another 火縄 弾子と鉄炮塚 灯

 元々は機械の力を用いた義手や義足の研究・開発をしていた。事故や病気で手足を切断せざるを得ない人達に、元の状態と遜色ないほどの義手、義足を作るのが私の研究目標だった。

 その日も計算の間違いや実動作の不具合に辟易していた時だった。

「火縄さん。来客ですよ」

「私ですか?」

「えぇ。和泉研究所から」

 エネルギー研究などを行っている和泉研究所がなんの用だろうと思いながら応接室に向かうと、私の上司と一人の男性がいた。

「初めまして。和泉研究所の鉄炮塚 あゆむと申します」

 鉄炮塚は歳は四十代ぐらいといったところか、背が高い男というのが第一印象だった。

「初めまして。火縄…弾子です」

「突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。ぜひ火縄さんにお話したいことがありまして」

 どうやら鉄炮塚は私に用事があるそうだ。だとしたらなぜ上司が同席しているのだろうか。チラリと横を見ると、上司は鉄炮塚に対して愛想を振りまいている。

「実は、火縄さんの技術を我が社で役立てていただきたいのです」

「…えっと、つまり?」

「ヘッドハンティングです」

 おもわず口が開く。ヘッドハンティング?私を?というかそういうのって、相手の会社にくるものなのだろうか?上司もわざわざ同席させて随分堂々としているものである。上司を見ると、怪訝な顔を一切せず私のほうを見て、

「和泉研究所なんて大きなところからスカウトだなんて。すごいことだよ火縄くん」とにこやかに言った。どうやら上司には先に話がいっていたようだ。

「あの、なぜ私を?」

「以前、火縄さんが発表した義手に関しての研究に感銘を受けまして。我々の元でその手腕をふるっていただければなと」

「でも、そんないきなり」

「もちろん今すぐにお返事をしていただなくても結構です。ただ、我々には火縄さんが満足できる設備があります。貴方の今後の研究に協力できるかと。まずはこの資料だけでも。我が社に入っていただければ、これだけの設備を使用できます」

 結局その日は返事を保留にし、鉄炮塚は帰っていった。渡された資料には確かにうちとは比べられないほどの待遇が記載されていた。確かにこれなら研究や開発も進むだろう。さすがというべきだった。周りは私のスカウトを喜び、応援してくれた。上司もこれを断るなんてないだろうといった様子だった。

 特に止めてくれるなどはなかった。そこからくる寂しさとかはなく、そういうものなのだろうと思った。そんな周囲の反応の後押しもあり、私は和泉研究所に身を置くことになった。


 研究所に移ってからは、設備の充実さや環境の変化も相まって、私の研究もかなり進んだ。

 鉄炮塚は義手や義足での社会の有用性を事業の一つとして考えているようで、私はそれに協力する形となっている。

「義手を扱う人達が健全な人と変わらない動きができれば、職業選択の幅が広がる」彼はそう言っていた。共に研究をしていくにつれ、私たちは気の合う友人といった感じで日々を過ごした。その上で彼に対する特別な感情はないというわけではなかった。私の研究に寄り添ってくれ、失敗に対しても自分のことのように惜しみ、改善案についても考えてくれた。そんな毎日を数年も続ければ、彼に惹かれるのは当然だったのかもしれない。

 だが、私はそれを彼には伝えなかった。彼はすでに結婚しており、娘もいたのだ。

「火縄さん。紹介するよ。娘の灯だ」

 その日、お願いがあると言われ彼が連れてきたのは、10歳になる灯だった。彼の後ろに隠れながらも私の顔を覗き込んでくる灯を怖がらせないように私は精一杯の笑顔で迎えた。

「この子の義手を君に作ってもらいたいんだ」

 灯の左腕は前腕部の半分から先が事故によって失われていた。左腕には機能的ではない外観のための義手がつけられていた。


 私は現在行っている研究の一環として灯の義手制作に取り組んだ。そのため灯と過ごす時間は必然的に多くなった。

「灯ちゃん。お菓子あるから食べる?」

「うん!ありがとう!」

 灯はよく笑う子だった。自分に置かれた境遇を憂うことを感じさせないような振る舞いだった。それは灯なりに周りに気を遣っているのかもしれない。けれど、そんな灯を私はまるで娘のように可愛がった。

 灯の母親は数年前に病気で亡くなったそうだ。母親代わりなどと驕っているわけではないが、それでも私に向けて笑顔を向けてくれる灯はとても愛しかった。だがそれでもなにもかも上手くいくというわけでもない。義手が完成しても灯の体に馴染まなかったり。重い義手で灯が扱えなかったりなど、欠点が多々見られた。


 そんな時だった。

「島に研究所を?」

 歩がその話をした時、すこし様子がおかしかった。寝不足というわけでもない。やつれているというか。まるでなにかに憑りつかれているかのような印象だった。

「あぁ。上が新たな研究所を本土から少し離れた島に設立することになったんだ。そして僕に所長をしてもらいたいと」

「…すごい!出世じゃない!」

「あぁ、君なら喜んでくれると思ったよ。もう島での工事も始まっている。君にもぜひ来てほしい」

「私が…、いいの?」

「君がいいんだ。君じゃなきゃダメなんだ」

 彼に必要とされたそれが嬉しくて私は二つ返事で了承した。彼の様子なんて気にならないほどに。

「それで灯の義手の制作だが、これからは僕がメインで進めようと思っているんだ」

「…えっ?」

 喜びもつかの間、歩の言葉に一瞬体が固まった。灯の義手を彼が?

「な、なんで…」

「君と共に研究を重ね、僕も義手の技術者としてはかなりの腕を持つようになった。それに所長の僕が研究員をサポートするというのも世間体によろしくないんだ」

 言いたいことは分かる。確かに歩は研究者、技術者としてはかなり成長した。そして、世間に対しての面目に関しても分からない話ではない。

「で、でも灯のは…私の手で」

「灯は僕の娘だ。父親が娘の義手を作る。これをアピールしていきたいんだ」

 『灯は僕の娘』この言葉で私は何も言い返せなかった。私は灯の母親ではない。あの子に感じている母性も私の自己満足に過ぎない。

 結局、私はそれを了承し、サポートに回ることになった。いっそのこと彼の口から「灯の母親になってくれ」なんて言ってくれないだろうかと淡い期待もあったが、そんな話は露ほどもなかった。

 そして、数年後私たちは浦松島うらまつじまの中心部にできた新たな研究所に移った。そこが、軍事開発部門と知ったのはもう少し先の話だった。


 灯と会える時間が減った。いや、ほぼないといってもいいぐらいだった。歩が主体で研究を行うようになってからは、私の役割は何をやっているのかも分からないデータの打ち込み。研究の概要を教えてくれと迫ってもはぐらかされる。歩はさらにやつれていき、研究室にこもるようになった。義手の開発にここまでするのかと、私の疑念は日に日に増えていった。

 ある日、私は無人の研究室に忍び込んだ。歩は今日は家に帰っていた。私がそこで見たものはとてもおぞましいものだった。

『義手型の銃の開発』これが、今行われている研究だった。私が今まで研究してきたものが、武器として扱われている。実験体としての灯が使用されているとの記載を見た時は膝から崩れ落ちそうだった。あんなに笑顔を絶やさない天使のような灯の左腕が武器?銃?これは今現実なのか?頭の中がグチャグチャにされたようだった。好きな人が自分の娘を。その事実に私はしばらく動けなかった。


 翌日、研究室にいる歩を問いただした。私の追求に彼は、

「上からの指示だ」冷たい目でそう言った。

「手足を失った人にいろんな職が選べるようにするんでしょ?」

「…はぁ。もうそんなこと言っていられる立場じゃないんだ。分かってくれ」

「だからって!灯を実験体になんてっ!」

「灯の義手は君が作り上げてきたものの基礎ができている。そこから開発を広げていくのは当然のことだ。左腕がない灯がいるから、研究は進むんだ」

 私の必死の説得もむなしく。研究所から追い出された。私は研究所の前で立ち尽くした。どこで間違えたのだろうか。私が歩についていかないほうが良かったのではないか。そんな考えが頭をよぎる。あの人を好きにならなければこんなことは起きなかったのか。考えれば考えるほど何も分からなくなった。窓から見える海はむかつくほどに青く、削られた自然の端を見ていると、それを押しのけて建つこの施設が気持ち悪く思えた。

 遠くから見えた灯は年齢を重ねた分大人びて見えた。今の自分に施されていることがろくでもないことだということは自覚しているはず。それでもあの子は文句を言わずに父親のいうことに従った。学校にも通えず、勉強は研究所内で行い。外出も満足にできない状況だった。そんな灯に対して何もできない自分を呪った。


 数日後、実験中の事故で歩は亡くなった。

 私が駆け付けた時には、歩は倒れており体からはおびただしい血が流れていた。灯の左腕から暴発した弾が彼の心臓を撃ちぬいたのだ。その時の灯に意識はなく、義手の不具合によるものだった。事故は内密に処理され、義手の研究も白紙になるかと思えた。だが、研究は続行だった。私が引き継ぐようにと言われた。

 当然断った。それよりも灯を早く解放することを迫った。がしかし、

『義手を完成させろ。そうすれば鉄炮塚 灯は好きにしていい。我々も完成後に彼女をどうこうするつもりはない。その後の彼女の義手は君が勝手に作ればいい』

 仮に私がその条件を投げ出し、ここから逃げることも出来ただろう。だがそうなった場合、よく知りもしない奴らが灯の体に手を加え、まさぐり、実験対象としての目を向けるのだ。そんなの我慢できない。

 早く研究を終わらせるために私は上からの指示に従った。歩が亡くなった今、身寄りのいない灯は私が引き取った。いつかこの子の母親になれたらなんて思っていたのが、こんな形で叶ってしまった。再び灯の目の前に立った時、心の奥から喜びを湧き上がってきた。だが、それを私は顔には出すことはしない。

 研究の立て直し期間として休日ができ、灯との本土への外出も監視付きだが許可が出た。とにかく研究所から離れたく少し遠出をした。

「なにか食べたいものはある?」

「弾子さん。料理とかできるの?」

「私はそういうのは苦手だ」

「そうなんだ」

 今の灯の左腕は見せかけの義手をつけている。

 父親が亡くなっても灯の心身に異常はなかった。ずっと俯きがちとか笑わなくなったとかもなかった。だが、自分の無い左腕を見て時折悲痛な顔をした。

 灯はどういう風に父親が亡くなったのかは知らない。もしかしたら感づいているのかもしれない。私はこの子の精神に甘えてしまっている。

 歩はどういう感情で灯と接していたんだろう。心を痛めてはいたんだろうか。


「なんかやってるよ、あそこ」

 灯が指さしたのは、ドーム状のスタジアムだった。そこにはジャージ姿の学生や社会人が多く見られ、垂れ幕には『陸上競技記録会』とあった。スタジアムの方の歓声がここまで聞こえてくる。

「ちょっと行ってみよ」

 灯の提案に私は少し戸惑いつつも後に続いた。特に入場料とかはなく、すんなり中に入れた。見渡すと色とりどりのジャージが目に入る。背中には学校の名前が刺繍されている。灯と同じ年頃の女の子達が、友達と寄り添い、選手の応援をし、結果に喜びを分かち合う。どれも灯が出来ないことだ。この光景を見て、灯は辛くないのだろうか。


『続いて、男子100m。第8組目です』

 場内のアナウンスに周りがピタッと静まり返る。しばらくして号砲が鳴り、選手が一斉に飛びだす。一人がスタートでかなり差をつけそのまま逃げ切った。風のようにビュンビュンと走っていき思わず感嘆の声が漏れる。

『一着は伊藤 陸斗君 浦松高校 タイムは―』

「浦松高校って、島にある高校だよね」

「あぁ、そうだな」

「すごいなぁ、あんなに早いなんて」

 そう話す灯はこの前より明るくなったように感じた。もし、灯が事故に遭わなければ周りにいる子達のように、スポーツができたのだろうか。学校に行って友達ができて、笑って泣いて、大人になっていったのだろうか。そんな未来を想像しても、その時灯の傍に自分はいないのだと思うと、それは嫌だと勝手なことを思ってしまう。

「あなたは強い子ね」

「そう?」

「実験。嫌じゃないの?」

「…私ねお父さんのことは好きなの。研究が忙しくなって構ってくれる時間が減っても、周りから見たらいけないことをしていても、それでも私のお父さんだから。もちろんやめてくれたら一番良かったんだけど。お父さんが何かを成し遂げようとしていることのその事実だけは、私は憎むことはできない」

「…」

「私は、大丈夫だから。よろしくね、お母さん」

 私が灯にできることは研究を早く終わらせることだ。それ以外のことは考えないようにする。母親というのも形式上のものだ。そう自分に言い聞かせた。

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