物色
「和泉研究所?あぁ、ダメダメあそこには行くなって会社に言われてるのよ」
「そう、ですか」
水曜日の放課後。僕は学校近くでたまたま停車していたタクシーの運転手に和泉研究所まで、乗せていってもらえないか聞いた。運転手は白髪で初老の男性だ。
島の循環線の停留所に和泉研究所は入っていない。近くの停留所からでもかなりの距離のため徒歩で行くには厳しい。出費が痛いがタクシーを使うことにしたのだ。
「それに研究所前もゲートで封鎖されているし、あんなとこ学生が行くとこじゃないだろ」
「ゲート内に入ったことは?」
「ないない。島の住民はあそこには近づかないよ。噂じゃ軍事利用目的だなんて話も出てるくらいだ。おっかなくて関わり合いたくないね」
「よく島の人たちが許しましたね」
「もちろんあちらさんも表立ってそんなこと言ってるわけじゃない。あくまで噂だ。それに研究所が病院を良い設備が整ってるものに建て替えてくれたし。役場もかなり金をもらったらしいよ」
「それも噂?」
「もちろん噂」
おしゃべりな運転手にお礼を告げ、僕は学校近くの自動販売機に足を運ぶ、目的は僕の愛飲料ドーパミンサイダーだ。背を向けている自販機の後ろから、祈る気持ちで歩を進む。この瞬間がなんともハラハラする。高確率で売り切れなのだが、あった時の嬉しさといったらない。ソシャゲのガチャを引く時の気分だ。という自分の思考に危なさを感じる。ドーパミンサイダーはほんとに合法なのだろうかと疑ってしまう。一度工場見学に行きたいものだ。
「うぅ、ないか…」
無常も売り切れのランプが灯っていた。いや、これはこれでいいんだ。次にあった時の喜びが増すから。
「そういえば、火縄さんもこれを飲んで……」
医療センターに行った時、火縄さんは竜太の病室前であのサイダーをおいしそうに飲んでいた。このサイダーが売っているのはここの自販機だけだ。
「水曜日…」
そうだ。僕はここで火縄さんと会っている。モヤがかかっていたものが風で飛ばされるかのようにして記憶が蘇ってくる。同じサイダーを愛飲する者としてささやかな喜びを分かち合った。
あの人はこの時、僕のことを知っていたのか?鉄炮塚に関わる者として僕をマークしていたのだろうか。可能性としてはある話だ。ここで張っていれば彼女に会えるだろうか、だが仮に会えたとしてどうなる?そこで問い詰めたとしてものらりくらりとかわされるてしまいそうだ。最悪また記憶を消されてしまうかもしれない。その時は飛島にもその手が及ぶかもしれない。そんなことはさせるわけにはいかない。
「火縄さんは学校にも普通に出入りしていたよな」
職員室で聞いた話によると校長に用があったとか、となると校長は鉄炮塚に関するなにかを知っている?
調べるにしてもいきなり校長に鉄炮塚のことを聞いたとしても何も話してくれないだろう。そのせいで火縄さんに連絡がいくかもしれない。校長室にいけばなにか分かるかもしれないが生徒が簡単に入れるものではない。
「さて、どうしたものか」
悩みながらも、僕はその場を後にする。夜中に侵入なんて危ない案もでたが、さすがにタダでは済まなそうだ。
校長室に入り、かつ誰もいない状態で調べるなんてそんなの…、
「あっ」
一つの案が浮かんだ、もしかしたらこれならチャンスがあるかもしれない。
「今週の掃除場所決めるぞー」
週が明けた月曜日。朝のホームルームで担任が一枚の紙をひらつかせる。毎週の月曜日。僕達は昼休み後の掃除場所を決める。教室やトイレ、水道その他にも渡り廊下や体育館なんてのもあり一週間自分が担当する掃除場所を決めるのだ。一番人気は体育館で、一番不人気はトイレだ。実はこの掃除決めは、
「今週はうちのクラスが校長室の掃除担当だからな。だれか一人入ることになるぞ」
そう、この校長室の掃除が各クラス週ごとのローテーションで回ってくることになっており、今回はうちのクラスが担当だ。これだ。僕は真っ先に校長室の掃除担当に立候補し、特に他者と争うことなく勝ち得た。
「校長室を漁るぅぅぅ!?」
「ばかっ。声がデカイっ」
昼休み。僕は飛島と一緒にいた。昼ご飯を終えた僕が、校内のベンチで校長室でどう動くべきかを考えているときに飛島が話しかけてきたのだ。正直あの後だからなんとなく気恥ずかしさもあったのだが、飛島は特に気にすることもなく話しかけてきた。そして僕が校長室で鉄炮塚に関するなにかがないか探ると言った瞬間の飛島の驚きの声がそれだった。
あわてて飛島の口を塞ぎ、周りを確認する。幸いこちらを人は少なくこちらを見ている人もいなかった。
「漁るだなんて人聞きの悪いこというなよ。ちょっと物色するだけ」
「同じですよっ。大体そんなのバレたらどうするんですか?それに校長先生だって中にいるんじゃ」
「いや、あの人は掃除時間はいつも校内を見て回っているんだ。だから校長室は掃除する人以外は無人だ」
「でも危ないですよ」
「もちろんいきなり物色なんてことはしない。五日もあるんだ。タイミングを見計らうさ」
とりあえず今日は下見で済ませるつもりだ。校長室の中は見たことがあるが、それでも詳しいことはわからない。どこになにがあるかを把握し、それでポイントを割り出し、手早く調べる。贅沢をいえば見張り役が欲しいとこだが、一人なのでそれは無理だ。
「そもそも校長室にはなにもないかもしれないでしょ?」
「その時はまた別の接触を考えるさ。だが火縄さんが校長と会っているなら、鉄炮塚に関するなにかがあるはず。黒い噂がある和泉研究所なら学校に対して深い関わりがあるかもしれない。自分の娘を転校させてるんだからな」
その娘に関したことで記憶を消すようならなおさらだ。
時計を見ると、間もなく掃除の時間だ。僕は校長室に向かう。飛島は何か言いたそうだったが、結局諦めたような表情で見送ってくれた。
校長室は一階、職員室と隣り合わせにあり来賓用の昇降口の目の前にある。
掃除時間が始まると、辺りを生徒や先生が往来しだす。
「校長室掃除の人?」
「あ、はい」
話しかけてきたのは、女性だった。確か先生というよりかは事務作業員という位置づけだったように思う。よくは知らないが普段あまり見ない人だ。
「掃除道具は職員室にあるから。校長室の扉は開けておいてね」
僕は言われたように、職員室から箒と塵取りを取り出す。柄の部分には”校長室”とマジックで書かれていた。
「よし、行きますか」掃除時間は20分だ。
白いビニル床から敷居をまたぎ茶色いフローリングの床に足を踏み入れる。
室内はザ・校長室といった感じだ。ドラマやアニメなど見ているのとほぼ同じだ。なんかそういう規定でもあるのかと思ってしまう。校長はすでにいなかった。今頃、校内を巡回でもしてるんだろう。
中央にはレザー製で三人掛けのソファが二脚。向かい合うように設置されており、それに挟まれるように膝ぐらいの高さの長い机がある。マホガニー製というものだろうか。なかなかに高そうだ。奥には校長が座る机がある。扉の方を向いており、腰かける椅子もさすがという感じで高級感ある椅子だった。机の後ろ側は窓になっておりそこから外が見える。
部屋に向かって左上には歴代校長の写真が飾られている。壁の側面に置かれているキャビネットには様々な書籍やファイルなどが保管されている。掃除中にざっと見たが、有力そうなものはない。
校長が座る机にはいくつか引き出しがあり、その一つには鍵がかかっていた。その他の引き出しは開けることができるが、とりあえず今はやめておいた。今日の目的は下見だ。
「あやしいのはこの鍵付きの引き出しだな」
まだ他の引き出しはチェックしていないが、とりあえず最有力候補はこれだ。
そろそろ掃除時間が終わる。僕は集めたゴミを塵取りにサッと入れ、校長室を後にした。
二日目。この日は室外に目を向けてみる。校長室の扉は開くように言われているため、行動を移す際には十分注意しなければならない。一階の廊下にも掃除をする生徒はいる。それに見張りというほどではないが、たまに先生が様子を見にくることがある。昨日と今日では掃除が開始してから5分や10分の間に一度先生が来た。そして、掃除時間終了5分前にはチェックということで、先生が入ってくる。まだ二日しか経っていないので、この時間にくるというパターン化がされているわけではないので難しいが、目安としては考えておこう。
窓の外から見える景色は校舎裏に位置しており普段の掃除場所には含まれないので、この時間でも人はいない。校長室や職員室からも見えるので、たむろする生徒もいない。外から見られる心配はないといっていいだろう。
三日目。掃除道具を持って向かうとちょうど校長が出てきた。ご本人登場に少し面食らってしまう。
「おや、君がここの掃除担当かい?」
「はい」
ビシッとした黒のスーツに薄い黄色のネクタイを結んでいる。白髪でふくよかな体型で、校長先生といえばこんな感じといった人だ。
「そうかい。それじゃよろしく」
にっこりと優しそうな表情を浮かべると、校長は去っていった。
名前は岩井という。苗字は知っているが、下の名前は知らない。何度か目にしたり、聞いたことはあるはずなのだが覚えてない。
僕は部屋の窓際へと移動し、机の右側三つある引き出しの一番上をサッと開ける。木製の机なので、ガタッと少し建付けの悪い音が響く。その音に少しビクッとするが、そのまま中は見ず、その場で箒を動かす。これで入口からは僕が机周りを掃き掃除しているようにしか見えない。机が扉と向かい合う形で本当によかった。これで引き出しを開けていても気づかれない。
引き出しの中には文具が多くあった。ボールペンや、印鑑。高そうな万年筆もあった。この引き出しには特に探し物はなさそうだ。
他の引き出しも調べてみる。視線を気にしながら行うのと、中を探るためには、どうしても不自然な体制になってしまう。バレないようにしないといけないので、一つ一つを調べるのに時間がかかる上、掃除もやらないと、後のチェックで怒られてしまう。なんとか右側の引き出しは調べ終えたが、特に鉄炮塚に繋がるものはなかった。
「そもそもないんじゃないですか?」
その日の帰りのフェリーで、飛島にバッサリ言われてしまった。窓際で静かに揺れる海面を眺める僕は何も言い返せない。
「それを言われちゃあお終いよ」
「いくら鉄炮塚先輩に関係するなにかを探し出したいにしても、校長室にあるかもってのは先輩の願望でしょ?見つかった時のリスクを考えても得策じゃないと思いますよ。大体、変な噂のある和泉研究所とうちの学校の関わりのことなんて、そんなのを机の鍵が付いた引き出しなんかに仕舞います?しかも、掃除時間に自分は校舎の見回り?間抜けじゃないです?」
グサグサと飛島の言葉が刺さる。確かに飛島の言ったことは初日には頭に浮かんでいたことだ。
「でも、他に宛てがない」
「ま、別に今更止めないですよ」
残りは二日だ。それでなにか手がかりを見つけないと。
「そういえば、飛島。もう問題なく飛べてるみたいだな」
一時、まったく飛べなくなったと聞いて焦ったものだ。
「いつまでも飛べないなんて、みっともないとこ見せられないですよ。誰かさんも走るようになったことだし」
「そっか」
短い期間にいろんなことがあったが、それでも変わらず僕と接してくれている飛島。そんな優しさが、後輩にも関わらず大人びてみえる。彼女もずいぶん変わったようだ。
「なにニヤニヤしてるんですか。キモイですよ」
「そのへらず口は相変わらずだな」
四日目。そろそろ何か決定的なものが欲しい。…願望だが。
左の引き出しを上から二番目を開ける。一番目は鍵付きのやつだ。しかしなにも見つけられなかった。残りも不発だった。あわよくば、鍵でも入れていてはくれないものかと願ったがダメだった。さすがにそんな不用心でもないか。
次はどうするべきかと、肩を落とし考えながら、箒を動かしていると、
「?」
机の中央には閉じられたノートパソコンがある。シルバーで真ん中には見知ったロゴマークがある。そのパソコンの下に何かが見える。
「いやいや」
いくらなんでもだ。学校でもセキュリティの重要さが口を酸っぱく言われている昨今だぞ?
辺りを確認しつつパソコンをほんの少し持ち上げる。銀色の何か見えた。
「さすがに」
まさか探る生徒なんていないだろうと思っていたのか。だから余裕こいてこんなとこに置いているのか。もう少し上げる。
「どうやら飛島の言う通り。口悪くいうなら間抜けだったな」
おそらく引き出し用であろう鍵がそこにあった。
小さな鍵を手に持つ。時間は残り十分ほどだ。扉に目を向ける。誰も入ってこない。僕は引き出しに近づき、鍵を差し込み口に入れる。鍵はすんなり入った。
「…」
一気に捻る。鍵は抵抗なく半回転し、カチャリと鳴った。
その時だった。視界の端に誰かが入ってくるのが見えた。心臓がギュっと掴まれた感覚だ。とっさに鍵を抜き、手の中に隠す。
「ご苦労さま」入ってきたのは岩井校長だった。
今まではなかったことだ。掃除時間、校長は校内を見て回っている。戻ってくる時間は正確には知らなかった。僕がそこにいる間は姿を見せなかった。
「そこいいかな?」校長は机を指さす。
「は、はい」僕はその場を離れる。鍵は、まだ手の中だ。
入ってきた時、校長の目に僕はどう映っていたか。とっさに背筋を伸ばしたが、引き出しに手を伸ばしたのを見られたのかも知れない。
「すまないね。掃除の邪魔はしないから」
「いえ、そんな…」
左手には箒、右手には鍵。平静を装いつつも、校長の一挙手一投足に目が離せない。今あの引き出しを探されたらまずい。
校長は右側の引き出しを開け、何かの書類を取り出しパラパラと見ている。僕は黙々と掃除を続ける。箒が集めるホコリを意味もなく小さくまとめたりしながら。
「ふむ…」
溜息ともいえない息を漏らしながら、校長は外を一瞥し、そのまま部屋を出た。
大きなため息が出る。何も言われなかった。引き出しも見られなかった。息が詰まる思いだった。
廊下側に顔を出す。校長の姿はもう見えない。僕は再び机に行き、引き出しに手をかける。ゆっくりと開けた。
「…?」
中には一冊の黒いファイルがあった。それ以外には何も入っていない。持ってみると、そこそこの重量がある厚いファイルだ。表紙には何も書いていない。引き出しからは出さずにそのままファイルを開く。
「これは…」
そこには『鉄炮塚 灯に関する資料』と書かれていた。
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