another 劣等感

 中学では、かなり上位のレベルにいた。全国の選手との交流だってあった。部内では俺が一番早かったし、高校は離島ではあるが、陸上が強いとこに入ったから、レベルアップを信じて疑わなかった。


「櫻井 竜太です!100と200が専門です。ここでもっと強くなります!」

 ここにいる誰よりも速くなってやる。そう胸に抱いていた。

「伊藤 陸斗です。専門は100と200です。頑張ります」

 俺の隣にいた奴が自己紹介をした。伊藤 陸斗。大会で何度か顔は見たことがあった。それこそ全国でも。でも、準決勝止まりだったはずだ。綺麗なスタートをする奴って印象だけはあった。

 最初は、先輩達に勝てず、ひたすら後ろに食らいついていくしかできなかった。やはり高校にもなると一味違う。それでも、必死に練習した。同じ学年内では一番早かった。二番目が伊藤だった。

 努力の結果、試合にも出れるようになり、先輩達にも勝てるようになってきた。俺が一番になる日もそう遠くはない。そう思っていた。

 このころから、よく伊藤と喋るようになった。実力が近かったから、練習や試合についてもよく話すようになった。友達、そう呼べるような仲だった。


 二年生、先輩達の記録も塗り替えれるほどになって、ますます気合が入るようになった頃だった。

 練習で陸斗に負けるときが出てきた。それまで、僅差の時があったが、最後は俺が勝っていた。

 陸斗も成長してる。俺ももっと頑張らなければ、この時はそう思っていた。


そして、次第に陸斗に勝てなくなっていた。練習でも、試合でも。自己ベストも抜かれてしまった。部員は次第に陸斗に集まるようになり、俺は二番手の扱いを受けていた。

 陸斗は変わらない態度で接してきた。励ましの言葉も、だんだん素直に受けることができない自分がいた。

 悔しかったが、もっと努力すればいい。そう言い聞かせてきた。


 だが、差が縮まることはなかった。陸斗は大会で好成績を残して、部員達からも慕われていた。

 やがて、陸斗と一緒にいることが辛くなっていた。でも、それで距離をとるなんてダサすぎる。偽の笑顔を貼り付けて、陸斗と接した。


 そんな時だった。陸斗が試合で肉離れを起こし派手に転んだ。それがトラウマとなり、陸斗は練習に来なくなった。傍から見れば、心配している様子だったが、俺は内心ほくそ笑んだ。これで、俺が一番だ。陸斗がいなければ、俺はストレスなく練習できる。差なんてすぐに埋めてやる。

 俺は調子を取り戻してきた、もう少しで陸斗の自己ベストに届くといったところだった。陸斗の怪我は治り、陸上部に戻ってきたが、やってるのはマネージャー業や、スターターだ。俺の障害にはならない。俺が短距離のエースになるんだ。俺は死に物狂いで練習した。


 が、届かない。陸斗が残した記録に。栄養学にも力を入れている。調子だって悪くない。だが、勝てない。

「櫻井さん、調子いいよな」

「でもよ、伊藤さんの方が早かったよな」

「まぁ、伊藤さんと比べたらな~。俺あの人に憧れてこの学校入ったもん。今は走ってないけど」

「櫻井さんも速いんだけどな、やっぱり伊藤さんの存在感があったよな」

 後輩達のそんな声が聞こえてきた。

 なんでだよ。今この部を引っ張んてんのは俺だろっ。なに陸斗にスタートのコツ聞きに行ってんだよ。なにフォーム見てもらってんだよ。

 俺がいるだろ!もうすぐでアイツの記録を抜くんだ。俺に聞きに来いよ!

 自分がひどく惨めに思えた。


 三年生に上がって、転入生が来た。

「鉄炮塚 灯です。よろしくお願いします」

 一目惚れだった。凛とした佇まいに、どこかミステリアスな雰囲気を感じた。

 彼女はクラスに馴染もうとはしなかった。距離を置き、話しかけられても無愛想に返すだけだった。彼女は次第に孤立していった。

 俺は何度か鉄炮塚に声を掛けた。大体が連絡事項だった。そこから会話を広げようとしたが、彼女にその気がないため難航した。もっといろんな表情が見てみたい。そう思った。

 腐らず彼女とのコミュニケーションを試みたが暖簾に腕押しだった。


 どんなアタックをしようかと模索していた時だった。

 陸斗が鉄炮塚と話しているのを見た。そこには見たことない鉄炮塚 灯がいた。

 コロコロと表情を変える彼女を見て、そして、それを向けられているのが陸斗であることがひどくショックだった。

 なんで…アイツばっかりなんだ。口先でたぶらかしているに違いない。鉄炮塚は騙されてるんだ。

 俺は鉄炮塚に気持ちを伝えた。一目見て、好きになったと。鉄炮塚は驚いている様子だったが、今日の放課後、返事を聞かせてくれと一方的に告げ俺はその場を後にした。誰かに面と向かって告白したのは初めてだった。陸斗とは付き合っていない。なら俺にだってチャンスはあるはずだ。

 だが、断られた。今、自分の姿を鏡でみたのなら、滑稽に写っているのだろう。認めたくない。俺が陸斗より下なんて。ホントはどこかで無理だと思う自分がいたんじゃないか。なんで、皆、陸斗なんだ。

 気づけば、鉄炮塚に掴み掛かっていた。何をしているんだ。俺は。こんなことしてなんになるんだ。でも、止められない。ちくしょう、ちくしょう…。馬鹿みたいだ、俺…。


 直後、俺の脇腹をナニかが貫いた。

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