違和感の正体を求めて

 あの日から週が明けた。竜太はまだ入院中で、鉄砲塚がいた席は撤去されていた。

 僕は部活に一切顔を出さなくなったが、それについて飛島が何かを言うことはなくなった。そもそもまとも顔を合わせてない。何度かすれ違うことはあったが、お互い何も話そうとはしなかった。

 飛島の告白は嬉しかった。抜け殻みたいな僕を好きだと言ってくれて、飛島とそういう関係になれたらきっと楽しいだろう。そう思った。

 でも、なぜか鉄砲塚の顔が頭から離れない。もうこれは理由なきモノとして片付けるにはおかしい。

『鉄砲塚に関する記憶がない』そう結論付けてもおかしくはない。ではなぜそんなことになったのか。確かめなくてはならない。知らなくてはならない。鉄砲塚が流した涙の意味に気づかなくちゃいけない。

 

 最初に違和感を感じたのは保健室で目を覚ました時だ。飛島は貧血で倒れたと言っていたが、それ以前の記憶が曖昧だ。自分はどこで倒れたのか、なぜそこにいたのか、それに、

「火縄さんって何者だ?」

 僕を介抱してくれたという、火縄 弾子という女性。学校内にあんな人はいなかったはずだ、来客者だったのか?気になった僕は休み時間に職員室に行って聞いてみることにした。


「火縄 弾子さん?あぁ、和泉研究所の人だよ」担任の先生は答えてくれた。

「和泉って島の中心にある研究所ですか?」

「そうそう」

「なんで、そんな人がこの学校に来るんですか?」

「さぁ?校長に用があったらしいけど、詳しくは知らないな」

 それ以上、詳しい話は聞けなかった。火縄さんと僕はあの時が初対面のはずだ。それも引っかかるポイントではあるが、

「飛島は何か知っているのか?」

 飛島は火縄さんと会っている。僕が目を覚ますまでに何か話しているだろう。

「…今、口を聞いてもらえるだろうか」多分、無理そうだ。そもそも僕自体、話しかけるのがキツい。自分が悪い分、余計に。

 他に手がかりがないか考えてみる。あの日に何か変わったことはなかっただろうか?

「そういえば、竜太が怪我で病院に運ばれたってのが、倒れた日と同じだったな」

 関係があるとは思えないが、お見舞いがてら話を聞いてみよう。


 放課後、竜太のお見舞いに向かう。入院している病院は島の反対側に位置しており、徒歩では時間がかかり過ぎるので、島内を回るバスでの移動になる。循環線となっているこのバスは島での唯一の交通手段だ。タクシーもあるが、学生には痛い出費だ。

 乗客はまばらで、数える程度だ。目的地の病院前までは数十分。窓から見える景色を眺めていると、この島にこんな場所があったのかと思う場所がたくさんある。古びた喫茶店や、広々とした農園。実るオレンジはこの島の名産品だ。食べた事はないが。


『次は医療センター前、医療センター前』

 目的地を告げるアナウンスが流れる。誰かによって降車ボタンが押された。バスは病院敷地内に入り、バス停前でゆっくりと停車した。総合病院だけあり、大きな病院だ。もっとも数年前まではここまで大きくなかったようだが、大がかりな工事をして敷地を広げ、かなり設備のそろった病院に生まれ変わったらしい。本土の病院も顔負けだ。昔ながらの民家が多くあるこの島でドンと構えるこの病院は少し異様に見えた。

 病院前であってか、僕以外にも何人かバスを降りていく。そびえる建物に見える窓から、竜太の病室はどこかなど考えながら病院の入り口に向かう。竜太が心配なのはもちろんだが、なぜ何日も入院するほどの怪我を負ったのか、もしかしたら僕の抜けている記憶に関係しているかもしれない。そんな期待を持っていた。


 だが、それはあっさり打ち破られた。

「面会謝絶?」

 待合室にある受付の看護師に竜太の病室を訊ねると、そんな返答が返ってきた。

「はい。櫻井 竜太さんは現在ご家族を含め、面会することはできません」

「そんな…竜太の容態はそんなに悪いんですか?」

「すみませんが、詳しい事はご説明できません」

 それ以上はとりつく島もなかった。僕はがっくりと待合室の椅子に座りこむ。待合室に設置させれたテレビから聞こえる地方番組のテンションが高いリポーターの声が鬱陶しかった。

 病院に備え付けてあったバスの時刻表を確認して、諦めて帰ろうとした時だった。

「あれ…?」

 入り口が開き、誰かが入ってきた。それはあの時、倒れた僕を介抱してくれたという、火縄 弾子さんだった。


「…なんで、こんなところに」

 僕はおもわず柱の陰に隠れる。いや、別に火縄さんが病院にいることは別に変なことではないだろう。通院とかの可能性だってある。白衣を着ている彼女はどこか関係者にも見えた。

 受付で何かを話している。内容はうまく聞き取れない。少し話した後、火縄さんは入院する患者がいる病棟に歩いて行った。

 誰かのお見舞いだろうか。竜太に会えないとなると、他に事情を知っていそうなのは、あの人だけだ。気になった僕は後を尾けてみることにした。


 入院病棟ではすれ違う人の種類が変わる。目立つのは点滴のスタンドを引く患者だ。ゆっくりと歩くその人に道をゆずりながら、僕は火縄さんを追う。コツコツとパンプスを鳴らしながら脇目も振らず進む火縄さん。階段を昇っていくのを見つからないようについて行く。

 やがて、火縄さんはある病室の前でその足を止めた。踊り場から近い場所に位置していたため、僕は陰に隠れ様子を伺う。扉の前には、一人の男が立っており、火縄さんに気づくと一礼をした。火縄さんは軽く手を上げてそれに応えた。

「どうだい?櫻井 竜太は目を覚ましたかい?」

「…っ!?」

 火縄さんからとんでもない言葉が飛び出した。なんで竜太が?それじゃあ、あの病室には竜太がいるのか?

「いえ、まだです。容体は安定していますが、目を覚ます気配がありません」

「ふうむ。思ったより長引いているな。まぁ、こちらとしてもその方が都合がいい」

 男の方は見張りか?研究所の関係者だろうか。なぜそんな人が病室前にいるんだ。ただの学生に島の研究所の人間が関わっている?面会謝絶もあいつらのせいか?

「とはいえ、家族に隠すのも限度がある」

 そういいながら火縄さんは懐から缶ジュースを取り出し、プルタブを開ける。そのパッケージに僕は目を奪われた。

「ドーパミンサイダー?」

 間違いないあの体に悪そうな缶のデザイン。めちゃくちゃに人を選ぶ飲み物。僕の好きなサイダーを火縄さんはおいしそうに飲んでいた。男はそれを信じられないといった目で見ていた。

「君も飲むかい?差し入れのつもりで持ってきていたんだ」彼女はそういってもう一缶取り出す。

「い、いえ…お気持ちだけで十分です」

 男は断った。あのジュースがどういうものか知っているようだ。火縄さんは残念そうにサイダーを引っ込めた。

「それじゃあ、私をこれで。引き続きよろしく頼むよ」

「はい」

 火縄さんがこっちに来る。僕は慌てて階段を駆け下りて、早足で待合室に戻った。火縄さんはこちらまではこなかった。別の場所に行ったのかもしれない。

 時計を見ると、そろそろバスの時間だ。フェリーの時間もあるので、今日の所は帰ることにした。


 バスの中で今日の事を思い出す。火縄さんは何かを知っている。これは間違いない。鉄砲塚の記憶が抜け落ちている事にも関係しているのかもしれない。記憶が消えたのは人為的に起こされたことだ。日常とはかけ離れた事だとは思うが、そう思わざるをえない。なぜそんなことが自分の身に起きたのか。

 それを明らかにするためにも、…やはり飛島と話さなければならない。

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