鉄炮塚 灯に繋がるもの

「あった…」

 ぽつりと呟く。手がかりなんてないと思っていた部分もある。仮にあったとしても手が届かないかもしれないと思っていた。鉄炮塚に関することがこのファイルに綴られている。

 ページを捲る。

『鉄炮塚 灯は左腕が機械で構成されている。今回の転入にあたって多人数での学校生活が彼女の感情や心拍数の観察が主な目的である』

「機械…」

 とんでもない単語が飛び込んでくる。それと同時に頭の中をなにか駆け巡る。刹那、一つの場面が映し出される。

 教室。僕らの教室だ。外は雨。目の前に立つのは鉄炮塚 灯だ。彼女は左腕を伸ばす。左手は親指を立て、人差し指を伸ばし、中指を軽く曲げ、後の指は握りこんでいる。ピストルの形だ。

「そうだ」

 鉄炮塚 灯が伸ばす左手の人差し指は白く細く長く。そして、穴が開いていた。そこからは、

「弾丸が…飛ぶ」


 忘れさせられた記憶が蘇る。そうだ、鉄炮塚 灯というのは、左手がピストルになっていて、普段クラスでは見せないような笑顔をするし、お昼ご飯は食生活が心配になるような物を食べてて、熊のぬいぐるみを大切にしていて、怒るとちょっと怖くて、と思ったらいたずらっ子のように笑う。

 僕が再び走り出すことを疑わなかった。

「鉄炮塚…」

 鉄炮塚と過ごした長くはない日々が僕の頭の中に広がった。今まで忘れていたという事実がたまらなく悔しい。


 時間が近づいていたので、残りはパラパラと少ししか見れなかった。その中で目に留まった、『学校への寄付について』という言葉がこの学校と和泉研究所との関係性をより濃いものとしたが、それについては正直どうでもよかった。

 僕は急いで引き出しを閉じ、鍵をかけ元あった場所に戻した。幸い誰も来なかった。僕は何食わぬ顔で掃除を切り上げ、校長室を後にした。


 時間は経ち放課後。午後の授業はまるで身に入らなかった。鉄炮塚のことで頭がいっぱいだ。消された記憶は思い出した。だがそれでどうする?タクシー運転手曰く研究所にはゲートがあり普通では中には入れない。

 記憶を思い出しても、学校と和泉研究所が関わりを持っていると知れたとしても、僕には何もできない。

 鉄炮塚にもう一度会いたい。このまま終わりになんてしたくはない。

 悩んでも答えは出ず、昇降口を出た時だった。

「こんにちは」

 目の前に火縄さんが立っていた。

「えっ」

 いきなりの登場だったし、校長室でのこともあってかなり面くらってしまった。

「えっと…こんにちは」

 挨拶を返すのがやっとだった。タイミングが良すぎる。この人はどこまで知っている?自分が今どういう風に立ち回るべきなのかすぐには分からなかった。


 火縄さんはジッと観察するような目で見てくる。

「えっと、その節はどうも…」

 当たり障りのない会話を切り出す。もっと他になかったのかと思うがこんな言葉しか出てこなかった。

「いやいや、貧血てのは怖いからね。鉄分をよく取るといい」

「は、はい」

 数秒の沈黙が続く。火縄さんは動かない。僕も動けない。

「えっと、なにか?」

 仮に火縄さんが僕の記憶が戻っていることを知らないとしよう。ならば、彼女は僕に用はないはずだ。いや、定期的に記憶が戻っていないか観察している?

「あぁ、学校に用事でね。そこで君がいたから体調はどうかなと気になっただけさ。まぁ私は医者じゃないから、そこで君に「気分が優れません」と言われたところで気を付けてとしか言えないわけだが」

 火縄さんはそう言いながら僕に近づく。後ずさりしそうになるのを堪える。

「そ、そうですか。お気遣いありがとうございます」僕は必要最低限のことしか喋らないことにした。

 火縄さんは目の前に立つ。眼光でも威圧感でもない火縄 弾子の雰囲気とでもいうべきか、緊張で体が少し強張る。

「君は演劇部かい?」

「は?」

 突拍子も無い質問に間の抜けた声がでる。どういうことだ?演劇部?なにがそう見えたのだろうか。僕の今の恰好はジャージ姿にランニングシューズを履いている。部活に行く恰好だ。まぁ、動きやすい恰好をした稽古中の演劇部に見えたりするのだろうか。というかそもそもうちの学校に演劇部はない。

「いえ、陸上部です」

「そうかい。記憶喪失の役の演技でもしているのかと思ったよ」

「…っ!」

 火縄さんの眠たそうな眼ははっきりと僕を見据えていた。知っているんだ。この人は全部。飛島の話からもこの学校を観察しているような口ぶりが節々見えていた。僕がやっていたことなんてお見通しなんだろう。

「怖い顔で睨まないでおくれ。車を停めてあるからそこで話すとしよう」

 僕は火縄さんの後についていく。火縄さんは白衣のポケットに手を突っ込みながら歩く。車は何度か見たことがあるものだった。黒塗りのセダンでフロント部についてあるロゴマークは車に詳しくない僕でも知っている高級なやつの証だった。

「何か飲むかい?」火縄さんは学校の自販機を指さす。

「いえ、結構です」

「そう」


 僕は助手席に促され、車に乗り込む。車内は綺麗にしてあり、独特の匂いがする。エアコンや車内に持ち込んだ食べ物等が入り混じった匂いがシートが持つ元々の匂いとさらに混じったものだ。人の車というのはあまり慣れない。運転席と助手席の間に備え付けてあるドリンクホルダーにはドーパミンサイダーがあった。

 シートに身を置き軽く前傾姿勢を取る。背を後ろには預けない。火縄さんは何も言わずにサイダーの缶を軽く振るが中の音は出ていない。カラだ。そしてまたホルダーに缶を戻す。なんてことない動作を僕は横目で確認する。意味もなく。目で追う。頬を触る、腕時計を見る、数秒ほど窓の外を見つめる。そんな火縄さんのなんとなくやっただけの行動を見てしまう。

「警戒の色が強いね」

「…もちろん」

「だが、好奇心もチラリと覗いている。でないとこんな狭い車内にはまず入らないだろう」

「…竜太は無事なんですか」

「あぁ、弾丸は体を貫いていたからねぇ。記憶についても問題ない、ご家族も面会に来ているしそろそろ退院できるだろう」

「そう…、ですか」

 竜太の記憶が消えたとしても、竜太が僕に対して前から抱いている感情は消えていない。学校で会った時、あいつはどんな顔をするのだろうか。僕はどんな顔であいつに会えばいいのだろうか。


「聞きたいのは櫻井 竜太の容態だけかい?」

「あなたはどこまで知っているんですか?」

「…君が校長室に入り、無断で机の中を物色した。校長先生が連絡をしてくれたよ」

 やはりあの時バレていたのだ。おそらく校長は僕が鉄炮塚と関わっていた人物だというのは知らされていたのだろう。しかし、それだとなぜずっと見張っていなかったんだ?

「記憶が消えていると聞いて油断していたんだろう。普段のファイルの管理にしてもそうだ、まさか掃除する者が無断で開けることなどないだろう。と、括っていたんだろう」僕の心中の疑問を見透かしているかのように火縄さんは話す。


「飛島 弥生はすべてを話してくれたのかい?」

「…」

「やさしいね君は。答えないのならばそれでいい。別に彼女をどうこうしようという気はないからね」

 なにかがフロントガラスを叩いた。水だ。ぶつかった水ははじける。まるで小さな穴が開いたようだった。ほんの数秒後にはフロントガラスを覆う雨が降りそそいだ。

 鉄炮塚に会った日も彼女が去っていった日も雨が降っていた。前を滑り下りる雨を見ながらそんなことを思う。

「灯の左腕の詳細は学校も知らない。機械化された義手だとは伝えているけどね」

「なぜ、あんな危険なモノが彼女に…」

 不意に火縄さんは車のエンジンをかけた。計器類が動き、中央のディスプレイが起動する。しばらくするとフロント部のワイパーが雨を拭った。

「今の君の状態で君を帰すわけにはいかなくてね。もっとも、君もこのままはいさようならとはいくつもりもないんだろうが」

「鉄炮塚に会わせてください」

「ふぅん。ま、いいだろう」

 火縄さんは車を発車させた。

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