女帝 第11話

 次の瞬間、辺りをまばゆい光が包んだ。

 目を閉じていてもわかるくらいに強い光だった。

 何かが壊れる音。頭上からだ。

 強い光とともに静寂が掻き消された。

 緊張のためか筋肉がこわばり、手足の自由を奪っている拘束具が食い込んで痛かった。


 銃声に似た音が聞こえた。目は強い光を浴びたせいで視力を失ったままだった。

 耳元で声がした。聞いたことのない、男の野太い声だった。私はその男の言葉に無言でうなずき、流れに身を任せた。


 視力が回復した時に見た光景は、忘れることの出来ないものとなった。

 黒の戦闘服を身にまとった十数人が自動小銃を構えて、フォーメーションを組んでいる。そのフォーメーションの中心にいるのは私であり、彼らは私を守る陣形を取っていた。少し先の地面には複数人の死体が転がっている。同じ用に黒い戦闘服を着ているが、こちらの服装には見覚えがあった。拳銃を突きつけてこの場所に私を連れてきた連中の着ていた戦闘服だった。


「クリア」


 ひとりがそう言うと、私の周りを囲んでいた人間たちが自動小銃の構えを緩めた。


「ご苦労だった」


 聞き覚えのある女の声がした。その方向へと目をやると、女帝がゆっくりとした歩調でこちらに向かってくるのが見えた。女帝の服装は彼らと同じく黒の戦闘服であり、自動小銃こそは持っていないものの腰には拳銃を装備しているのがわかった。


「この貸しは高く付くぞ、探偵」


 女帝が笑いながら言う。

 この小隊は女帝が指揮する傭兵部隊だった。女帝は武器の取り扱いから傭兵の派遣まで扱う武器商人なのだ。

 戦闘服の人間がひとりの男の襟首を掴んで引き釣りながら、女帝の前へと連れてきた。


「誰だ、こいつは」


 持っていた拳銃の銃口を男に向けながら、女帝が私に聞いてきた。


「知らない」

「なんだ、知らないやつなのか。この豚野郎が金の成る木なんじゃないのか?」


 拳銃を突きつけられた小太りな男。掛けていた眼鏡は片方のレンズが割れ、殴られたのか唇からは出血している。男の顔に見覚えはなかったが、震えながら絞り出したその声には聞き覚えがあった。先ほど、私に電話をかけさせた男の声だ。

 男は小便を漏らしたのか、ズボンの股のあたりに大きな染みを作っていた。


「あんたが似鳥陽平なのか」


 私の質問に、男は首が取れてしまうのではないかというぐらいの勢いで首を横に振った。


「ち、違います。私は頼まれてこのサーバールームにいただけです。何かあったら警備会社の人間が守ってくれるって言われて」

「誰にだ」

「いや……それが」


 歯切れの悪い口調に女帝が苛立った様子で腰の拳銃に手をかけた。


「ちょ、ちょっと待ってください。いいます。いいますから。SNSでDMが来たんですよ。簡単な仕事があるって。ちょうど転職しようと思っていた時だったし、エンジニアの経験が活かせるっていうから」

「もう一度聞く、誰にだ」


 私の言葉に男は必死になって答えはじめた。


「DMではニトリって名乗っていました」

「連絡方法は」

「DMだけです。相手の姿を見たこともなければ、声も聞いたことはありません」

「怪しいとは思わなかったのか」

「そりゃあ、思いましたよ。でも、口座に前金で一〇〇万振り込まれたんです。信用しないわけにはいかないでしょ」


 男は口元に笑みを浮かべながら言う。それは笑いが込み上げてきてしまって抑えきれないといった様子だった。


「ここのサーバーは何をしている」

「それは聞いていません。これは予想ですけれど、マイニングをしているんじゃないですかね。仮想通貨の」

「マジック・コインか」

「詳しくはわかりませんけれど、おそらくそうじゃないかと思います」


 そう男が言うと、女帝が口を挟んできた。


「そうか。では、そのニトリって奴に問題が発生したと連絡をしろ。すぐに来てほしいって」

「たぶん、連絡しても来ないと思います……」

「そうか、じゃあ死ね」


 女帝が拳銃を抜き取り、男の頭に照準を合わせる。


「ちょっ……待ってください。連絡しても来ませんが、居場所を突き止めることはできるかもしれません」

「どうやってだ」

「DMを逆探知すれば」

「そんなことが出来るのか」

「IPアドレスからサーバーを特定して、通信会社のサーバーに入り込んで行けば……」

「方法なんか聞いていない。お前が出来るのかって聞いているんだ」

「でき……やってみます。やらせてください」

「いいだろう。やってみろ。もし失敗したら、お前は死ぬ。それだけだ」


 男はガクガクと震える足を踏ん張りながら立ち上がると、パソコンの置いてある部屋へと移動した。

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