女帝 第10話
想定外のことは、いつだって起きる。
私はそう思いながら、両手を頭の上で組んでいた。
「武器など持っていない。ポケットの中に財布が入っている。その中に免許証があるから確認をしてくれ」
突きつけられているのは、間違いなく拳銃であった。S&W製オートマチック式拳銃のM37。日本の警察官などが使用しているオートマチック式拳銃である。なぜ、彼らがこの拳銃を所持しているかはわからないが、私が脅威であるとわかれば、彼らは容赦なく引き金を引く恐れがあるため、下手に刺激するのはやめておいた。
男たちは黒い作業着にヘルメット、ゴーグル、マスクといった装備だった。体の膨らみ具合からしても作業着の中には防弾チョッキを着ているということがわかる。
彼らはこの施設の警備員とのことだった。
施設の門を乗り越えて中に入ったことから、私を拘束するのだと宣言している。
この法治国家日本において、銃器で武装した警備員がいてたまるものか。
心の中でそう思うと同時に、このような警備員がいるということはここには似鳥陽平がいる可能性が高いという期待も持てた。
セキュリティ装置が作動してしまったことは、想定外なことであった。
慎重に門を乗り越えて中に入ったつもりだったのだ。
しかし、ここで武装したセキュリティ担当が出てきてくれたのは、作戦が新井有利に流れていく予兆でもあるように感じられた。やはり、あの男は悪運が強いのだ。
警備員たちは私の膝裏を蹴ってその場に膝まづかせると、頭に黒い袋を被せてきた。
本当に乱暴な警備員だ。
そう思った瞬間、首筋に衝撃を受けて私は気を失った。
頭がずきずきと痛んだ。どこかが切れているらしく、鉄に似た味が口の中に広がっていた。自分がどこにいるのかわからず、辺りを見回した。広い空間。どこかからモーター音のような低い音が聞こえてくる。椅子に座らされていた。ただ手足の自由は利かなかった。足と手は椅子に固定されており、動かすと痛みが走った。
背後で人の気配がした。振り返ろうとしたが体は動かすことが出来なかった。
「お前は、一体何者だ」
聞き覚えのない、低い男の声だった。
強い光が目に差し込んできた。正面にあったライトが点灯したのだ。私は眩しさのあまり、目を閉じた。
すぐ近くに気配があった。そう思ったと同時に頬に衝撃を感じた。頬を平手で張られたのだということがわかった。
「答えろ。お前は、一体何者なんだ。ここで何をしていた。なにを調べている」
声の主は矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。どうやら尋問などは不慣れな人物のようだ。
「人を捜している」
「嘘を吐くなら、もう少しまともな嘘をつけ。こんな場所に人がいるわけないだろ」
「いるじゃないか、ここに」
確信はなかったがカマをかけるだけの価値はある気がした。だから、そのまま言葉を続けた。
「似鳥さん、あんたのことを捜していたんだ」
「なるほど。どこの組織の人間だ」
男は似鳥と呼ばれたことに対して、否定も肯定もしなかった。
「ただの探偵だ。金で雇われて、あんたのことを捜していた」
「探偵だと。じゃあ、依頼人は誰だ?」
「名前は知らない」
「守秘義務契約ってやつなのか。自分の立場がわかっていないようだな」
「いや、本当に知らないんだ」
依頼人のことは、本当に何も知らなかった。事務所に現れた白髪で銀ぶち眼鏡をかけたあの男が本当の依頼人であるかどうかもわからない。ただの代理人かもしれない。すべてを知っているのは共通の友人だけであり、私は共通の友人のすべてを信じて依頼を受けているのだった。
「信じられないな。ちょっとした拷問にでも掛ければ口を割るかな」
「口を割るも何も、いま話していることはすべて事実だ。事務所に来た人間のことならば話すことは出来る」
「その人間が依頼者ではないのか」
「依頼の話をしに来たのはその人間だが、その人間が依頼人なのか、それとも代理人なのかはわからない」
私は必死に捲したてるように言った。
どのくらいの時間、私は気絶していたのだろうか。そんなことを頭の隅では考えている。もう女帝たちは到着しただろうか。新井はこの建物の中に侵入できただろうか。
「連絡はどのように取る」
「共通の友人がいる。その友人に連絡を入れて、相手に連絡を取ってもらう」
「まどろっこしいやり方だな。その依頼人ってやつは、そんなに自分を辿られたくないのか」
「知らない。私に仕事を依頼してくる人間のほとんどが同じような手法を取る」
すべて本当のことだった。本当のことを話したところで、相手は私の話を信じないだろう。だが、すべて本当の話なのだ。
「それじゃあ、その共通の友人とやらに連絡を入れろ。依頼人にこの場所に来るように伝えるんだ」
背後から私の携帯電話が差し出された。しかし両手は自由を奪われているため操作は出来ない。
「どの番号に掛ければいいのかを伝えろ。操作はこちらでする。下手な真似はするなよ」
頭に固い物体が押し付けられた。おそらく拳銃だろう。私が小細工をしようものなら、頭を吹き飛ばすという脅しのようだ。
「わかった。リダイヤルボタンを押してくれ」
携帯電話の操作を指示し、リダイヤルにある電話帳登録されていない数字だけの番号へ発信させた。コールは数回続き、不機嫌な声が受話口から聞こえてきた。
「どうした、探偵。遅かったじゃないか」
女帝の声。その声は笑っていた。
「目を閉じてな」
女帝は確かにそう言った。私はその言葉に従い、慌てて目を閉じた。
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