女帝 第12話

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」


 部屋を移動する際に、私は男に問いかけた。


「ケビン・ミトニック」

「なに?」

「いや、冗談です。ネットではケビン・水戸ニックってハンドルネームを名乗ったりしていました。本名は水戸です」


 水戸はそれがさも面白い冗談であるかのように言ったが、私も女帝も何を言っているのかよくわからなかった。水戸は慣れた手つきでキーボードをタイピングしていくと、素人目には黒い画面に文字の羅列が並んでいるだけの画面を見ながらふむふむと独り言をつぶやき始めた。その間も水戸には女帝の部下が銃口を向けており、下手な真似をすれば撃つという姿勢は崩してはいなかった。


 ※ケビン・ミトニックは、アメリカの伝説的なハッカー。


「そうか、なるほど。クック諸島を経由しているってわけか。そんなことはお見通しさ」


 水戸はぶつぶつと独り言を言いながらキーボードを打ち続けている。


「おい、まだか」


 気が短いのか女帝が苛立った様子で水戸に言う。


「も、もう少しです。もう少しでわかります」


 空調の効いた部屋であるにも関わらず水戸は額から汗を流しながらパソコンを操作している。


「来た、キターーーーーーー」


 水戸が絶叫に似た甲高い声をあげた。


「わかったのか。どこだ」

「京都です。京都にある私立大学のサーバーを経由してメールを送ってきています」


 その言葉に私は自分の耳を疑った。


「もう一度、聞く。似鳥陽平はどこにいるんだ」

「いや、あの、だから京都に」

「京都のどこだ」

「あの、その、私立大学のサーバーを経由して……」


 結局、水戸はそれ以上のことはわからないと白状した。京都と聞いた時、私はなにかの因果を感じていた。また京都なのかと。水戸によれば、ニトリと名乗った人物は京都にある私立M大学のサーバーを使ってメールを送信してきているという。大学のサーバーを使ってメールを送るには、大学で決められているIDとパスワードが必要であり、ニトリはその中で事務員に与えられているIDを使用してサーバーにアクセスしているとのことだった。


「その使われているIDの持ち主は誰だ」

「アルファベットでサトミ・ヤマトって書いてあります」


 聞いたことのない名前だった。また登場人物が一人増えたというわけか。

 私はその名前をしっかりと頭の中に刻み込んだ。


「そのサトミ・ヤマトっていうのは何者だ」

「わかりません。おそらく事務員名簿とかが見られれば」

「他にわかることは」

「これ以上は」

「そうか。ならいい」


 女帝がそういった次の瞬間、乾いた音が響き渡った。

 先ほどまでコンピューターの画面に向かっていた水戸の顔が真っ赤に染まる。


「な、なんだっ!」


 水戸は何が起きたのかわからないといった様子で辺りをキョロキョロと見回す。

 撃たれたのは水戸ではないようだ。

 視線をずらすと、そこには女帝が倒れていた。

 その女帝に覆いかぶさるようにして、ひとりの女帝の部下が倒れている。

 どうやら撃たれたのは、この部下のようだった。女帝を守ろうとして撃たれたのだ。


 再び乾いた音が響き渡る。

 銃声のする方へと顔を向けると、そこには刺青いれずみだらけの上半身を見せつけるようにしながら、両手に拳銃を構えた金髪頭のショウが立っていた。

 その後ろにはショットガンを構えたスキンヘッドの男がいる。新井だ。

 ふたりはあるだけの弾を撃ち尽くすかのように銃を乱射していた。


 完全にイカレてやがる。

 私は自分の身を守るために物陰に身を隠した。

 暫くの間、銃声は鳴り続けた。


 女帝の部下たちも応戦するかのように、時おり物陰から顔を出して、拳銃で撃ち返していた。


 急にあたりが静まり返った。

 どうやら弾切れのようだ。

 女帝は近くにあった部下の持っていた自動小銃を手に取ると、新井たちの方へ向けて銃を乱射した。


 硝煙と血の匂いが部屋には充満している。

 新井たちも銃弾の補充を終えたらしく、再び撃ち返す。

 戦場さながらの応酬が続く。


 パニックになった水戸が立ち上がって逃げ出そうとしたが、すぐに銃弾を浴びて倒れた。

 水戸の頭はスイカ割りで割られたスイカのようにはじけ、辺りに脳漿を撒き散らした。

 同じ様になるのはごめんだ。私は物陰に隠れながらも、ここから脱出する機会を伺った。


 それから数分、銃声は鳴り響き続けていたが、あるタイミングを機にピタリと銃声が止まった。

 顔を上げてみると、そこには無数の死体が転がっていた。

 女帝の部下たち、この施設の警備員たち、そして新井とショウ。

 無事だったのは女帝と数名の部下だけだった。


「さっさと引き上げるぞ、探偵」


 女帝はそういうと、外に待機させてあった車両へと乗り込んだ。

 この現場の始末は、女帝の部下たちが行うとのことだった。


 車に乗り込んだ女帝は、着ていたバトルスーツを脱ぎ捨てると下着姿になった。女帝は左腕に銃弾を受けており、出血がひどかった。

 女帝の隣に座った部下が救急キットを取り出すと、手早く応急処置を行う。女帝には、そういった訓練も受けている部下のようだ。銃弾は体を突き抜けたらしく、消毒と止血だけで済ませていた。


「おい、探偵。私から、もう一つ依頼をしよう。似鳥陽平を見つけ出せ。わたしの部下たちをこんな目に合わせたやつを許す訳にはいかない」


 その言葉に、私は目を瞑った。面倒な依頼人がまたひとり増えてしまったのだ。



― 女帝 完 ―

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