第3話 杏奈の罪状
見張りの男たちにはさまれながら建物の外へ出ると、息を呑むほど見事な夕焼けの空が迎えてくれた。
手前の山の端からは、不安を掻き立てるような、大きな黒い雲がもくもくと湧いている。照り映える茜雲を隠しながら、どんどん風に流されていく。
ああ、なんて自由な空。
こんな広大な空を見ることは、もう二度と叶わないに違いない。
夕焼けを目に焼き付けながら、杏奈は天を仰ぐ。
彼女の両脇に立つ男たちも、同じように思ったのだろう。空を見上げたまま動かない杏奈を、促さずに無言で待ってくれている。
だが、夕映えは長くは続かない。
あっという間に光は消え、辺りは闇に包まれる。
杏奈を乗せた馬車は夜の中をひた走り、まだ暗いうちに停まった。
降ろされたのは、巨大な石壁の端にある、裏口のような木戸の前。
待ちかねたように、暗がりから二人の男が現れ、出迎えた。ひょろりとした眼鏡の男と、腹の出た背の低い中年男だ。
「副宮殿長殿!」
杏奈を連行してきた男の一人が、中年男に向かって敬礼する。
「モリト=アンナを連行いたしました!」
「ご苦労」
労ったのは、カンテラを手にした眼鏡の男のほう。
眼鏡の男は、再敬礼する男たちを尻目に、カンテラを掲げて杏奈をいざなった。
「こちらへ」
墨の池に飛び込むように、杏奈は木戸の内側の暗闇へ身を投じた。
巨大な石塀かと思いきや、木戸をくぐった先は屋内だった。しかしかなり薄暗い。
カンテラの灯り一つを頼りに、二人の男は杏奈を前後にはさんで、黙々と廊下を進んだ。
杏奈は、副宮殿長の背についていくのがやっと。休みなく馬車に揺られていたせいで、硬い石の床ではなく、水に浮かべた板の上を歩いているみたい。
何度もよろけそうになりながら、ひたすら足を動かしていると、ようやく廊下が切れ、階段が現れた。
副宮殿長が階段を上って、正面の大きな扉の中に入っていく。
続いて杏奈も中に足を踏み入れると、床の感じが、若干つるりとしたものに変わった。
広間だ。
中央には大きなシャンデリアが吊られていて、舞踏会でも開けそうな雰囲気。
だが、夜会のときには煌きを放つだろうシャンデリアも、いまは暗く沈んでいる。壁際で、点々と蝋燭の火が揺らめくのみ。
広間の中程に五人の初老の男女と、正面脇に巻物を手にした若い男が立っていて、値踏みをするような目で杏奈を見つめていた。
副宮殿長が、正面脇に控える男にせかせかと近付き、威圧的な声でたずねた。
「宮殿長はどうした?」
「……それが、昨日の執務を終えられてから、お姿が見当たらず」
「なんだと?」
「執務机の上に、〈後は任せた〉というメモがおいてあったのですが」
「もういい!」
副宮殿長が怒鳴って、男の手から巻物を奪う。
くるりとふり返ると、杏奈を声高に呼んだ。
「ほら! 早く! こっちへ来んか!」
杏奈は足をもつれさせながら、なんとか数歩前へ。
だいぶ距離は開いていたが、副宮殿長は構わず、巻物を広げて書状を読み上げ始めた。
「罪状。モリト=アンナ、翠月十日生まれ。ヤズル=カクマ氏を殺した罪により収監する。ヤズル氏は享年十九。アンナは現在十八。よって、次の翠月十日に、〈審判の儀〉を行うこととする」
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