ニトリヨウヘイ
ニトリヨウヘイ 第1話
朝、コンビニエンスストアでミネラルウォーターと新聞を購入した。
新聞は社会面を隅から隅まで読んでみたが、千葉県S市で発生した銃撃戦の記事はどこにも載ってはいなかった。
スマートフォンは壊れていた。あの倉庫で銃撃戦に巻き込まれた際に踏みつぶしてしまったのだ。電源は入るものの画面部分が割れてしまっており、液晶が壊れていた。修理に出そうかと思ったが、修理には一週間近く掛かると言われた。また、この状態だったら買い替えた方が早いと家電量販店の店員に言われたため、その日はそのまま引き上げた。
携帯電話が無いということが、ここまで人を不安にさせるものなのかということを私は実感していた。携帯電話がここまで普及したのは、この二十年くらいのことだ。たった二十年で携帯電話という存在は人間の心にまで入ってきてしまったようだ。
その逆に新聞というものは、馴染みが無くなってきてしまった存在である。スマートフォンがあれば最新の情報を欲しい時に入手することが出来る。新聞の情報は昨晩遅くに印刷された時点のものである。ただ、速報性は無いものの出来事の詳細が書かれている。だから、未だに新聞を重宝している奇特な人間も少なからずいるようだ。まあ、私のように携帯電話が使えず、情報を得るために新聞を買うという人間は珍しい部類に入るだろう。
事務所に向かうと、見覚えのある男がドアのところに立っていた。
身長は190センチ近くあり、体重はどう見ても120キロ以上の巨躯。スキンヘッドにあご髭という逆さ絵スタイルでサングラスを掛けた男。そう、宮田のところの用心棒だった。
「なにか、用か?」
私が声を掛けると、男はこちらをサングラス越しに睨みつけて来た。
「なにか、用か? じゃねえよ。なんで電話に出ない」
男の影から姿を現したのは仕立ての良いスーツに身を包んだ宮田だった。あまりに男の身体が大きいため、宮田はその後ろにすっぽりと隠れてしまっていたのだ。
「電話か……このとおりだ」
私はそういって画面がバキバキに割れているスマートフォンを宮田に見せた。
そのスマートフォンを見た宮田は顔を歪めて舌打ちをする。
「本当にお前は面倒を掛ける男だな、探偵」
「何がだ」
「昨夜、瀧川から連絡が入った。お前を京都に行かせるってな。だいぶ気に入られたみたいだが、どうやって瀧川の懐に飛び込んだんだ」
「それは企業秘密さ」
私の言葉に宮田は面白くなさそうに鼻で笑った。
早速、女帝は動き出した。あの女はいつ休んでいるのだろうか。そう思いたくなるくらいに迅速に動く。敵には回したくない存在だ。
そんな事を考えながら、私は事務所の鍵を開けて中に入ろうとした。
「おい、探偵。今夜、瀧川の迎えが来るそうだ。スマホ貸せ。別のやつと変えてやる。お前と連絡がつかないということが、これほど不便なこととは知らなかったよ」
宮田は苦笑いを浮かべながら、私の手から壊れたスマートフォンをひったくると、去っていった。
事務所の中は閑散としていた。事務所が空き巣に入られてからは、重要な書類などは別の場所に保管するようにしている。いま事務所にあるのは、空に近い事務棚と私が座るための机だけである。以前置いていた来客用のソファーとローテーブルは、宮田の部下がやってきて始末した。それも空き巣に入った連中のせいだった。
ビル内の共同スペースにある給湯室に向かい、インスタントコーヒーを淹れる。以前はコーヒーメーカーも事務所内に置いていたのだが、それも壊されて使い物にならなくなっていた。
まったくついていない。私はそう呟きたくなるのを我慢して、机にある鍵のかかる引き出しの中からノートパソコンを取り出した。
ノートパソコンのメールはスマートフォンと同期させているため、こちらでも読むことが出来た。ただ、新着のメールはどれもセールス目的のメールばかりであり、仕事に関するメールは一通もなかった。
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