているし、今日で抜いてやるよ」
「生憎だが俺はさらにその先に行くからな」
僕は大学二年生になった。竜太と同じ大学に行き、日々陸上に打ち込んでいる。あの時から僕は問題なく走れている。大学一年の時では成績としてはそこまで振るわなかったが、二年になってから徐々に調子が上がってきている。竜太の大学での記録に届くほどに。
コンビニに着いて必要なものを購入する。会計を済ませるころには多くの学生が押しかけてきていた。あと少し遅れていたら目当ての物が買えなくなるかもしれないところだった。
「いやー危ない危ない。お気に入りのゼリーあと一個だったぜ」
ニコニコとした竜太がコンビニから出てくる。その時スマホに着信がきた、見ると飛島からだった。
『どこにいます?』
「コンビニ」
『なんで誘ってくれないんですか!?』
憤慨している様子だった。一年生は場所取りとかで忙しいだろうと思って声をかけなかったのだ。悪かったと言って電話を切り、会場に戻ろうとした時だった。
一件、通知が届いた。見ると知らない電話番号からのメッセージだった。
『お元気そうだね』
その言葉の隣にはピストルの絵文字があった。思わずスマホを落としそうになった。急に心臓が早鐘を打ち出す。
「竜太ごめん先に戻る!」
「えっ?おいっ」
竜太の返事も聞かずに僕は一目散に走り出す。この差出人はあの人なのか。いやそうに違いない。こんな絵文字を送ってくるなんて僕の知っている限りじゃ一人しかいない。グングンとスピード上げる、次第に息が荒くなる。それでも僕は止まらない。
持っている荷物を放り出したくなる。背中で暴れるリュックも指に食い込むビニール袋も全部煩わしかった。
僕はこんなにも走れるようになったんだ。この走りを君に見せたかったんだ。二年待った、正直まだまだ待つことになるのかもなんて考えは何度だって頭によぎった。
すれ違う人達は僕に怪訝な顔を向けているだろう。でもそんなの関係ない、僕は、君に会えるのならば、何キロだって走ろう。
会場の正面口に着くころには息も絶え絶えだった。膝に手をつき必死で呼吸を整える。周りは何事かと目を向けるが、関わらないように目を逸らし歩いて行く。
辺りを必死に探すが、姿は見えない。あっ、電話かければよかったんだ。こんなことも判断できないほど冷静さを欠いていたのかと恥ずかしくなりつつもメッセージがきていた電話番号を鳴らす。三コールほどして相手はでた。
「も、もしもし…」荒い呼吸を抑えながらも言葉を発する。
『…大丈夫?今日試合なんでしょ?』
声が聞こえた、彼女の声だ。自然と笑みがこぼれ少し目が潤む。
「大丈夫…、元気だった?」
『うん』
「左腕は?」
『もうバッチリ。腕相撲だってできちゃうよ』
「ははっ、そうか。……来てるの?ここに」
「そうだよ」
すぐ後ろで声がした、なんだか体が強張ってしまう。ゆっくりと後ろを振り返った。
「やぁ」
左手をあげてヒラヒラと振る鉄炮塚 灯がそこにいた。
「私のこと忘れなかった?」
「あぁ、一度たりとも」
「私もだよ」
灯は僕の胸にバッと飛び込んできた。突然のことにたじろぐも何とか受け止める。時間にしてほんの数秒間僕達は抱き合った。さすがにこれ以上は恥ずかしかったようで、灯は離れた。
「あ、あはは、勢いでやっちゃった」
照れくさそうに笑う灯の姿を見てまた泣きそうになってしまう。
「…火縄さんは?」
「あとで来るって。今日、走るの見てるから。怪我しないでね」
「あぁ、大丈夫」
話したいことが山ほどあるがまずは試合に集中しよう。
前の組が続々とスタートを切っていく。この次は僕だ。スタートブロックの位置を確認し、自分のいつものルーティンを行う。スタンドを見上げると最前列にいる灯が手を振っており、隣には火縄さんもいた。
鉄炮塚 灯の左手は銃である、でもそれはもう過去の話だ。もう今彼女は普通の生活をしているのだろう。あの左手は一人の少女の生活を支える母親の愛がつまった義手だ。
『 On Your Marks…………Set……』
雷管ピストルが鳴り響き、僕は飛び出す。灯の応援が僕の耳にはっきり聞こえた。
ピストルガール 池本 拓夢 @i8423grtu
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