ライバルで友達で
『昨夜、浦松島にある和泉研究所の施設で爆発事故が起きました。駆けつけた警官や消防によると、怪我人等はないとのことです。そして、研究所内では様々な危険物と思われる物が大量に発見され、この研究所自体が医療関係とは別の目的で建てられたものではないかという情報が出ております。詳しくは後程中継でお伝えします』
朝のニュースはこればかりだった。息子の通う島のことなので母も少し興奮気味でテレビを見ている。僕もその後ろでコーヒーを飲みながら見ていた。
今日、学校から休校にすると連絡が来た。クラスのグループチャットでは喜びや騒動についての疑問で通知が鳴りやまない。僕は通知をオフにしてスマホを置く。すると、一件の通知が鳴った。見ると飛島からだった。
『大丈夫ですか!!?』
文字だけでもかなり焦っているのが伝わる、そういえば全然連絡をしてなかった。「大丈夫だから」とだけ送った。するとすぐに飛島から電話が来た。
『今どこですか!?』
出るといきなりの大声で思わず耳からスマホを話す。
「家だって、大丈夫だっていっただろ」
『で、でも研究所が爆発って…』
「ケガとかもないし、五体満足だ。心配してくれてありがとうな」
『そ、そうですか。ならいいですけど』
「詳しいことは言えないけど、お前ももう研究所のこととかは口にしないほうがいい。火縄さんに会ったことも黙っていてくれないか?」
『…鉄炮塚先輩のこともですか?』
「あぁ、ここ数日のことは特にだ」
『…わかりました。今度っ!ジュース奢ってくださいね。心配させた罰です』
「わ、わかったよ…」
飛島との通話を終え、一息つく。あれこれ聞かなかったのはあいつの優しさなんだろう、察しのいい後輩をもって僕は幸せものだ。
休校の理由は爆発事故があったせいというのが大部分だとは思うが、あそこでは岩井も発見されているはず。学校の校長があんなところにいたというのは、それも大騒ぎになっているはずだ。
休校はしばらく続いた。その間に研究所の不祥事や学校関係者とのつながりが取りざたされたが、火縄さんと灯のことは報道されなかった。できればこのままあの母娘が世に晒されないのを願うばかりだ。
その後、報道によって色々明らかにされ保護者説明会の日程も決まったりで周囲はバタバタと忙しない様子だったが、僕はそれを少し後ろに引いた位置で見守っていた。
「自分の学校のことなのに冷めてるわねぇ。興奮したりなんなりもしやしない」
母からそんなことを言われたが僕にとっては学校のことなんてどうでもいいのだ。火縄さんと灯のことが知れればそれでいい。
再び学校に通うようになった時は最初のころより騒ぎは落ち着き、動画サイトでは何本も出ていた和泉研究所についての動画の再生数も少し伸びが緩やかになっていった頃だった。
僕は部活に励んでいた。腐っていた間に高校総体の参加が締め切られてしまったので、三年生の僕のインターハイへの道はこれで終わってしまった。
飛島にあれこれ言われたが、僕は走れることの嬉しさが勝っていたからさほど落ち込みはしなかった。まだ記録会とかはあるので、そこに向けて頑張るつもりだ。
竜太は退院し部活に復帰した。いつの間にか走れるようになった僕に驚いていた。記憶に関しては竜太はあの時のことをまるで覚えてなかった。記憶の消去に関しては完全にできているのだろう。しかし竜太の胸の内に秘めているものは記憶を失う前から抱いてものだ。だから今でも消えることはない。
竜太との帰り道、いつものように二人で帰る。記憶がなくなったことに関しては頭を打ったことによる記憶障害と本人には説明されたそうだ。ここ数日の出来事が思い出せないことに竜太は違和感を持っていたようだが、怪我ならしょうがないと意外にもあっけらかんとしていた。
「あ、あのさ…竜太」
「どうしたよ?」
僕の方を向く竜太に僕は言葉が詰まる、この帰り道も竜太にとっては苦痛だったのだろうか。今ここで心を見透かしたような発言をしていいものなのか?竜太の反応が怖くてすぐには言葉にできなかった。
「…僕さ、竜太のこと尊敬しているんだ」
「…はぁ?なんだよ急に」
「竜太は人望もあって後輩たちからも頼りにされていて、陸上に関しても知識すごいし、体づくりとか走りにしても参考にしたいところあるから…だから…」
「……」
「竜太を…、目標にしてるんだ!」
この言葉が正しいのかどうかは分からない。ただこれは僕の本心だ。嘘偽りのない言葉だ。たとえこの先、竜太が僕を敵視して距離を取ったとしてもこれだけは僕は貫き通すつもりだ。
「ハハッ…、なに言い出すのかと思ったら…」
竜太は笑う。それが僕にはあざ笑うとかそんなものではなくただ純粋な笑顔に見えた。
「俺だってお前スゲーって思ってるし、ライバルだって思ってるよ。ハズイこと言わせんな、帰ろうぜ」
「う、うん」
ひとまずはこれでいいのだろう、現状維持と言われればそうなのかもしれないが。
「…………俺、さ。正直、お前のこと妬んでところはあったんだ」
「…!」
ぽつりと言った竜太の言葉に足が止まる。まさか今、本人の口から出るとは思ってなかった。
「そ、そうなんだ…」
あまりに突然のことで、すぐに言葉が出てこなかった。
「それでもよ、なんか入院中にじっくり考えてたらそれもバカらしくなって…、なんかそんなことでウジウジすんなって感じのことを誰かに言われた気がしたんだよ、頭打ったから逆にすっきりしたのかもな?」
「ど、どうだろう?」
「ケガしたお前にスカッとしたのかって聞かれたら否定はできねぇ。それでもお前はまた走れるようになった、トラウマを乗り越えたんだよ。スゲーよお前は」
「…いやそんな」
「悪かった、友達にこんな感情持っちまって」
「い、いやいいよっ。そんなことしなくたって」僕に頭を下げる竜太を慌てて止める。心の中では嬉しかった、竜太が面と向かってそんなことを言ってくれたことに。
真剣な雰囲気に僕達はお互いに吹き出してしまう。そして笑いあいながら帰路に着く。
竜太との関係は徐々に修復されるだろう。尊敬する彼をライバルだと言ってくれた彼を、僕は友達だと強く言える。
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